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第23話 研究したい? ……面倒ですわね
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第23話 研究したい? ……面倒ですわね
翌朝。
エオリア・フロステリアは、珍しく早く目を覚ました。
理由は単純だ。
「……今日は、静かですわ」
昨日まで屋敷の周囲に溢れていた人の気配が、嘘のように消えている。
それだけで、気分はかなり良かった。
◆
朝食後、いつものように工房を確認する。
全自動チョコレート製造魔法は、問題なく稼働中。
温度、湿度、攪拌、成形――すべて設定どおり。
「……正常ですわね」
異常がないことを確認し、エオリアは満足した。
異常があると、面倒だから。
◆
だが。
その平穏は、長く続かなかった。
◆
「お嬢様……」
エレナが、控えめに声をかけてくる。
「何ですの?」
「昨日の件で……その……」
「感動された話でしたら、聞く必要はありません」
「いえ、その……研究の打診が」
◆
エオリアは、ぴたりと動きを止めた。
「……研究?」
「はい。魔法省と、王立学術院から正式な書状が届いています」
◆
差し出された封書の束。
分厚い。
重い。
読むだけで疲れそう。
◆
エオリアは、それを一瞥しただけで言った。
「面倒ですわね」
◆
「内容は……」
「聞かなくてもわかります」
◆
彼女は、指を一本立てる。
「魔法理論の解明」
二本目。
「再現性の検証」
三本目。
「制度化と普及」
◆
「――全部、面倒です」
◆
エレナは苦笑した。
「やはり、そうおっしゃいますよね……」
◆
エオリアは、ソファに腰を下ろし、足を組む。
「わたくしの魔法は、研究向きではありませんわ」
「ですが……全自動で、安定した品質を……」
「安定しているのは、設定を変えていないからです」
◆
「設定を変えたら?」
「味が変わります」
「再現しようとしたら?」
「失敗します」
◆
彼女は、あっさりと言い切った。
「美味しくなくなりますわ」
◆
研究者にとっては致命的な答えだった。
◆
「わたくしは、研究成果を出したいのではありません」
「美味しいものを、食べたいだけです」
◆
それ以上の目的は、存在しない。
◆
エレナが、遠慮がちに言う。
「ですが……王都では、“画期的な魔導製造技術”として話題に……」
「話題にされると、面倒です」
◆
「質問が増えます」
「説明を求められます」
「訪問が増えます」
◆
エオリアは、ため息をついた。
「……人が増えるのは、落ち着きません」
◆
午後。
研究者と思しき人物が、屋敷の門前に現れた。
許可は出していない。
だが、来た。
◆
「エオリア様! ぜひお話を――」
「用件は、書状で受け取りました」
◆
門越しに、淡々と告げる。
「お断りしますわ」
◆
「理由を、お聞かせ願えれば……」
「面倒だからです」
◆
一瞬、沈黙。
◆
「……それだけ、ですか?」
「それ以上に、理由が必要ですの?」
◆
研究者は、言葉を失った。
◆
エオリアは、付け加える。
「魔法は、便利だから使うものです」
「研究するために、生活を乱すものではありません」
◆
門は開かない。
それで、終わり。
◆
夕方。
屋敷に静けさが戻る。
◆
「……本当に、全部断ってしまいましたね」
エレナが、半ば呆然と呟く。
◆
「研究されると、管理が増えます」
「管理が増えると、説明が増えます」
「説明が増えると、時間が減ります」
◆
「時間が減ると?」
「美味しいものを、ゆっくり食べられません」
◆
エオリアは、それが何より重要だと言わんばかりだった。
◆
チョコレートを一口。
「……問題ありませんわね」
◆
彼女の中で、すでに結論は出ていた。
研究も。
評価も。
制度化も。
すべて、生活の邪魔。
◆
全自動チョコレート製造魔法は、今日も黙々と動き続けている。
◆
「……また余りますわね」
エオリアは、それを確認してから、満足そうに目を閉じた。
研究されなくても、
理解されなくても、
彼女の生活は、何一つ困らない。
◆
――面倒なことを、増やさない。
それこそが、エオリアの一貫した方針だった。
翌朝。
エオリア・フロステリアは、珍しく早く目を覚ました。
理由は単純だ。
「……今日は、静かですわ」
昨日まで屋敷の周囲に溢れていた人の気配が、嘘のように消えている。
それだけで、気分はかなり良かった。
◆
朝食後、いつものように工房を確認する。
全自動チョコレート製造魔法は、問題なく稼働中。
温度、湿度、攪拌、成形――すべて設定どおり。
「……正常ですわね」
異常がないことを確認し、エオリアは満足した。
異常があると、面倒だから。
◆
だが。
その平穏は、長く続かなかった。
◆
「お嬢様……」
エレナが、控えめに声をかけてくる。
「何ですの?」
「昨日の件で……その……」
「感動された話でしたら、聞く必要はありません」
「いえ、その……研究の打診が」
◆
エオリアは、ぴたりと動きを止めた。
「……研究?」
「はい。魔法省と、王立学術院から正式な書状が届いています」
◆
差し出された封書の束。
分厚い。
重い。
読むだけで疲れそう。
◆
エオリアは、それを一瞥しただけで言った。
「面倒ですわね」
◆
「内容は……」
「聞かなくてもわかります」
◆
彼女は、指を一本立てる。
「魔法理論の解明」
二本目。
「再現性の検証」
三本目。
「制度化と普及」
◆
「――全部、面倒です」
◆
エレナは苦笑した。
「やはり、そうおっしゃいますよね……」
◆
エオリアは、ソファに腰を下ろし、足を組む。
「わたくしの魔法は、研究向きではありませんわ」
「ですが……全自動で、安定した品質を……」
「安定しているのは、設定を変えていないからです」
◆
「設定を変えたら?」
「味が変わります」
「再現しようとしたら?」
「失敗します」
◆
彼女は、あっさりと言い切った。
「美味しくなくなりますわ」
◆
研究者にとっては致命的な答えだった。
◆
「わたくしは、研究成果を出したいのではありません」
「美味しいものを、食べたいだけです」
◆
それ以上の目的は、存在しない。
◆
エレナが、遠慮がちに言う。
「ですが……王都では、“画期的な魔導製造技術”として話題に……」
「話題にされると、面倒です」
◆
「質問が増えます」
「説明を求められます」
「訪問が増えます」
◆
エオリアは、ため息をついた。
「……人が増えるのは、落ち着きません」
◆
午後。
研究者と思しき人物が、屋敷の門前に現れた。
許可は出していない。
だが、来た。
◆
「エオリア様! ぜひお話を――」
「用件は、書状で受け取りました」
◆
門越しに、淡々と告げる。
「お断りしますわ」
◆
「理由を、お聞かせ願えれば……」
「面倒だからです」
◆
一瞬、沈黙。
◆
「……それだけ、ですか?」
「それ以上に、理由が必要ですの?」
◆
研究者は、言葉を失った。
◆
エオリアは、付け加える。
「魔法は、便利だから使うものです」
「研究するために、生活を乱すものではありません」
◆
門は開かない。
それで、終わり。
◆
夕方。
屋敷に静けさが戻る。
◆
「……本当に、全部断ってしまいましたね」
エレナが、半ば呆然と呟く。
◆
「研究されると、管理が増えます」
「管理が増えると、説明が増えます」
「説明が増えると、時間が減ります」
◆
「時間が減ると?」
「美味しいものを、ゆっくり食べられません」
◆
エオリアは、それが何より重要だと言わんばかりだった。
◆
チョコレートを一口。
「……問題ありませんわね」
◆
彼女の中で、すでに結論は出ていた。
研究も。
評価も。
制度化も。
すべて、生活の邪魔。
◆
全自動チョコレート製造魔法は、今日も黙々と動き続けている。
◆
「……また余りますわね」
エオリアは、それを確認してから、満足そうに目を閉じた。
研究されなくても、
理解されなくても、
彼女の生活は、何一つ困らない。
◆
――面倒なことを、増やさない。
それこそが、エオリアの一貫した方針だった。
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