エアコン魔法、全自動チョコレート製造魔法、魔法の無駄遣い? ――快適な生活のために、全部必要ですわ

鷹 綾

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第20話 売れなくなったのではなく、満たされたのですわ

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第20話 売れなくなったのではなく、満たされたのですわ

 朝。

 エオリア・フロステリアは、紅茶を淹れながら、いつもより少しだけ機嫌がよかった。

「……今日は、いい香りですわね」

 理由は特にない。
 あるとすれば――余計な予定が、なにもないこと。

 



 

 全自動チョコレート製造魔法は、今日も淡々と稼働している。

 一定の速度。
 一定の品質。
 一定の量。

 魔力の流れは安定し、停止させる理由もない。

「……相変わらず、多いですわね」

 机の上に並ぶ箱を見て、エオリアは小さく呟いた。

 



 

 エレナが帳面を持ってくる。

「本日の販売分、準備完了しています」

「どれくらい?」

「昨日と、ほぼ同じ量です」

「……十分ですわ」

 



 

 正午。

 販売開始。

 列は、短い。

 もはや“列”と呼べるかどうかも怪しい。

 



 

「こんにちは」

「こんにちは」

 それだけのやりとり。

 



 

「今日は、二箱」

「はい」

「次の方」

 



 

 誰も急がない。
 誰も騒がない。

 売り場には、妙な落ち着きがあった。

 



 

 昼過ぎ。

 販売終了。

 箱は、半分以上残っている。

 



 

 エレナが、少し気にしたように言う。

「……今日は、売れ残りましたね」

「ええ」

 エオリアは、まったく動じなかった。

 



 

「……よろしいのですか?」

「なにが?」

「その……売上が……」

 



 

 エオリアは、紅茶を一口飲んでから、静かに答えた。

「売れなくなったのではありませんわ」

「?」

「満たされたのです」

 



 

 エレナは、少し考えた。

「……つまり……」

「必要な人のところに、必要な分だけ行き渡った。それだけですわ」

 



 

 売れ残りは、失敗ではない。

 過剰に売ろうとしない限り、それはただの“余り”。

 



 

 エオリアにとって、チョコレートは――

 売るためのものではない。
 儲けるためのものでもない。

 食べるためのものだ。

 



 

 夕方。

 屋敷の中は、甘い香りで満たされている。

 だが、以前のような“圧”はない。

 



 

 エオリアは、ソファで本を読みながら、気まぐれに一箱開けた。

「……今日は、これにしますわ」

 一粒。

 ゆっくりと、味わう。

 



 

「……美味しい」

 それだけで、目的は達成されている。

 



 

 エレナが、ぽつりと聞いた。

「お嬢様……これから、どうなさるおつもりですか?」

 



 

 エオリアは、しばらく考えてから答えた。

「どうもしませんわ」

 



 

「売りたい日には売る。
 食べたい日は食べる。
 余ったら、置いておく」

 



 

「……それだけ?」

「それ以上、なにが必要ですの?」

 



 

 エレナは、思わず笑ってしまった。

「……普通、逆なんですけどね」

 



 

 エオリアは肩をすくめる。

「普通は、面倒ですわ」

 



 

 夜。

 屋敷の外は静まり返っている。

 誰かが来る気配もない。

 



 

 だが、エオリアは不安にならなかった。

 来ないなら、それでいい。

 



 

 ベッドに入る前、彼女は今日の残りの箱を眺める。

「……明日も、同じでいいですわね」

 



 

 全自動チョコレート製造魔法は、止まらない。

 だが、世界は無理に回さなくていい。

 



 

 エオリア・フロステリアは、
 売れ行きも、評判も、期待も手放した。

 残ったのは――

 自分が美味しいと思えるものを、
 自分のペースで味わえる、
 静かで、甘い日常。

 



 

「売れなくなったのではありませんわ」

 灯りを落としながら、彼女はもう一度、心の中で繰り返す。

「……満たされたのです」

 それ以上の理由は、どこにも必要なかった。
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