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第十三話 真実の評価
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第十三話 真実の評価
別邸の午後は、ひどく静かだった。
風もなく、庭の木々も揺れない。
まるで、何かを待っているかのように。
帳簿を閉じたとき、門番が慌てた様子でやって来た。
「リュシエンヌ様、レイヴンフォール公爵様がお見えです」
「……お通しして」
すぐに応接間へ向かう。
エドガーは、いつもの落ち着いた足取りで入ってきた。
「殿下が来たそうだな」
「ええ」
「怒鳴られたか」
「いいえ。少し困っておられました」
エドガーの目が細くなる。
「困るのは当然だ」
「そうでしょうか」
「君がいないのだから」
その言葉は、はっきりしていた。
わたくしは視線を落とす。
「わたくしは、もう必要ないのでは?」
エドガーは即座に否定する。
「必要だ」
短く、強い声。
「君が支えていたのは、公爵家だけではない」
「……」
「王家の資金運用、港湾の再編、南部交易の再契約。すべて、君の案だ」
驚きはない。
ただ、胸の奥が静かに震える。
知っている人がいる。
それだけで、こんなにも違うのか。
「わたくしは、父の指示に従っていただけです」
「違う」
エドガーは一歩近づく。
「指示だけで、あそこまで整うものか」
沈黙が落ちる。
「殿下は知らない」
「知らないでしょうね」
「父上も、気づいていない」
「……」
「だが、私は見ていた」
真っ直ぐな視線。
逃げ場はない。
「君は目立たぬ場所で、最善を選び続けていた」
言葉が、ゆっくりと胸に染み込む。
「それは、王太子妃の資質だ」
その一言で、何かがほどける。
「殿下は、華を選ばれました」
「そうだな」
「ならば、わたくしの役目は終わりです」
エドガーは、わずかに首を振る。
「終わっていない」
「どういう意味ですか」
「君の価値は、あの座に依存していない」
価値。
わたくしはそれを、婚約の中に置いていた。
王太子妃になることが、意味だと。
けれど。
「君は、自分の足で立てる」
その言葉は、静かで強い。
「奪われたのは立場だけだ」
「……」
「能力も、信用も、判断力も、奪われていない」
わたくしは、目を閉じる。
胸の奥の火が、はっきりと燃える。
怒りではない。
悔しさでもない。
確信。
「殿下は、君の不在を軽く見ている」
「気づくでしょうか」
「遅れて、必ず」
エドガーの声は確信に満ちている。
「そのとき、君はどうする」
どうする。
問いは重い。
復讐する?
笑う?
突き放す?
わたくしはゆっくりと息を吸う。
「何もしません」
「またそれか」
「ただ、わたくしの選択を続けるだけです」
エドガーは数秒、黙り込む。
そして小さく笑った。
「やはり恐ろしい」
「恐ろしい?」
「君は争わない。だが、戻らない」
戻らない。
その言葉は、わたくしの中で響く。
戻らない。
泣いて縋ることも。
許してほしいと願うことも。
「ええ」
はっきりと答える。
「戻りません」
静かな別邸に、決意が満ちる。
エドガーは立ち上がる。
「私は君の選択を支持する」
「ありがとうございます」
「必要なら、力を貸す」
その一言は、心強い。
けれど。
「まだ大丈夫です」
「強いな」
「いいえ。ただ、冷たいだけです」
自嘲気味に言うと、エドガーは首を振る。
「冷たさは、時に理性だ」
その言葉が、胸に残る。
理性。
それはわたくしが守ってきたもの。
華やかさではない。
拍手もない。
けれど、揺るがない。
エドガーが去った後、窓の外を見る。
雲はまだ重い。
けれど、遠くにわずかな光が差している。
真実の評価は、表には出ない。
けれど。
確かに存在する。
奪われたのは、舞台。
失ったのは、称号。
けれど。
わたくし自身は、ここにいる。
静かに。
確かに。
そして。
もう迷わない。
別邸の午後は、ひどく静かだった。
風もなく、庭の木々も揺れない。
まるで、何かを待っているかのように。
帳簿を閉じたとき、門番が慌てた様子でやって来た。
「リュシエンヌ様、レイヴンフォール公爵様がお見えです」
「……お通しして」
すぐに応接間へ向かう。
エドガーは、いつもの落ち着いた足取りで入ってきた。
「殿下が来たそうだな」
「ええ」
「怒鳴られたか」
「いいえ。少し困っておられました」
エドガーの目が細くなる。
「困るのは当然だ」
「そうでしょうか」
「君がいないのだから」
その言葉は、はっきりしていた。
わたくしは視線を落とす。
「わたくしは、もう必要ないのでは?」
エドガーは即座に否定する。
「必要だ」
短く、強い声。
「君が支えていたのは、公爵家だけではない」
「……」
「王家の資金運用、港湾の再編、南部交易の再契約。すべて、君の案だ」
驚きはない。
ただ、胸の奥が静かに震える。
知っている人がいる。
それだけで、こんなにも違うのか。
「わたくしは、父の指示に従っていただけです」
「違う」
エドガーは一歩近づく。
「指示だけで、あそこまで整うものか」
沈黙が落ちる。
「殿下は知らない」
「知らないでしょうね」
「父上も、気づいていない」
「……」
「だが、私は見ていた」
真っ直ぐな視線。
逃げ場はない。
「君は目立たぬ場所で、最善を選び続けていた」
言葉が、ゆっくりと胸に染み込む。
「それは、王太子妃の資質だ」
その一言で、何かがほどける。
「殿下は、華を選ばれました」
「そうだな」
「ならば、わたくしの役目は終わりです」
エドガーは、わずかに首を振る。
「終わっていない」
「どういう意味ですか」
「君の価値は、あの座に依存していない」
価値。
わたくしはそれを、婚約の中に置いていた。
王太子妃になることが、意味だと。
けれど。
「君は、自分の足で立てる」
その言葉は、静かで強い。
「奪われたのは立場だけだ」
「……」
「能力も、信用も、判断力も、奪われていない」
わたくしは、目を閉じる。
胸の奥の火が、はっきりと燃える。
怒りではない。
悔しさでもない。
確信。
「殿下は、君の不在を軽く見ている」
「気づくでしょうか」
「遅れて、必ず」
エドガーの声は確信に満ちている。
「そのとき、君はどうする」
どうする。
問いは重い。
復讐する?
笑う?
突き放す?
わたくしはゆっくりと息を吸う。
「何もしません」
「またそれか」
「ただ、わたくしの選択を続けるだけです」
エドガーは数秒、黙り込む。
そして小さく笑った。
「やはり恐ろしい」
「恐ろしい?」
「君は争わない。だが、戻らない」
戻らない。
その言葉は、わたくしの中で響く。
戻らない。
泣いて縋ることも。
許してほしいと願うことも。
「ええ」
はっきりと答える。
「戻りません」
静かな別邸に、決意が満ちる。
エドガーは立ち上がる。
「私は君の選択を支持する」
「ありがとうございます」
「必要なら、力を貸す」
その一言は、心強い。
けれど。
「まだ大丈夫です」
「強いな」
「いいえ。ただ、冷たいだけです」
自嘲気味に言うと、エドガーは首を振る。
「冷たさは、時に理性だ」
その言葉が、胸に残る。
理性。
それはわたくしが守ってきたもの。
華やかさではない。
拍手もない。
けれど、揺るがない。
エドガーが去った後、窓の外を見る。
雲はまだ重い。
けれど、遠くにわずかな光が差している。
真実の評価は、表には出ない。
けれど。
確かに存在する。
奪われたのは、舞台。
失ったのは、称号。
けれど。
わたくし自身は、ここにいる。
静かに。
確かに。
そして。
もう迷わない。
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