ラノベでリアルに婚約破棄を描いてみたら、王家が傾いた

鷹 綾

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第二十四話 境界線

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第二十四話 境界線

 王都の朝は、相変わらず静かだった。

 だがその静けさは、もう「嵐の後」ではない。
 境界線が引かれた後の静けさだった。

 新王は、執務室で地図を広げている。

 色分けされた線は、領地の境界ではない。
 権限と責任の境界線だ。

「……ここまでが王権、ここからが諸侯の自治」

 宰相が頷く。

「曖昧だった部分を、明文化しました」

「良い」

 新王は、指で線をなぞる。

「線が引かれていない場所ほど、人は踏み越える。
 だから、最初から示しておくべきだ」

 それは、かつての王太子が決して理解できなかった感覚だった。

 一方、エノー公爵邸では、同じ話題が別の角度から語られていた。

「最近、地方貴族からの相談内容が変わりました」

 侍女の報告に、イザベルは紅茶を口に運びながら答える。

「“どこまで許されますか”ではなく、
 “どこまでが自分の責任ですか”になったでしょう」

「はい」

「良い兆候ですわ」

 イザベルは、カップを置く。

「責任を意識し始めた者は、
 軽々しく王権に期待しなくなります」

 それは、公爵家にとっても都合が良い。

 力とは、集中しすぎれば必ず歪む。
 だからこそ、分散させ、境界を引く。

 王城では、評議会が一つの案件を前に沈黙していた。

「……旧王太子派の残党が、地方で集会を」

 宰相の言葉に、誰も慌てない。

「武装は?」

「ありません。
 不満を語るだけです」

 新王は、少し考え、首を振った。

「放置でいい」

 評議員が確認する。

「取り締まらなくて?」

「不満を語る自由は、契約違反ではない」

 新王は、淡々と言う。

「越えたら、その時に線を示す。
 今は、まだ内側だ」

 境界線とは、守るためにある。
 踏み越えた瞬間に、初めて意味を持つ。

 修道院では、名を失った男が、その話を耳にしていた。

「……線、か」

 かつての自分は、線の存在を信じていなかった。
 いや、信じないことで、特別でいられると思っていた。

 彼は、鍬を置き、遠くを見る。

「線の内側にいると思い込むのは、楽だ」

 だが、それは、最も危険な思考でもある。

 王都の市では、噂話が一段落していた。

「最近、誰も大声で王家の話をしないな」

「当たり前だろ。
 言うことが、もう決まってるから」

 人々は、安心している。

 予測できる政治は、
 派手さはないが、暮らしを壊さない。

 イザベルは、久しぶりに庭を歩いていた。

 花は、事件など知らぬ顔で咲いている。

「……境界線を引くのは、怖いことですわ」

 侍女が首をかしげる。

「なぜですか?」

「引いた線は、
 守れなければ、嘘になるから」

 イザベルは、空を見上げた。

「だから、引く覚悟がある者しか、
 線を引いてはいけない」

 今回、その覚悟を持つ者が、
 ようやく王座に就いた。

 それだけで、この国は、しばらく安泰だ。

 婚約破棄という愚行から始まった混乱は、
 境界線という、目に見えない遺産を残した。

 それを越えない限り、
 この国は、静かに、続いていく。

 そしてイザベルは、確信していた。

 次に起きる騒動は、
 この線を知らぬ者が現れた時だけだ――と。
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