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第25話 勝手に名付けないでくださいませ
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第25話 勝手に名付けないでくださいませ
午後。
エオリア・フロステリアは、テラスの長椅子で横になり、半分だけ溶けたチョコレートをゆっくり舐めていた。
冷却魔法で温度は一定。陽射しはあるが、不快ではない。
「……ちょうどいいですわね」
それだけで、満足だった。
◆
だが――満足は、外から勝手に乱される。
「お嬢様……少し、よろしいでしょうか」
エレナが、困ったような顔でやってくる。
「要件は三行以内でお願いします」
「……王都の話です」
「二行目で、もう面倒ですわね」
◆
「例の視察団が戻ったあと……」
「はい」
「“スイーツ療法”という言葉が、広まり始めています」
◆
エオリアは、ぴたりと動きを止めた。
「……今、なんと?」
「“スイーツ療法”です」
◆
一拍。
「却下です」
◆
「勝手に名前を付けないでくださいませ」
◆
声は静かだが、拒否は明確だった。
「わたくしは、治療をしていません」
「癒やしてもいません」
「甘いものを、食べているだけです」
◆
エレナは、慎重に言葉を選ぶ。
「ですが……視察団の方々が、“心が軽くなった”“不眠が改善した”などと……」
「知りませんわ」
◆
即答。
「それは、たまたまです」
「チョコを食べて、気分が良くなるのは普通のことです」
「それを“療法”と呼ぶなら、昼寝も療法ですわね」
◆
エレナは、思わず口をつぐんだ。
(……論破が早い)
◆
「第一、治療などと言われると――」
エオリアは、扇子で口元を隠す。
「責任が発生します」
◆
その一言が、すべてだった。
「効いた、効かない」
「続けろ、やめるな」
「効果を証明しろ」
◆
「全部、面倒です」
◆
彼女は、もう一口チョコを口に入れる。
「わたくしは、好きなものを、好きなときに食べたいだけ」
「それ以上の意味を付与されると、生活の邪魔です」
◆
その日の夕方。
王都では、すでに“スイーツ療法”という言葉が、学者や貴族の間で飛び交っていた。
◆
・食後の満足感
・精神の安定
・集中力の向上
◆
もっともらしい言葉が並び、
論文の題名案まで出始めている。
◆
だが。
ファーレ領の屋敷では――
◆
「……また余りましたわね」
工房を覗いたエオリアが、淡々と呟いた。
◆
全自動チョコレート製造魔法は、今日も正確だった。
彼女が寝ている間も、
視察団が議論している間も、
勝手な名前が付けられている間も。
◆
一定量を、黙々と生産している。
◆
「療法だの、研究だの……」
エオリアは、箱をひとつ持ち上げる。
「そんなものより――」
◆
彼女は、テラスに戻り、椅子に腰掛けた。
「今日のおやつが美味しいかどうか」
◆
それだけが、重要だった。
◆
王都でどんな名前が付けられようと、
どんな評価が生まれようと。
◆
エオリア・フロステリアは、何も変えない。
◆
「……冷めないうちに、もう一ついただきましょう」
そう呟いて、彼女はまた、チョコに手を伸ばした。
――“スイーツ療法”などという言葉が、
本人の耳に正式に届くことは、
最後までなかった。
午後。
エオリア・フロステリアは、テラスの長椅子で横になり、半分だけ溶けたチョコレートをゆっくり舐めていた。
冷却魔法で温度は一定。陽射しはあるが、不快ではない。
「……ちょうどいいですわね」
それだけで、満足だった。
◆
だが――満足は、外から勝手に乱される。
「お嬢様……少し、よろしいでしょうか」
エレナが、困ったような顔でやってくる。
「要件は三行以内でお願いします」
「……王都の話です」
「二行目で、もう面倒ですわね」
◆
「例の視察団が戻ったあと……」
「はい」
「“スイーツ療法”という言葉が、広まり始めています」
◆
エオリアは、ぴたりと動きを止めた。
「……今、なんと?」
「“スイーツ療法”です」
◆
一拍。
「却下です」
◆
「勝手に名前を付けないでくださいませ」
◆
声は静かだが、拒否は明確だった。
「わたくしは、治療をしていません」
「癒やしてもいません」
「甘いものを、食べているだけです」
◆
エレナは、慎重に言葉を選ぶ。
「ですが……視察団の方々が、“心が軽くなった”“不眠が改善した”などと……」
「知りませんわ」
◆
即答。
「それは、たまたまです」
「チョコを食べて、気分が良くなるのは普通のことです」
「それを“療法”と呼ぶなら、昼寝も療法ですわね」
◆
エレナは、思わず口をつぐんだ。
(……論破が早い)
◆
「第一、治療などと言われると――」
エオリアは、扇子で口元を隠す。
「責任が発生します」
◆
その一言が、すべてだった。
「効いた、効かない」
「続けろ、やめるな」
「効果を証明しろ」
◆
「全部、面倒です」
◆
彼女は、もう一口チョコを口に入れる。
「わたくしは、好きなものを、好きなときに食べたいだけ」
「それ以上の意味を付与されると、生活の邪魔です」
◆
その日の夕方。
王都では、すでに“スイーツ療法”という言葉が、学者や貴族の間で飛び交っていた。
◆
・食後の満足感
・精神の安定
・集中力の向上
◆
もっともらしい言葉が並び、
論文の題名案まで出始めている。
◆
だが。
ファーレ領の屋敷では――
◆
「……また余りましたわね」
工房を覗いたエオリアが、淡々と呟いた。
◆
全自動チョコレート製造魔法は、今日も正確だった。
彼女が寝ている間も、
視察団が議論している間も、
勝手な名前が付けられている間も。
◆
一定量を、黙々と生産している。
◆
「療法だの、研究だの……」
エオリアは、箱をひとつ持ち上げる。
「そんなものより――」
◆
彼女は、テラスに戻り、椅子に腰掛けた。
「今日のおやつが美味しいかどうか」
◆
それだけが、重要だった。
◆
王都でどんな名前が付けられようと、
どんな評価が生まれようと。
◆
エオリア・フロステリアは、何も変えない。
◆
「……冷めないうちに、もう一ついただきましょう」
そう呟いて、彼女はまた、チョコに手を伸ばした。
――“スイーツ療法”などという言葉が、
本人の耳に正式に届くことは、
最後までなかった。
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