エアコン魔法、全自動チョコレート製造魔法、魔法の無駄遣い? ――快適な生活のために、全部必要ですわ

鷹 綾

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第26話 甘いものは、やめられないそうですわね

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第26話 甘いものは、やめられないそうですわね

 王都、王城東棟。

 重厚な扉の奥で、ひとりの男が、机に突っ伏していた。

「……っ、く……!」

 額を押さえ、歯を食いしばるその姿は、かつて“未来の名君”とまで持ち上げられた王太子アレクシオスのものだった。

 



 

「殿下! 本日こそ、お控えください!」

 側近が、切羽詰まった声で叫ぶ。

「医師も申しております! これ以上、甘味を摂られますと――」

「うるさい……!」

 

 王太子は、乱暴に側近の手を振り払った。

 

「痛い……確かに痛い……だがな」

 



 

 彼は、震える手で、小箱を引き寄せる。

 中にあるのは、黒く艶やかなチョコレート。

 



 

「これを、食べない方が……よほど、辛い」

 



 

 側近は、言葉を失った。

 

「殿下……それは、依存です……!」

「依存? 違う」

 



 

 王太子は、チョコを一欠片、口に放り込む。

 

 瞬間。

 顔が、ふっと緩んだ。

 



 

「……ああ……」

 

 歯の奥に、鈍い痛みが走る。

 だが、それ以上に、甘さが脳を満たす。

 



 

「これがないと……頭が、回らん」

 



 

 その様子を、医師は青ざめた顔で見ていた。

 

「殿下……虫歯は、自然に治りません……」

「治さなくていい」

 



 

「どうせ、忙しい」

 



 

 王太子は、乱雑に書類へ視線を落とす。

 だが、文字が、滲んで見えた。

 



 

「……あれ? この条文、前にも読んだか?」

「殿下、それは昨日、却下なさった案件です」

「そうだったか?」

 



 

 側近は、背筋に冷たいものを感じた。

 

(判断が、鈍っている……)

 



 

 一方、その頃。

 

 ファーレ領。

 



 

「……平和ですわね」

 

 エオリア・フロステリアは、テラスで昼寝をしていた。

 隣には、冷却魔法で程よく冷やされたチョコレート。

 



 

「エオリア様……」

 ライルが、そっと声をかける。

 

「王都から、妙な噂が……」

「聞きません」

 



 

 即答だった。

 

「どうせ、面倒な話ですわ」

 



 

「……王太子殿下が、チョコをやめられないそうで……」

 



 

 エオリアは、片目だけ開けた。

 

「……あら」

 



 

 それだけ。

 



 

「それで?」

「歯が、かなり痛むとか……」

 



 

 エオリアは、また目を閉じる。

 

「お気の毒ですわね」

 



 

 声には、同情も、嘲りもなかった。

 事実として受け取っただけ。

 



 

「……それだけ、ですか?」

「ええ」

 



 

 エオリアは、寝返りを打つ。

 

「甘いものは、美味しいですもの」

「やめられない方も、いらっしゃるでしょう」

 



 

 ライルは、思わず聞いた。

 

「……止めようとは、思われないのですか?」

 



 

 その問いに、エオリアは、ゆっくりと目を開けた。

 

「なぜ?」

 



 

「わたくしは、売っています」

「食べるかどうかは、相手の自由です」

 



 

「それに――」

 



 

 彼女は、チョコを一欠片、口に入れる。

 

「今日、売れなくても」

「明日も、同じだけ作りますわ」

 



 

「無理に、今、食べる必要はありません」

 



 

 王太子の焦りなど、
 彼女の生活には、一切関係がなかった。

 



 

 その夜。

 

 王城では、王太子が激痛に耐えながら、
 重要な書類に署名していた。

 



 

 字は、歪んでいる。

 



 

「……これで、いい……」

 



 

 側近は、唇を噛んだ。

 

(まずい……このままでは……)

 



 

 一方、ファーレ領。

 



 

「……また、余りましたわね」

 

 エオリアは、淡々と在庫を確認する。

 



 

「まぁ……明日も、売ればいいでしょう」

 



 

 同じ時間。

 同じチョコ。

 同じ量。

 



 

 だが――

 

 それを食べる側の人生は、
 少しずつ、確実に、狂い始めていた。

 

 そしてその原因が、
 “復讐”でも
 “策略”でもなく。

 

 ただの――

 

 甘いおやつであることを、
 王太子は、まだ理解していなかった。
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