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第22話 余っただけですわ、感動されても困りますの
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第22話 余っただけですわ、感動されても困りますの
昼前。
エオリア・フロステリアは、工房の中を一巡してから、静かに首を傾げた。
「……今日も、余っていますわね」
それは驚きでも嘆きでもない。
ただの事実確認だった。
◆
全自動チョコレート製造魔法は、今日も一定の速度で稼働している。
止めない理由は、単純だ。
止めるほうが、面倒だから。
「止める設定、面倒ですもの」
結果として、チョコレートは毎日、確実に“作りすぎる”。
◆
エレナが帳簿を確認しながら言った。
「昨日の販売分を差し引いても、かなり残っています」
「捨てるのは、論外ですわね」
「はい」
「配るのも、少々面倒ですわ」
「……はい」
◆
昨日来た視察団の顔が、エオリアの脳裏をよぎる。
大勢。
長話。
熱心すぎる目。
「……あの方たち、まだ近くにいますの?」
「はい。村の宿をすべて押さえているそうです」
「……やはり、面倒ですわね」
◆
エオリアは、あっさりと結論を出した。
「では、渡しましょう」
「……販売ですか?」
「いいえ。処理です」
◆
昼過ぎ。
屋敷の一室が、簡素な提供所として整えられた。
屋内。
温度管理あり。
湿度調整済み。
食べ物を扱う最低限の配慮だけは、きちんとされている。
◆
机の上には、箱が積まれている。
量は、いつもの販売日より明らかに多い。
◆
エレナが確認する。
「値段は、いつも通りで?」
「ええ。変える理由がありません」
「購入制限は?」
「ありませんわ。一人一回まで。それだけ」
◆
そして。
扉を開ける。
◆
「……これは……?」
最初に入ってきたのは、昨日の視察団の一人だった。
◆
「余りましたので、お譲りしますわ」
「……理由は?」
「置き場所が邪魔です」
◆
相手は、一瞬言葉を失った。
「……視察団向けの、特別提供……では?」
「違いますわ」
◆
エオリアは、淡々と言った。
「今日は在庫処理です」
◆
結果は、予想以上だった。
◆
一箱。
二箱。
三箱。
次々と運ばれるチョコレート。
◆
視察団の一人が、思わず声を上げる。
「……これほどの量を、無造作に……?」
「無造作ではありません」
「?」
「きちんと並べていますわ」
◆
そのやりとりを皮切りに、場の空気が変わった。
◆
一人が、口にする。
「……本当に、余っているだけなのですね」
「ええ」
◆
別の者が、ゆっくり噛みしめるように言った。
「……味が、安定しています。昨日と、まったく同じ」
「当然ですわ。全自動ですもの」
◆
そして、誰かが言い出した。
「……感動しました」
◆
エオリアは、露骨に顔をしかめた。
「それは、困ります」
◆
「感動されても、処理量は減りません」
「評価されても、製造は止まりません」
「褒められても、在庫は増えます」
◆
視察団は、完全に混乱していた。
彼らの想定では――
これは、演出。
戦略。
印象操作。
そうであるはずだった。
◆
だが、目の前の女性は、ただ淡々と箱を指差す。
「次の方」
◆
昼過ぎ。
積まれていた箱は、ほぼ消えた。
◆
エレナが、確認する。
「……想定以上に、減りました」
「空間が空きましたわね」
「はい」
◆
視察団の一人が、勇気を出して尋ねる。
「……この提供、今後も?」
◆
エオリアは、即答した。
「余ったら、また行いますわ」
「……定期的に?」
「不定期です。余ったら、です」
◆
視察団は、なぜか深く頭を下げた。
「……ありがとうございました」
◆
扉が閉まる。
ようやく、静けさが戻る。
◆
エオリアは、ソファに座り、肩の力を抜いた。
「……やっと、片付きましたわ」
「感動されていましたが……」
「余計です」
◆
チョコを一粒、口に含む。
「……美味しいですわ」
◆
彼女にとって、それがすべてだった。
評価も。
感動も。
意味付けも。
すべて、在庫処理の副産物にすぎない。
◆
夕方。
工房では、全自動チョコレート製造魔法が、変わらず稼働している。
◆
「……明日も、余りますわね」
それを見越して、エオリアは昼寝の準備を始めた。
感動が広がろうと、
評価が膨らもうと、
彼女の一日は、ただ静かに終わっていった。
――余ったものを、片付けただけ。
それ以上でも、以下でもなかった。
昼前。
エオリア・フロステリアは、工房の中を一巡してから、静かに首を傾げた。
「……今日も、余っていますわね」
それは驚きでも嘆きでもない。
ただの事実確認だった。
◆
全自動チョコレート製造魔法は、今日も一定の速度で稼働している。
止めない理由は、単純だ。
止めるほうが、面倒だから。
「止める設定、面倒ですもの」
結果として、チョコレートは毎日、確実に“作りすぎる”。
◆
エレナが帳簿を確認しながら言った。
「昨日の販売分を差し引いても、かなり残っています」
「捨てるのは、論外ですわね」
「はい」
「配るのも、少々面倒ですわ」
「……はい」
◆
昨日来た視察団の顔が、エオリアの脳裏をよぎる。
大勢。
長話。
熱心すぎる目。
「……あの方たち、まだ近くにいますの?」
「はい。村の宿をすべて押さえているそうです」
「……やはり、面倒ですわね」
◆
エオリアは、あっさりと結論を出した。
「では、渡しましょう」
「……販売ですか?」
「いいえ。処理です」
◆
昼過ぎ。
屋敷の一室が、簡素な提供所として整えられた。
屋内。
温度管理あり。
湿度調整済み。
食べ物を扱う最低限の配慮だけは、きちんとされている。
◆
机の上には、箱が積まれている。
量は、いつもの販売日より明らかに多い。
◆
エレナが確認する。
「値段は、いつも通りで?」
「ええ。変える理由がありません」
「購入制限は?」
「ありませんわ。一人一回まで。それだけ」
◆
そして。
扉を開ける。
◆
「……これは……?」
最初に入ってきたのは、昨日の視察団の一人だった。
◆
「余りましたので、お譲りしますわ」
「……理由は?」
「置き場所が邪魔です」
◆
相手は、一瞬言葉を失った。
「……視察団向けの、特別提供……では?」
「違いますわ」
◆
エオリアは、淡々と言った。
「今日は在庫処理です」
◆
結果は、予想以上だった。
◆
一箱。
二箱。
三箱。
次々と運ばれるチョコレート。
◆
視察団の一人が、思わず声を上げる。
「……これほどの量を、無造作に……?」
「無造作ではありません」
「?」
「きちんと並べていますわ」
◆
そのやりとりを皮切りに、場の空気が変わった。
◆
一人が、口にする。
「……本当に、余っているだけなのですね」
「ええ」
◆
別の者が、ゆっくり噛みしめるように言った。
「……味が、安定しています。昨日と、まったく同じ」
「当然ですわ。全自動ですもの」
◆
そして、誰かが言い出した。
「……感動しました」
◆
エオリアは、露骨に顔をしかめた。
「それは、困ります」
◆
「感動されても、処理量は減りません」
「評価されても、製造は止まりません」
「褒められても、在庫は増えます」
◆
視察団は、完全に混乱していた。
彼らの想定では――
これは、演出。
戦略。
印象操作。
そうであるはずだった。
◆
だが、目の前の女性は、ただ淡々と箱を指差す。
「次の方」
◆
昼過ぎ。
積まれていた箱は、ほぼ消えた。
◆
エレナが、確認する。
「……想定以上に、減りました」
「空間が空きましたわね」
「はい」
◆
視察団の一人が、勇気を出して尋ねる。
「……この提供、今後も?」
◆
エオリアは、即答した。
「余ったら、また行いますわ」
「……定期的に?」
「不定期です。余ったら、です」
◆
視察団は、なぜか深く頭を下げた。
「……ありがとうございました」
◆
扉が閉まる。
ようやく、静けさが戻る。
◆
エオリアは、ソファに座り、肩の力を抜いた。
「……やっと、片付きましたわ」
「感動されていましたが……」
「余計です」
◆
チョコを一粒、口に含む。
「……美味しいですわ」
◆
彼女にとって、それがすべてだった。
評価も。
感動も。
意味付けも。
すべて、在庫処理の副産物にすぎない。
◆
夕方。
工房では、全自動チョコレート製造魔法が、変わらず稼働している。
◆
「……明日も、余りますわね」
それを見越して、エオリアは昼寝の準備を始めた。
感動が広がろうと、
評価が膨らもうと、
彼女の一日は、ただ静かに終わっていった。
――余ったものを、片付けただけ。
それ以上でも、以下でもなかった。
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