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第26話 甘いものは、やめられないそうですわね
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第26話 甘いものは、やめられないそうですわね
王都、王城東棟。
重厚な扉の奥で、ひとりの男が、机に突っ伏していた。
「……っ、く……!」
額を押さえ、歯を食いしばるその姿は、かつて“未来の名君”とまで持ち上げられた王太子アレクシオスのものだった。
◆
「殿下! 本日こそ、お控えください!」
側近が、切羽詰まった声で叫ぶ。
「医師も申しております! これ以上、甘味を摂られますと――」
「うるさい……!」
王太子は、乱暴に側近の手を振り払った。
「痛い……確かに痛い……だがな」
◆
彼は、震える手で、小箱を引き寄せる。
中にあるのは、黒く艶やかなチョコレート。
◆
「これを、食べない方が……よほど、辛い」
◆
側近は、言葉を失った。
「殿下……それは、依存です……!」
「依存? 違う」
◆
王太子は、チョコを一欠片、口に放り込む。
瞬間。
顔が、ふっと緩んだ。
◆
「……ああ……」
歯の奥に、鈍い痛みが走る。
だが、それ以上に、甘さが脳を満たす。
◆
「これがないと……頭が、回らん」
◆
その様子を、医師は青ざめた顔で見ていた。
「殿下……虫歯は、自然に治りません……」
「治さなくていい」
◆
「どうせ、忙しい」
◆
王太子は、乱雑に書類へ視線を落とす。
だが、文字が、滲んで見えた。
◆
「……あれ? この条文、前にも読んだか?」
「殿下、それは昨日、却下なさった案件です」
「そうだったか?」
◆
側近は、背筋に冷たいものを感じた。
(判断が、鈍っている……)
◆
一方、その頃。
ファーレ領。
◆
「……平和ですわね」
エオリア・フロステリアは、テラスで昼寝をしていた。
隣には、冷却魔法で程よく冷やされたチョコレート。
◆
「エオリア様……」
ライルが、そっと声をかける。
「王都から、妙な噂が……」
「聞きません」
◆
即答だった。
「どうせ、面倒な話ですわ」
◆
「……王太子殿下が、チョコをやめられないそうで……」
◆
エオリアは、片目だけ開けた。
「……あら」
◆
それだけ。
◆
「それで?」
「歯が、かなり痛むとか……」
◆
エオリアは、また目を閉じる。
「お気の毒ですわね」
◆
声には、同情も、嘲りもなかった。
事実として受け取っただけ。
◆
「……それだけ、ですか?」
「ええ」
◆
エオリアは、寝返りを打つ。
「甘いものは、美味しいですもの」
「やめられない方も、いらっしゃるでしょう」
◆
ライルは、思わず聞いた。
「……止めようとは、思われないのですか?」
◆
その問いに、エオリアは、ゆっくりと目を開けた。
「なぜ?」
◆
「わたくしは、売っています」
「食べるかどうかは、相手の自由です」
◆
「それに――」
◆
彼女は、チョコを一欠片、口に入れる。
「今日、売れなくても」
「明日も、同じだけ作りますわ」
◆
「無理に、今、食べる必要はありません」
◆
王太子の焦りなど、
彼女の生活には、一切関係がなかった。
◆
その夜。
王城では、王太子が激痛に耐えながら、
重要な書類に署名していた。
◆
字は、歪んでいる。
◆
「……これで、いい……」
◆
側近は、唇を噛んだ。
(まずい……このままでは……)
◆
一方、ファーレ領。
◆
「……また、余りましたわね」
エオリアは、淡々と在庫を確認する。
◆
「まぁ……明日も、売ればいいでしょう」
◆
同じ時間。
同じチョコ。
同じ量。
◆
だが――
それを食べる側の人生は、
少しずつ、確実に、狂い始めていた。
そしてその原因が、
“復讐”でも
“策略”でもなく。
ただの――
甘いおやつであることを、
王太子は、まだ理解していなかった。
王都、王城東棟。
重厚な扉の奥で、ひとりの男が、机に突っ伏していた。
「……っ、く……!」
額を押さえ、歯を食いしばるその姿は、かつて“未来の名君”とまで持ち上げられた王太子アレクシオスのものだった。
◆
「殿下! 本日こそ、お控えください!」
側近が、切羽詰まった声で叫ぶ。
「医師も申しております! これ以上、甘味を摂られますと――」
「うるさい……!」
王太子は、乱暴に側近の手を振り払った。
「痛い……確かに痛い……だがな」
◆
彼は、震える手で、小箱を引き寄せる。
中にあるのは、黒く艶やかなチョコレート。
◆
「これを、食べない方が……よほど、辛い」
◆
側近は、言葉を失った。
「殿下……それは、依存です……!」
「依存? 違う」
◆
王太子は、チョコを一欠片、口に放り込む。
瞬間。
顔が、ふっと緩んだ。
◆
「……ああ……」
歯の奥に、鈍い痛みが走る。
だが、それ以上に、甘さが脳を満たす。
◆
「これがないと……頭が、回らん」
◆
その様子を、医師は青ざめた顔で見ていた。
「殿下……虫歯は、自然に治りません……」
「治さなくていい」
◆
「どうせ、忙しい」
◆
王太子は、乱雑に書類へ視線を落とす。
だが、文字が、滲んで見えた。
◆
「……あれ? この条文、前にも読んだか?」
「殿下、それは昨日、却下なさった案件です」
「そうだったか?」
◆
側近は、背筋に冷たいものを感じた。
(判断が、鈍っている……)
◆
一方、その頃。
ファーレ領。
◆
「……平和ですわね」
エオリア・フロステリアは、テラスで昼寝をしていた。
隣には、冷却魔法で程よく冷やされたチョコレート。
◆
「エオリア様……」
ライルが、そっと声をかける。
「王都から、妙な噂が……」
「聞きません」
◆
即答だった。
「どうせ、面倒な話ですわ」
◆
「……王太子殿下が、チョコをやめられないそうで……」
◆
エオリアは、片目だけ開けた。
「……あら」
◆
それだけ。
◆
「それで?」
「歯が、かなり痛むとか……」
◆
エオリアは、また目を閉じる。
「お気の毒ですわね」
◆
声には、同情も、嘲りもなかった。
事実として受け取っただけ。
◆
「……それだけ、ですか?」
「ええ」
◆
エオリアは、寝返りを打つ。
「甘いものは、美味しいですもの」
「やめられない方も、いらっしゃるでしょう」
◆
ライルは、思わず聞いた。
「……止めようとは、思われないのですか?」
◆
その問いに、エオリアは、ゆっくりと目を開けた。
「なぜ?」
◆
「わたくしは、売っています」
「食べるかどうかは、相手の自由です」
◆
「それに――」
◆
彼女は、チョコを一欠片、口に入れる。
「今日、売れなくても」
「明日も、同じだけ作りますわ」
◆
「無理に、今、食べる必要はありません」
◆
王太子の焦りなど、
彼女の生活には、一切関係がなかった。
◆
その夜。
王城では、王太子が激痛に耐えながら、
重要な書類に署名していた。
◆
字は、歪んでいる。
◆
「……これで、いい……」
◆
側近は、唇を噛んだ。
(まずい……このままでは……)
◆
一方、ファーレ領。
◆
「……また、余りましたわね」
エオリアは、淡々と在庫を確認する。
◆
「まぁ……明日も、売ればいいでしょう」
◆
同じ時間。
同じチョコ。
同じ量。
◆
だが――
それを食べる側の人生は、
少しずつ、確実に、狂い始めていた。
そしてその原因が、
“復讐”でも
“策略”でもなく。
ただの――
甘いおやつであることを、
王太子は、まだ理解していなかった。
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