ラノベでリアルに婚約破棄を描いてみたら、王家が傾いた

鷹 綾

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第二十話 即位の日

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第二十話 即位の日

 夜明けとともに、王城の鐘が鳴った。

 祝賀のための鐘ではない。
 警鐘でもない。

 区切りを告げる音だった。

 王都は、静かだった。
 人々は、集まらない。
 叫ばない。
 ただ、それぞれの場所で耳を澄ませている。

 即位の日は、いつも華やかであるべきだ。
 だが今回は違う。

 この国は、騒がないことを選んだ。

 大広間に集まったのは、最小限の顔ぶれだった。
 国王、評議会の代表、教会の司教、そして新たに選ばれた者。

 王冠は、台座に置かれたまま動かない。

 国王は、短く告げた。

「今日をもって、私は退く」

 誰も驚かない。
 それは、すでに決まっていた事実だからだ。

「そして、ここに――
 次代の王を立てる」

 新たに選ばれた者は、一歩前に出た。
 背筋は伸びているが、誇りは見せない。

 司教が問いかける。

「あなたは、王位を栄誉としてではなく、責任として受け取りますか」

「受け取ります」

 声は、落ち着いていた。

「あなたは、国家条約を守り、
 婚姻を政治的契約として扱い、
 個人の感情で国を危険に晒さないと誓えますか」

「誓います」

 一言一言が、重い。

「あなたは、評議会の合議を尊重し、
 自らを例外としないと約束できますか」

 新王は、ほんの一瞬だけ目を伏せた。

 そして、はっきりと答える。

「約束します」

 その瞬間、国王が王冠を手に取った。

 高く掲げない。
 見せびらかさない。

 ただ、静かに、新王の頭上に置く。

「これより、王である」

 拍手は、なかった。

 だが、誰も異を唱えない。

 それが、この国が選んだ即位だった。

 一方、エノー公爵邸。

 イザベル・ド・エノー公爵令嬢は、報せを受け、静かに頷いた。

「……無事に、終わりましたね」

 侍女が、ほっとしたように言う。

「ええ」

 イザベルは、窓を開けた。

 朝の空気は澄んでいる。

「騒ぎがない即位は、良い兆しです」

 新王は、英雄ではない。
 救世主でもない。

 だが、理解している者だ。

 それで十分だった。

 修道院では、同じ鐘の音を、別の意味で聞く者がいた。

 マクシミリアンは、作業の手を止め、遠くを見た。

「……即位、か」

 声は、低い。

 王冠が誰の頭に載ったのか、知らされていない。
 だが、それを知る必要もない。

 自分の物ではない。
 それだけは、はっきりしている。

 彼は、再び筆を取った。

 写本の文字は、淡々と並ぶ。

 歴史は、誰かの感情を待たない。
 ただ、事実を積み重ねる。

 王城では、新王が最初の命令を出した。

「本日より、評議会を常設とする」

 即位の祝宴ではなく、制度の確認。

「婚約と条約に関する法令を、再点検せよ」

 喝采は、いらない。

 この国は、続くことを選んだ。

 イザベルは、遠くで鳴り終えた鐘の余韻を感じながら、静かに思う。

 婚約破棄から始まったこの騒動は、
 王を選び直すところまで辿り着いた。

 剣は抜かれず、血は流れず、
 それでも、確かに世界は変わった。

「……これで、本当に終わりですわ」

 そう呟いた彼女の声は、穏やかだった。

 即位の日は、祝祭ではない。
 責任が引き渡された日だ。

 そしてその責任は、
 これから先、静かに、確実に、
 国を支え続けていく。
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