エアコン魔法、全自動チョコレート製造魔法、魔法の無駄遣い? ――快適な生活のために、全部必要ですわ

鷹 綾

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第23話 研究したい? ……面倒ですわね

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第23話 研究したい? ……面倒ですわね

 翌朝。

 エオリア・フロステリアは、珍しく早く目を覚ました。
 理由は単純だ。

「……今日は、静かですわ」

 昨日まで屋敷の周囲に溢れていた人の気配が、嘘のように消えている。
 それだけで、気分はかなり良かった。

 



 

 朝食後、いつものように工房を確認する。

 全自動チョコレート製造魔法は、問題なく稼働中。
 温度、湿度、攪拌、成形――すべて設定どおり。

「……正常ですわね」

 異常がないことを確認し、エオリアは満足した。

 異常があると、面倒だから。

 



 

 だが。

 その平穏は、長く続かなかった。

 



 

「お嬢様……」

 エレナが、控えめに声をかけてくる。

「何ですの?」

「昨日の件で……その……」

「感動された話でしたら、聞く必要はありません」

「いえ、その……研究の打診が」

 



 

 エオリアは、ぴたりと動きを止めた。

「……研究?」

「はい。魔法省と、王立学術院から正式な書状が届いています」

 



 

 差し出された封書の束。

 分厚い。
 重い。
 読むだけで疲れそう。

 



 

 エオリアは、それを一瞥しただけで言った。

「面倒ですわね」

 



 

「内容は……」

「聞かなくてもわかります」

 



 

 彼女は、指を一本立てる。

「魔法理論の解明」

 二本目。

「再現性の検証」

 三本目。

「制度化と普及」

 



 

「――全部、面倒です」

 



 

 エレナは苦笑した。

「やはり、そうおっしゃいますよね……」

 



 

 エオリアは、ソファに腰を下ろし、足を組む。

「わたくしの魔法は、研究向きではありませんわ」

「ですが……全自動で、安定した品質を……」

「安定しているのは、設定を変えていないからです」

 



 

「設定を変えたら?」

「味が変わります」

「再現しようとしたら?」

「失敗します」

 



 

 彼女は、あっさりと言い切った。

「美味しくなくなりますわ」

 



 

 研究者にとっては致命的な答えだった。

 



 

「わたくしは、研究成果を出したいのではありません」

「美味しいものを、食べたいだけです」

 



 

 それ以上の目的は、存在しない。

 



 

 エレナが、遠慮がちに言う。

「ですが……王都では、“画期的な魔導製造技術”として話題に……」

「話題にされると、面倒です」

 



 

「質問が増えます」

「説明を求められます」

「訪問が増えます」

 



 

 エオリアは、ため息をついた。

「……人が増えるのは、落ち着きません」

 



 

 午後。

 研究者と思しき人物が、屋敷の門前に現れた。

 許可は出していない。

 だが、来た。

 



 

「エオリア様! ぜひお話を――」

「用件は、書状で受け取りました」

 



 

 門越しに、淡々と告げる。

「お断りしますわ」

 



 

「理由を、お聞かせ願えれば……」

「面倒だからです」

 



 

 一瞬、沈黙。

 



 

「……それだけ、ですか?」

「それ以上に、理由が必要ですの?」

 



 

 研究者は、言葉を失った。

 



 

 エオリアは、付け加える。

「魔法は、便利だから使うものです」

「研究するために、生活を乱すものではありません」

 



 

 門は開かない。

 それで、終わり。

 



 

 夕方。

 屋敷に静けさが戻る。

 



 

「……本当に、全部断ってしまいましたね」

 エレナが、半ば呆然と呟く。

 



 

「研究されると、管理が増えます」

「管理が増えると、説明が増えます」

「説明が増えると、時間が減ります」

 



 

「時間が減ると?」

「美味しいものを、ゆっくり食べられません」

 



 

 エオリアは、それが何より重要だと言わんばかりだった。

 



 

 チョコレートを一口。

「……問題ありませんわね」

 



 

 彼女の中で、すでに結論は出ていた。

 研究も。
 評価も。
 制度化も。

 すべて、生活の邪魔。

 



 

 全自動チョコレート製造魔法は、今日も黙々と動き続けている。

 



 

「……また余りますわね」

 エオリアは、それを確認してから、満足そうに目を閉じた。

 研究されなくても、
 理解されなくても、
 彼女の生活は、何一つ困らない。

 



 

 ――面倒なことを、増やさない。

 それこそが、エオリアの一貫した方針だった。
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