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第27話 止める側が、先に壊れますわね
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第27話 止める側が、先に壊れますわね
王城・私室。
朝の光が差し込むはずの時間だというのに、王太子アレクシオスは、いまだ机に突っ伏したままだった。
「……殿下、朝食を」
「いらん」
即答。
そして――
「それより、アレを出せ」
視線だけで示された先に、側近は一瞬、言葉を失った。
小さな鍵付きの引き出し。
中にあるのは、あのチョコレートだ。
◆
「……殿下。昨夜、医師が――」
「医師? 知らん。甘いものが足りていないだけだ」
「足りていない、ではありません! 歯が――」
王太子は、苛立ったように顔を上げた。
「まだ抜けていない」
◆
側近は、凍りついた。
(基準が……そこなのか……)
◆
「いいか、殿下」
意を決して、側近は踏み込む。
「これは、もはや嗜好ではありません」
「依存です」
「このままでは、政務にも支障が――」
◆
その瞬間。
「――黙れ」
◆
低く、押し殺した声。
王太子の手には、すでにチョコが握られていた。
◆
「お前は、わかっていない」
「これを食べないと……」
◆
彼は、こめかみを押さえる。
「頭が、霧がかかったみたいになる」
「判断が、遅れる」
「集中できない」
◆
側近は、愕然とした。
「……それは、“食べているから”ではなく」
「“食べないと耐えられなくなっている”だけです」
◆
一拍。
王太子は、にやりと笑った。
「だから?」
◆
「問題でも?」
◆
そのまま、チョコを口に放り込む。
◆
甘さ。
そして――
鋭い痛み。
◆
「……っ!」
一瞬、顔が歪む。
だが、それもすぐに消えた。
◆
「ほらな」
◆
「耐えられた」
◆
側近は、背中に冷たい汗を流した。
(……違う。これは……)
◆
その日。
王太子は、三件の重要な決裁を誤った。
◆
・同盟国への使節派遣を延期
・税制改正案を白紙に戻す
・軍備予算を理由もなく削減
◆
いずれも、後になって取り返しのつかない判断だと分かるものだった。
◆
だが、その場では。
「まあ、いい」
「後で考えよう」
そう言って、彼はチョコに手を伸ばした。
◆
一方。
ファーレ領。
◆
「……今日は、少し苦味が強いですわね」
エオリア・フロステリアは、静かに首を傾げた。
◆
「気温が高いからでしょうか?」
ライルが尋ねる。
「いいえ」
◆
彼女は、扇子で軽く空気を送る。
「作りすぎた日の味です」
◆
「……それ、味に影響するんですか?」
「ええ」
◆
「待つ気がない人ほど、甘さを強く感じたがりますから」
◆
ライルは、その言葉の意味を、完全には理解できなかった。
◆
その夜。
王城では――
◆
「殿下……お願いです……!」
側近が、ついに膝をついた。
◆
「一日だけでいい……甘いものを控えてください……!」
◆
王太子は、静かに彼を見下ろす。
◆
「……誰のために?」
◆
「国のためです!」
◆
一瞬の沈黙。
◆
「――重いな」
◆
それが、王太子の答えだった。
◆
「そんなものを背負う気分じゃない」
◆
そして、いつも通り。
チョコを、口に入れる。
◆
側近は、唇を噛みしめた。
(……もう、止める側の方が先に壊れる)
◆
この日。
王太子の評価は、静かに下がり始めた。
誰にも気づかれないまま。
甘さに包まれながら――
王城・私室。
朝の光が差し込むはずの時間だというのに、王太子アレクシオスは、いまだ机に突っ伏したままだった。
「……殿下、朝食を」
「いらん」
即答。
そして――
「それより、アレを出せ」
視線だけで示された先に、側近は一瞬、言葉を失った。
小さな鍵付きの引き出し。
中にあるのは、あのチョコレートだ。
◆
「……殿下。昨夜、医師が――」
「医師? 知らん。甘いものが足りていないだけだ」
「足りていない、ではありません! 歯が――」
王太子は、苛立ったように顔を上げた。
「まだ抜けていない」
◆
側近は、凍りついた。
(基準が……そこなのか……)
◆
「いいか、殿下」
意を決して、側近は踏み込む。
「これは、もはや嗜好ではありません」
「依存です」
「このままでは、政務にも支障が――」
◆
その瞬間。
「――黙れ」
◆
低く、押し殺した声。
王太子の手には、すでにチョコが握られていた。
◆
「お前は、わかっていない」
「これを食べないと……」
◆
彼は、こめかみを押さえる。
「頭が、霧がかかったみたいになる」
「判断が、遅れる」
「集中できない」
◆
側近は、愕然とした。
「……それは、“食べているから”ではなく」
「“食べないと耐えられなくなっている”だけです」
◆
一拍。
王太子は、にやりと笑った。
「だから?」
◆
「問題でも?」
◆
そのまま、チョコを口に放り込む。
◆
甘さ。
そして――
鋭い痛み。
◆
「……っ!」
一瞬、顔が歪む。
だが、それもすぐに消えた。
◆
「ほらな」
◆
「耐えられた」
◆
側近は、背中に冷たい汗を流した。
(……違う。これは……)
◆
その日。
王太子は、三件の重要な決裁を誤った。
◆
・同盟国への使節派遣を延期
・税制改正案を白紙に戻す
・軍備予算を理由もなく削減
◆
いずれも、後になって取り返しのつかない判断だと分かるものだった。
◆
だが、その場では。
「まあ、いい」
「後で考えよう」
そう言って、彼はチョコに手を伸ばした。
◆
一方。
ファーレ領。
◆
「……今日は、少し苦味が強いですわね」
エオリア・フロステリアは、静かに首を傾げた。
◆
「気温が高いからでしょうか?」
ライルが尋ねる。
「いいえ」
◆
彼女は、扇子で軽く空気を送る。
「作りすぎた日の味です」
◆
「……それ、味に影響するんですか?」
「ええ」
◆
「待つ気がない人ほど、甘さを強く感じたがりますから」
◆
ライルは、その言葉の意味を、完全には理解できなかった。
◆
その夜。
王城では――
◆
「殿下……お願いです……!」
側近が、ついに膝をついた。
◆
「一日だけでいい……甘いものを控えてください……!」
◆
王太子は、静かに彼を見下ろす。
◆
「……誰のために?」
◆
「国のためです!」
◆
一瞬の沈黙。
◆
「――重いな」
◆
それが、王太子の答えだった。
◆
「そんなものを背負う気分じゃない」
◆
そして、いつも通り。
チョコを、口に入れる。
◆
側近は、唇を噛みしめた。
(……もう、止める側の方が先に壊れる)
◆
この日。
王太子の評価は、静かに下がり始めた。
誰にも気づかれないまま。
甘さに包まれながら――
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