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第十一話 代償の提示
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第十一話 代償の提示
廃嫡の翌朝、王城の空気は明らかに変わっていた。
慌ただしさはない。
むしろ、異様なほど静かだ。
それは、嵐が去ったあとの静寂ではない。
嵐の進路が定まったあとの、覚悟の沈黙だった。
国王は、早朝から執務室に籠もっていた。
机の上には、三つの書類。
一つは、エノー公爵家連合からの正式請求書。
一つは、教会からの追加通達。
そして最後は――王家側が提示すべき「対案」。
「……廃嫡で、許されると思ったのは、私の甘さか」
独り言のように呟き、国王は深く息を吐いた。
宰相が静かに告げる。
「いいえ、陛下。
廃嫡は必要条件でした。
ただし、それは“交渉の席に着くための条件”に過ぎません」
「分かっている」
国王は頷いた。
「では、提示すべき代償を確認しよう」
宰相は、用意していた文書を読み上げる。
「第一に、エノー公爵家への正式謝罪。
王家名義で、婚約破棄が国家条約違反であったことを明記します」
国王は、わずかに眉を動かした。
それは、王家の非を公式に認める行為だ。
だが、拒否できない。
「第二に、賠償金。
金額は、公爵家側の提示額を基本とし、分割ではなく即時支払い」
「痛いな」
「はい。しかし、拒否すれば戦費になります」
淡々とした言葉だった。
「第三に、軍事と外交の再編です」
ここで、国王の表情が引き締まる。
「エノー公爵家が持つ軍事同盟権の拡大。
王家は、今後十年間、公爵家の同盟締結に干渉しない」
「……王権の後退だな」
「ええ。
ですが、内戦を避けるための後退です」
国王は、しばらく沈黙した後、ゆっくりと頷いた。
「他は?」
「最後に――」
宰相は、一拍置いた。
「マクシミリアン殿下の処遇についてです」
その名を聞いた瞬間、国王の目が伏せられる。
「公爵家側は、“政治的責任の明確化”を求めています」
「処刑か」
「いいえ」
宰相は首を振った。
「それでは、殉教者を生みます。
公爵家が望んでいるのは、影響力の完全な剥奪です」
つまり――
「国外追放、もしくは終身修道院幽閉」
国王は、目を閉じた。
「……息子を、生かしたまま捨てるということか」
「陛下」
宰相は、静かに言った。
「それが、王であるということです」
その頃、エノー公爵邸では、同じ話題が別の角度から語られていた。
イザベル・ド・エノー公爵令嬢は、父と並んで文書を確認している。
「王家側から、正式な対案が来ます」
「予想通りか」
公爵は、低く問いかける。
「ええ」
イザベルは、冷静だった。
「廃嫡、賠償、権限譲渡、そして――
マクシミリアン殿下の隔離」
公爵は、わずかに口元を歪めた。
「甘いな」
「承知しています」
イザベルは、迷いなく答える。
「ですから、こちらも条件を出します」
彼女は、静かに言葉を続けた。
「王家は、“愛による婚約破棄は認められない”という法令を公布すること。
教会と連名で」
公爵が、目を細める。
「前例封じ、か」
「はい」
イザベルは頷いた。
「わたくしのためではありません。
次に同じことを起こさせないためです」
その言葉に、公爵は満足そうに息を吐いた。
「よかろう。
それでこそ、エノーの娘だ」
一方、王城の奥深く。
廃嫡された元王太子マクシミリアンは、簡素な部屋に移されていた。
豪奢な調度品はない。
鏡すらない。
「……これは、一時的な処置だ」
そう呟きながらも、彼の声には力がない。
護衛が、淡々と告げる。
「殿下。
近く、最終的な処遇が決まります」
「……私は、愛を選んだだけだ」
護衛は、答えなかった。
その沈黙こそが、答えだった。
愛は、免罪符ではない。
まして、王の資格を保証するものでもない。
夜、王城と公爵邸の間を、使者が行き交う。
戦争は、まだ始まっていない。
だが、代償の額は、はっきりと形を持ち始めていた。
そしてイザベルは知っている。
ここから先は、感情の物語ではない。
国家が、何を失い、何を守るかを選ぶ話だということを。
廃嫡の翌朝、王城の空気は明らかに変わっていた。
慌ただしさはない。
むしろ、異様なほど静かだ。
それは、嵐が去ったあとの静寂ではない。
嵐の進路が定まったあとの、覚悟の沈黙だった。
国王は、早朝から執務室に籠もっていた。
机の上には、三つの書類。
一つは、エノー公爵家連合からの正式請求書。
一つは、教会からの追加通達。
そして最後は――王家側が提示すべき「対案」。
「……廃嫡で、許されると思ったのは、私の甘さか」
独り言のように呟き、国王は深く息を吐いた。
宰相が静かに告げる。
「いいえ、陛下。
廃嫡は必要条件でした。
ただし、それは“交渉の席に着くための条件”に過ぎません」
「分かっている」
国王は頷いた。
「では、提示すべき代償を確認しよう」
宰相は、用意していた文書を読み上げる。
「第一に、エノー公爵家への正式謝罪。
王家名義で、婚約破棄が国家条約違反であったことを明記します」
国王は、わずかに眉を動かした。
それは、王家の非を公式に認める行為だ。
だが、拒否できない。
「第二に、賠償金。
金額は、公爵家側の提示額を基本とし、分割ではなく即時支払い」
「痛いな」
「はい。しかし、拒否すれば戦費になります」
淡々とした言葉だった。
「第三に、軍事と外交の再編です」
ここで、国王の表情が引き締まる。
「エノー公爵家が持つ軍事同盟権の拡大。
王家は、今後十年間、公爵家の同盟締結に干渉しない」
「……王権の後退だな」
「ええ。
ですが、内戦を避けるための後退です」
国王は、しばらく沈黙した後、ゆっくりと頷いた。
「他は?」
「最後に――」
宰相は、一拍置いた。
「マクシミリアン殿下の処遇についてです」
その名を聞いた瞬間、国王の目が伏せられる。
「公爵家側は、“政治的責任の明確化”を求めています」
「処刑か」
「いいえ」
宰相は首を振った。
「それでは、殉教者を生みます。
公爵家が望んでいるのは、影響力の完全な剥奪です」
つまり――
「国外追放、もしくは終身修道院幽閉」
国王は、目を閉じた。
「……息子を、生かしたまま捨てるということか」
「陛下」
宰相は、静かに言った。
「それが、王であるということです」
その頃、エノー公爵邸では、同じ話題が別の角度から語られていた。
イザベル・ド・エノー公爵令嬢は、父と並んで文書を確認している。
「王家側から、正式な対案が来ます」
「予想通りか」
公爵は、低く問いかける。
「ええ」
イザベルは、冷静だった。
「廃嫡、賠償、権限譲渡、そして――
マクシミリアン殿下の隔離」
公爵は、わずかに口元を歪めた。
「甘いな」
「承知しています」
イザベルは、迷いなく答える。
「ですから、こちらも条件を出します」
彼女は、静かに言葉を続けた。
「王家は、“愛による婚約破棄は認められない”という法令を公布すること。
教会と連名で」
公爵が、目を細める。
「前例封じ、か」
「はい」
イザベルは頷いた。
「わたくしのためではありません。
次に同じことを起こさせないためです」
その言葉に、公爵は満足そうに息を吐いた。
「よかろう。
それでこそ、エノーの娘だ」
一方、王城の奥深く。
廃嫡された元王太子マクシミリアンは、簡素な部屋に移されていた。
豪奢な調度品はない。
鏡すらない。
「……これは、一時的な処置だ」
そう呟きながらも、彼の声には力がない。
護衛が、淡々と告げる。
「殿下。
近く、最終的な処遇が決まります」
「……私は、愛を選んだだけだ」
護衛は、答えなかった。
その沈黙こそが、答えだった。
愛は、免罪符ではない。
まして、王の資格を保証するものでもない。
夜、王城と公爵邸の間を、使者が行き交う。
戦争は、まだ始まっていない。
だが、代償の額は、はっきりと形を持ち始めていた。
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ここから先は、感情の物語ではない。
国家が、何を失い、何を守るかを選ぶ話だということを。
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