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第二十三話 静かな余波
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第二十三話 静かな余波
処遇が確定してから、王都はさらに静かになった。
事件が終わったからではない。
終わったことを、誰も蒸し返さなくなったからだ。
人々は理解していた。
あの婚約破棄騒動は、誰かを叩いて溜飲を下げるための出来事ではない。
国の仕組みそのものが、誤作動を起こしかけた結果だったのだと。
王城の評議会では、後処理が淡々と進んでいた。
「エノー公爵家との条約再確認は完了しました」
「公爵家連合との軍事同盟条項も、改定済みです」
新王は、報告を聞きながら頷く。
「無駄な追加条項は?」
「ありません。
むしろ、簡素化されました」
「良い」
新王が求めているのは、忠誠ではない。
予測可能性だった。
契約がどう機能するか。
誰が、どこまで責任を負うのか。
それが明確であれば、人は無謀な賭けに出なくなる。
一方、王太子派と呼ばれていた者たちは、急速に姿を消していた。
逃げたのではない。
立場を失っただけだ。
「彼に従っていたのではない」
「王家に仕えていただけだ」
そう言っていた者ほど、静かに引き下がる。
忠誠とは、言葉ではなく、
賭けた覚悟の量で測られる。
今回、その覚悟を示した者は、ほとんどいなかった。
エノー公爵邸では、イザベルが久しぶりに、公務ではない時間を過ごしていた。
机の上には、書簡ではなく、本が積まれている。
「……やっと、読めますわね」
侍女が微笑む。
「長らく、お忙しゅうございましたから」
「忙しかったのは、国が愚かだったからですわ」
冗談めかして言うが、声音は穏やかだ。
「賢くなれば、私の仕事は減ります」
それは、権力者としては奇妙な願いだった。
だが、イザベルにとって、公爵家の力とは、
振りかざすものではなく、不要にすることを目指すものだった。
修道院では、名を失った男が、畑仕事をしている。
かつて王太子と呼ばれた男は、今はただの一修道士だった。
「……土は、正直だな」
耕せば応える。
怠れば、実りはない。
王城の空気よりも、よほど分かりやすい。
彼は、自分が何を失ったか、正確に理解している。
王位だけではない。
「例外でいられる立場」を、永遠に失ったのだ。
そして、それこそが、彼を最も堕落させていたものだった。
王都の市井では、子どもたちが新しい遊びを始めていた。
「条約ごっこ」
役を決め、約束を紙に書き、破った者が負ける。
「破ったら、ダメなんだぞ!」
誰かがそう叫び、皆が笑う。
大人たちは、それを見て、何も言わない。
教育とは、説教ではなく、
空気として根付くものだからだ。
王城では、新王が一通の書簡を受け取っていた。
差出人は、イザベル・ド・エノー。
内容は短い。
「本件に関し、公爵家としての要望は、すべて満たされました。
今後は、王権の安定を、外から静かに見守らせていただきます」
新王は、その文を読み、わずかに口角を上げた。
「……助かる」
干渉しないというのは、
信頼していなければできない選択だ。
婚約破棄から始まった一連の騒動は、
英雄も、恋人も、生まなかった。
だが、その代わりに、
無謀を許さない空気が、国に残った。
イザベルは、窓辺で本を閉じ、外を眺める。
「余波は、これで十分ですわ」
静かな国ほど、強い。
それを理解しない者が、
次に現れないことを祈りながら――
彼女は、ようやく、自分の日常へと戻っていった。
処遇が確定してから、王都はさらに静かになった。
事件が終わったからではない。
終わったことを、誰も蒸し返さなくなったからだ。
人々は理解していた。
あの婚約破棄騒動は、誰かを叩いて溜飲を下げるための出来事ではない。
国の仕組みそのものが、誤作動を起こしかけた結果だったのだと。
王城の評議会では、後処理が淡々と進んでいた。
「エノー公爵家との条約再確認は完了しました」
「公爵家連合との軍事同盟条項も、改定済みです」
新王は、報告を聞きながら頷く。
「無駄な追加条項は?」
「ありません。
むしろ、簡素化されました」
「良い」
新王が求めているのは、忠誠ではない。
予測可能性だった。
契約がどう機能するか。
誰が、どこまで責任を負うのか。
それが明確であれば、人は無謀な賭けに出なくなる。
一方、王太子派と呼ばれていた者たちは、急速に姿を消していた。
逃げたのではない。
立場を失っただけだ。
「彼に従っていたのではない」
「王家に仕えていただけだ」
そう言っていた者ほど、静かに引き下がる。
忠誠とは、言葉ではなく、
賭けた覚悟の量で測られる。
今回、その覚悟を示した者は、ほとんどいなかった。
エノー公爵邸では、イザベルが久しぶりに、公務ではない時間を過ごしていた。
机の上には、書簡ではなく、本が積まれている。
「……やっと、読めますわね」
侍女が微笑む。
「長らく、お忙しゅうございましたから」
「忙しかったのは、国が愚かだったからですわ」
冗談めかして言うが、声音は穏やかだ。
「賢くなれば、私の仕事は減ります」
それは、権力者としては奇妙な願いだった。
だが、イザベルにとって、公爵家の力とは、
振りかざすものではなく、不要にすることを目指すものだった。
修道院では、名を失った男が、畑仕事をしている。
かつて王太子と呼ばれた男は、今はただの一修道士だった。
「……土は、正直だな」
耕せば応える。
怠れば、実りはない。
王城の空気よりも、よほど分かりやすい。
彼は、自分が何を失ったか、正確に理解している。
王位だけではない。
「例外でいられる立場」を、永遠に失ったのだ。
そして、それこそが、彼を最も堕落させていたものだった。
王都の市井では、子どもたちが新しい遊びを始めていた。
「条約ごっこ」
役を決め、約束を紙に書き、破った者が負ける。
「破ったら、ダメなんだぞ!」
誰かがそう叫び、皆が笑う。
大人たちは、それを見て、何も言わない。
教育とは、説教ではなく、
空気として根付くものだからだ。
王城では、新王が一通の書簡を受け取っていた。
差出人は、イザベル・ド・エノー。
内容は短い。
「本件に関し、公爵家としての要望は、すべて満たされました。
今後は、王権の安定を、外から静かに見守らせていただきます」
新王は、その文を読み、わずかに口角を上げた。
「……助かる」
干渉しないというのは、
信頼していなければできない選択だ。
婚約破棄から始まった一連の騒動は、
英雄も、恋人も、生まなかった。
だが、その代わりに、
無謀を許さない空気が、国に残った。
イザベルは、窓辺で本を閉じ、外を眺める。
「余波は、これで十分ですわ」
静かな国ほど、強い。
それを理解しない者が、
次に現れないことを祈りながら――
彼女は、ようやく、自分の日常へと戻っていった。
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