婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです

鷹 綾

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第十六話 王の視線

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第十六話 王の視線

王宮の大広間は、いつもより静まり返っていた。

玉座の前に並ぶ書類の山。
王は一枚ずつ目を通し、眉をひそめる。

「港の遅延が続いていると聞く」

低く、重い声。

側近が頭を下げる。

「はい。北方商会も条件の再確認を求めております」

「再確認……」

王の指先が止まる。

「責任者の変更、か」

視線がゆっくりと上がる。

「王太子を呼べ」


---

呼び出されたカイルは、玉座の前で膝をつく。

いつもなら余裕のある表情。
だが今日は、どこか硬い。

「取引が滞っていると聞いた」

「一時的なものです、父上」

「一時的?」

王の声は淡々としている。

怒鳴らない。
だからこそ、重い。

「責任者が変われば再調整は必要です」

「その再調整を、誰が行う」

「……私が」

王の目が細くなる。

「本当にか?」

沈黙。

王は知っている。

すべてではないが、流れは読んでいる。

「以前の窓口は誰だった」

カイルはわずかに視線を逸らす。

「公爵家の……」

「名ではない」

短く遮られる。

「誰だ」

「……リュシエンヌです」

その名が、広間に落ちる。

王はゆっくりと頷く。

「ならば、なぜ外した」

「王太子妃には華が必要です」

「華か」

王の口元がわずかに動く。

笑っているのか、呆れているのか分からない。

「王家に必要なのは、華か?」

カイルは答えられない。

王は立ち上がる。

「結果を出せ」

それだけ。

叱責も、慰めもない。

「出せなければ」

続きは言われない。

だが、意味は明確。

王は玉座に戻る。

「下がれ」


---

王宮の廊下。

カイルは拳を握りしめる。

結果。

結果。

すぐに出るものではない。

だが、止まっている。

焦りが胸を締めつける。

そこへセシリアが駆け寄る。

「お父様、何と?」

「結果を出せ、と」

「そんな……」

彼女は唇を震わせる。

「わたくし、頑張ります」

その言葉は、純粋だ。

けれど。

努力だけでは、契約は動かない。

「君は王太子妃教育に集中してくれ」

カイルは短く言う。

「でも」

「これは私の問題だ」

そう言いながら、心の奥で理解している。

一人では難しい。

けれど、戻れない。

呼べない。

自分で切ったのだから。


---

別邸。

夕刻、王宮からの噂が届く。

「陛下が殿下をお呼びになったそうです」

侍女が小声で告げる。

「そう」

「お叱りを?」

「分からないわ」

けれど、呼ばれたこと自体が意味を持つ。

王は動きを見ている。

流れを読んでいる。

わたくしは庭を歩く。

冷たい風が頬を撫でる。

「結果を出せ、か」

小さく呟く。

それは重い言葉。

王は感情では動かない。

数字と流れで判断する。

ならば。

流れが止まれば、評価も止まる。

「わたくしは何もしていないのに」

それが一番、怖い。

何もせず、何も言わず。

ただ、抜けただけ。

それで傾くのなら。

支えていた証。

夜空に雲が流れる。

遠くで鐘が鳴る。

王の視線が向いた。

それだけで、空気は変わる。

崩れは、静かに進む。

誰かが責めなくても。

誰かが叫ばなくても。

選択の結果は、必ず形になる。

そして。

それは、もう始まっている。
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