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第十四話 止まる取引
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第十四話 止まる取引
別邸の朝は、いつもより慌ただしかった。
門番が珍しく焦った様子で駆け込んでくる。
「リュシエンヌ様、本邸より急ぎの使者が」
「通して」
応接間に現れたのは、公爵家の会計係だった。
顔色が悪い。
「……どうしたの」
「北方商会から、契約の再確認を求める文書が届きました」
「再確認?」
「はい。署名者が変更になる場合、取引条件を見直すと」
わたくしはゆっくりと頷く。
当然の流れだ。
北方商会との契約は、わたくし名義で結ばれている。
表向きは公爵家だが、実務責任者として名前を出していた。
「本邸では、どう対応するつもり?」
「セシリア様が確認なさると……」
その言葉に、わずかに沈黙が落ちる。
「理解しているのかしら」
会計係は目を伏せる。
「……難しいかと」
わたくしは立ち上がる。
窓辺に歩み寄り、庭を見下ろす。
止まる。
流れは止まる。
すぐには崩れない。
だが、確実に鈍る。
「他には?」
「南部の輸入業者も、条件の再提示を」
「予想通りね」
会計係は驚いたように顔を上げる。
「予想、ですか」
「わたくしが窓口でしたもの」
信頼は、人につく。
家ではない。
契約は紙だが、動かすのは人。
「殿下には?」
「まだ正式には……」
「いずれ伝わるわ」
そして、焦る。
---
同じ頃、本邸。
「何だと?」
カイルの声が響く。
執務室に、重い空気が流れている。
「北方商会が再確認を求めております」
「確認など不要だ」
「ですが、名義が……」
「公爵家は公爵家だ」
短絡的な言葉。
セシリアが隣で不安そうに眉を寄せる。
「難しい話ですの?」
「大したことはない」
カイルは言い切る。
だが、机の上の書類は整理されていない。
リュシエンヌがいなくなってから、誰も細部を把握していない。
「お姉様に聞けば……」
セシリアが小さく言いかける。
「必要ない」
カイルは即座に遮る。
「私は王太子だ」
その一言で、空気は黙る。
だが、不安は消えない。
---
別邸。
会計係が帰った後、わたくしは机に向かう。
北方商会との契約書を開く。
細かな条項。
支払いの猶予。
遅延時の対応。
すべて、わたくしが交渉したもの。
今は、もう関与しない。
助言もしない。
ただ、見ているだけ。
「……止まるわ」
小さく呟く。
水は流れ続けなければ澱む。
信用も同じ。
一度止まれば、戻すのに倍の力がいる。
カイルは気づくだろうか。
セシリアは理解できるだろうか。
おそらく、まだ。
最初の遅れは小さい。
だが、小さいものほど見逃される。
そして積み重なる。
---
夕刻。
再び使者が来る。
「南部の輸入品が一部止まりました」
「理由は?」
「契約条件の確認が済むまで出荷停止と」
わたくしは目を閉じる。
予定より、早い。
「殿下は?」
「苛立っておられます」
当然だろう。
華やかな舞踏会の余韻は、現実の前では脆い。
セシリアはどうしているのだろう。
王太子妃教育で忙しい、と聞いた。
数字は退屈だ。
条文は難しい。
涙では動かない。
わたくしは立ち上がり、窓を開ける。
冷たい風が入り込む。
止まる取引。
鈍る流れ。
崩れ始める足場。
わたくしは何もしない。
戻らない。
差し出さない。
助けない。
ただ、静かに見ている。
それが一番、効く。
遠くで雷鳴が小さく響く。
嵐はまだ遠い。
けれど。
確実に、近づいている。
そしてその音は。
今はまだ、彼らには聞こえていない。
別邸の朝は、いつもより慌ただしかった。
門番が珍しく焦った様子で駆け込んでくる。
「リュシエンヌ様、本邸より急ぎの使者が」
「通して」
応接間に現れたのは、公爵家の会計係だった。
顔色が悪い。
「……どうしたの」
「北方商会から、契約の再確認を求める文書が届きました」
「再確認?」
「はい。署名者が変更になる場合、取引条件を見直すと」
わたくしはゆっくりと頷く。
当然の流れだ。
北方商会との契約は、わたくし名義で結ばれている。
表向きは公爵家だが、実務責任者として名前を出していた。
「本邸では、どう対応するつもり?」
「セシリア様が確認なさると……」
その言葉に、わずかに沈黙が落ちる。
「理解しているのかしら」
会計係は目を伏せる。
「……難しいかと」
わたくしは立ち上がる。
窓辺に歩み寄り、庭を見下ろす。
止まる。
流れは止まる。
すぐには崩れない。
だが、確実に鈍る。
「他には?」
「南部の輸入業者も、条件の再提示を」
「予想通りね」
会計係は驚いたように顔を上げる。
「予想、ですか」
「わたくしが窓口でしたもの」
信頼は、人につく。
家ではない。
契約は紙だが、動かすのは人。
「殿下には?」
「まだ正式には……」
「いずれ伝わるわ」
そして、焦る。
---
同じ頃、本邸。
「何だと?」
カイルの声が響く。
執務室に、重い空気が流れている。
「北方商会が再確認を求めております」
「確認など不要だ」
「ですが、名義が……」
「公爵家は公爵家だ」
短絡的な言葉。
セシリアが隣で不安そうに眉を寄せる。
「難しい話ですの?」
「大したことはない」
カイルは言い切る。
だが、机の上の書類は整理されていない。
リュシエンヌがいなくなってから、誰も細部を把握していない。
「お姉様に聞けば……」
セシリアが小さく言いかける。
「必要ない」
カイルは即座に遮る。
「私は王太子だ」
その一言で、空気は黙る。
だが、不安は消えない。
---
別邸。
会計係が帰った後、わたくしは机に向かう。
北方商会との契約書を開く。
細かな条項。
支払いの猶予。
遅延時の対応。
すべて、わたくしが交渉したもの。
今は、もう関与しない。
助言もしない。
ただ、見ているだけ。
「……止まるわ」
小さく呟く。
水は流れ続けなければ澱む。
信用も同じ。
一度止まれば、戻すのに倍の力がいる。
カイルは気づくだろうか。
セシリアは理解できるだろうか。
おそらく、まだ。
最初の遅れは小さい。
だが、小さいものほど見逃される。
そして積み重なる。
---
夕刻。
再び使者が来る。
「南部の輸入品が一部止まりました」
「理由は?」
「契約条件の確認が済むまで出荷停止と」
わたくしは目を閉じる。
予定より、早い。
「殿下は?」
「苛立っておられます」
当然だろう。
華やかな舞踏会の余韻は、現実の前では脆い。
セシリアはどうしているのだろう。
王太子妃教育で忙しい、と聞いた。
数字は退屈だ。
条文は難しい。
涙では動かない。
わたくしは立ち上がり、窓を開ける。
冷たい風が入り込む。
止まる取引。
鈍る流れ。
崩れ始める足場。
わたくしは何もしない。
戻らない。
差し出さない。
助けない。
ただ、静かに見ている。
それが一番、効く。
遠くで雷鳴が小さく響く。
嵐はまだ遠い。
けれど。
確実に、近づいている。
そしてその音は。
今はまだ、彼らには聞こえていない。
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