エアコン魔法、全自動チョコレート製造魔法、魔法の無駄遣い? ――快適な生活のために、全部必要ですわ

鷹 綾

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第30話……そんな人、いましたかしら?

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第30話……そんな人、いましたかしら?

 王都は、静かに騒然としていた。

 怒号も、暴動もない。
 だが、空気だけが明らかに変わっていた。

 王城の廊下を行き交う者たちの足取りは速く、視線は合わず、会話は必要最低限。
 誰もが、同じ話題を避けているのに、同じ結論に辿り着いていた。

 王太子アレクシオスは、もはや統治能力を失っている。

 それは断罪ではなく、事実だった。

 この一週間だけでも、致命的な判断が三つ。
 取り消し不能な署名が二つ。
 そして、取り返しのつかない外交上の失言が一つ。

 それらは偶然ではない。
 積み重なった結果だった。

「……ここまで、とはな」

 王の執務室で、老宰相が深く息を吐いた。

「歯の痛みを訴えているという報告は、以前からありました。しかし……」

「甘味への依存も、医師が警告していたはずだ」

「はい。しかし殿下は、聞き入れなかった」

 王は、書類を閉じる。

 そこに書かれているのは、王太子の職務停止と、後継問題の暫定措置。

「もはや、これ以上は国がもたん」

 それだけだった。

 翌日。
 王太子アレクシオスは、正式に公務から外された。

 理由は、健康上の問題。
 あくまで、そういう扱いだ。

 だが王都の貴族も、商人も、外交官も、皆わかっている。

 彼は、判断を誤り続けた。
 それだけの話だ。

 一方、本人はというと。

「……今日は、静かすぎるな」

 私室で、王太子はソファに沈み込み、チョコレートを手にしていた。

 歯は、相変わらず痛む。
 噛むたびに、鈍い痺れが走る。

 それでも、食べる。

 甘さだけが、思考を止めてくれるからだ。

「皆、忙しいのだろう……」

 そう呟き、次の一欠片に手を伸ばした瞬間。

 扉が、静かにノックされた。

「殿下。失礼いたします」

 入ってきたのは、見慣れた宰相だった。
 その表情は、必要以上に穏やかだ。

「何用だ」

「本日より、殿下は療養に専念していただきます」

「……は?」

「公務は、すべて停止となります」

 一瞬、王太子は笑った。

「冗談は、やめろ」

「冗談ではありません」

 宰相は、淡々と続ける。

「王命です」

 その言葉で、理解した。

 自分は、外されたのだと。

「……なぜだ」

「ご自身で、お心当たりはありませんか」

 王太子は、口を開きかけて、何も言えなかった。

 歯が、痛む。
 頭が、重い。

 考えようとすると、思考が逃げる。

「……チョコを」

 意味のない言葉が、口からこぼれた。

 宰相は、それ以上、何も言わなかった。

 こうして、王太子アレクシオスは、歴史の表舞台から静かに姿を消した。

 王都は、意外なほど早く平静を取り戻した。

 人は、新しい判断に順応する。
 特に、それが以前より安定しているならば。

 そして数日後。

 ファーレ領。

 午後のサロンで、エオリア・フロステリアは、チョコレートの味見をしていた。

「……少し甘さが強いですわね」

「調整しますか?」

 ライルが尋ねる。

「いいえ。このままで。今日は、疲れてますの」

「何かありました?」

「特に」

 そう言って、彼女はソファに深く座り直した。

 そこへ、エレナが一通の手紙を持ってくる。

「王都からです」

「……あとで」

「内容は、王太子殿下についてですが」

 エオリアは、少し考えたあと、受け取った。

 封を切り、数行目で、読むのをやめる。

「……ふぅん」

「お嬢様?」

 エオリアは首を傾げた。

「失脚、ですって」

「……ざまぁ、ですね?」

 ライルが慎重に言う。

 エオリアは、しばらく黙り込み、それから、ぽつりと呟いた。

「……そんな人、いました?」

 二人は、言葉を失った。

「王太子、ですのよね? ああ……そういえば、そんな方もいましたわね」

 本気で思い出そうとしている顔だった。

「……あの、婚約破棄を」

「過去のことですわ」

 あっさりと切り捨てる。

「それより、在庫が増えすぎました」

「……また、売りますか」

「ええ。置き場所がありませんもの」

 彼女の関心は、それだけだった。

 王太子の失脚も、王都の騒ぎも、
 彼女の生活には、何一つ影響しない。

 美味しいものがあり、
 快適な温度があり、
 眠れる場所がある。

 それで、十分だった。

「今日も、平和ですわね」

 そう言って、エオリアはチョコを一欠片、口に運んだ。

 王都では一つの時代が終わり、
 彼女の一日は、いつも通りに続いていく。

 それだけの話だった。
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