エアコン魔法、全自動チョコレート製造魔法、魔法の無駄遣い? ――快適な生活のために、全部必要ですわ

鷹 綾

文字の大きさ
31 / 40

第31話 暑いので、冷たいものが欲しいだけですわ

しおりを挟む
第31話 暑いので、冷たいものが欲しいだけですわ

暑かった。

理由はそれだけだった。

南方ファーレ領の午後は、今日も容赦がない。
日差しは柔らかいが、空気が重い。湿度が高い。
エオリア・フロステリアは、屋敷の寝椅子に横たわり、扇子をぱたぱたと動かしながら、心の底からため息をついた。

「……暑いですわね」

それ以上でも、それ以下でもない感想だった。

窓は閉め切られている。
当然だ。外気など入れたら、室内の温度と湿度が乱れる。
エアコン魔法で快適に保たれたこの空間を、自ら台無しにする理由はない。

それでも、暑いものは暑い。

身体がだるいわけではない。
不快というほどでもない。
ただ、単純に。

「……冷たいものが、食べたいですわ」

それは、思いつきですらなかった。
欲求だった。

エオリアは起き上がり、紅茶のカップに手を伸ばした。
だが、途中で止まる。

「……温かい飲み物は、今の気分ではありませんわね」

そう言って、カップを戻した。

冷たいもの。
できれば、甘いもの。
そして、口に入れた瞬間、体の内側から涼しくなるもの。

「氷菓……?」

言葉にしてみて、少し考える。

氷は作れる。
冷却魔法はある。
だが、ただ凍らせただけの水や果汁では、満足できない。

「……味が単調ですわ」

彼女は自分でも驚くほど、真剣に考え始めていた。

冷たい。
甘い。
口どけが良い。
香りがある。

「……チョコレートは、冷やしても美味しいですけれど……」

そう呟いてから、ふと手が止まる。

チョコレート。
いつもある。
大量にある。
全自動製造魔法が、今日も淡々と作り続けている。

だが、冷やしたチョコは“ひんやり”ではあっても、“冷たい”とは違う。

「……もっと、こう……」

言葉にならない感覚を探して、エオリアは視線を巡らせた。

机の上。
棚の上。
試作素材をまとめた木箱。

その中に、最近、使用人が届けてきた乾燥植物があった。
屋敷周辺で採れた、用途不明の蔓性植物の実。
細長い莢のような形状。

「……そういえば、これはまだ試していませんでしたわね」

完全な暇つぶしだった。

エオリアはその莢を手に取り、指先で軽く折った。

その瞬間。

ふわり、と。

甘く、柔らかく、どこか温かい香りが立ち上った。

「……?」

思わず、もう一度。

今度は、はっきりと。

鼻腔を満たす、濃厚で、それでいてくどくない甘さ。
チョコレートとは違う。
果実とも違う。
花とも、香木とも違う。

「……これは……」

不思議そうに眉をひそめながら、エオリアはその香りを確かめた。

嫌いではない。
むしろ、かなり好みだ。

「……甘いですけれど、軽いですわね」

彼女は少し考え、いつものように深い意味を与えないまま行動に移した。

チョコレートの試作用ペーストを少量用意し、
その中に、削った莢をほんのわずか混ぜる。

攪拌魔法。
温度調整。
香り定着。

出来上がったそれを、指先に取り、舌に乗せた。

「……あら」

声に出すほど、意外だった。

チョコの重さが、軽くなっている。
甘さが、丸くなっている。
後味が、妙にすっきりしている。

「……悪くありませんわ」

しばらく考え、もう一口。

そして、結論。

「……これは、温かいより……冷たい方が向いていますわね」

理由は単純だった。
この香りは、冷やした方が際立つ。
直感的に、そう思った。

エオリアは立ち上がり、魔導厨房へ向かう。

目的はただひとつ。

「冷たいものを作りますわ」

誰かのためではない。
売るためでもない。
評価されるためでもない。

ただ、自分が食べたいから。

冷却魔法を強め、
乳成分を調整し、
糖分を抑え、
舌触りをなめらかにする。

全自動製造魔法が、静かに稼働を始めた。

「……あ」

数分後。

彼女は、出来上がった白い冷菓を口に運び、目を細めた。

冷たい。
甘い。
香りが、ふわっと広がる。

「……これは、いいですわね」

満足だった。

ただし。

「……ですが」

一口、二口で、満足してしまう自分にも気づく。

「……毎日、これだけというのも……少々、単調ですわね」

そう呟いた瞬間、彼女の脳裏には、当然のように、もう一つの選択肢が浮かんでいた。

チョコレート。

冷やせば、当然、美味しい。
むしろ、夏向き。

「……選べる方が、楽しいですわ」

結論は、それだけだった。

こうして、エオリアは冷菓を二種類作ることを、なんの疑問もなく決めた。

世界がどう変わるかなど、考えもしないまま。

ただ。

「……まずは、昼寝をしてからですわね」

そう言って、彼女は寝椅子に戻った。

冷たい甘味は、そこにあった。
それで、十分だった。

この日、誰も知らないうちに。

南方ファーレ領で、
後に王都を騒がせることになる“アイス”の原型が、
ただの暑さ対策として、生まれていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放されましたが、辺境で土壌改革をしたら領民からの感謝が止まりません。~今更戻ってきてと言われても、王都の地盤はもうボロボロですよ?~

水上
恋愛
【全11話完結】 「君は泥臭くて可愛くない」と婚約破棄されたセレナ。 そんな王太子に見切りをつけ、彼女は辺境へ。 そこで待っていたのは、強面だけど実は過保護な辺境伯だった。 セレナは持ち前の知識と技術で不毛の大地を大改革。 荒野は豊作、領民は大歓喜。 一方、彼女を追放した王都は、特産品のワインが作れなくなったり、土壌が腐って悪臭を放ったり、他国との同盟に亀裂が入り始めたりと大惨事に。 戻ってきてと縋られても、もう手遅れですよ?

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~

水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。 彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。 失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった! しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!? 絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。 一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。

事務仕事しかできない無能?いいえ、空間支配スキルです。~勇者パーティの事務員として整理整頓していたら、いつの間にか銅像が立っていました~

水月
恋愛
「在庫整理しかできない無能は不要だ」 第一王子から、晩餐会の場で婚約破棄と国外追放を告げられた公爵令嬢ユズハ。 彼女のギフト【在庫整理】は、荷物の整理しかできないハズレスキルだと蔑まれていた。 だが、彼女は知っていた。 その真価は、指定空間内のあらゆる物質の最適化であることを。 追放先で出会った要領の悪い勇者パーティに対し、ユズハは事務的に、かつ冷徹に最適化を開始する。 「勇者様、右腕の筋肉配置を効率化しました」 「魔王の心臓、少し左にずらしておきましたね」 戦場を、兵站を、さらには魔王の命までをも在庫として処理し続けた結果、彼女はいつしか魔王討伐勇者パーティの一人として、威圧感溢れる銅像にまでなってしまう。 効率を愛する事務屋令嬢は、自分を捨てた国を不良債権として切り捨て、再出発する。

追放即死と思ったら転生して最強薬師、元家族に天罰を

タマ マコト
ファンタジー
名門薬師一族に生まれたエリシアは、才能なしと蔑まれ、家名を守るために追放される。 だがそれは建前で、彼女の異質な才能を恐れた家族による処刑だった。 雨の夜、毒を盛られ十七歳で命を落とした彼女は、同じ世界の片隅で赤子として転生する。 血の繋がらない治療師たちに拾われ、前世の記憶と復讐心を胸に抱いたまま、 “最強薬師”としての二度目の人生が静かに始まる。

役立たずと捨てられた万能建築士、隣国で「聖域」を造って無双する。今さら復興のために戻れ? ご自分たちで瓦礫でも積んでいればよろしいのでは?

しょくぱん
恋愛
「お前の魔法は石を積むだけの土木作業だ」と婚約破棄されたので、城を支えていた『構造維持結界』をすべて解除して出て行きますね。今さら「城が崩れる!」と泣きつかれても、私は隣国で氷結の皇帝陛下と「世界最高の聖域」を造っていますので、一切知りません。 王国唯一の建築魔導師アニエスは、その地味な見た目と能力を理由に、王太子シグムンドから婚約破棄と国外追放を言い渡される。 彼の隣には、派手な光魔法を使う自称聖女の姿があった。 「お前の代わりなどいくらでもいる。さっさと出て行け!」 「……分かりました。では、城にかけていた『自動修復』『耐震』『空調』の全術式を解約しますね」 アニエスが去った直後、王城は音を立てて傾き、噴水は泥水に変わり、王都のインフラは崩壊した。 一方、アニエスは隣国の荒野で、呪われた皇帝レオンハルトと出会う。彼女が何気なく造った一夜の宿は、呪いを浄化するほどの「聖域」だった。 「君は女神か? どうか私の国を救ってほしい」 「喜んで。ついでに世界一快適な住居も造っていいですか?」 隣国がアニエスの力で黄金の国へと発展する一方、瓦礫の山となった母国からは「戻ってきてくれ」と悲痛な手紙が届く。 だが、アニエスは冷ややかに言い放つ。 「お断りします。契約外ですので、ご自分で支えていればよろしいのでは?」 これは、捨てられた万能建築士が隣国で溺愛され、幸せを掴む物語。 そして、彼女を捨てた者たちが、物理的にも社会的にも「崩壊」し、最後には彼女が架ける橋の『礎石』として永遠に踏まれ続けるまでの、壮絶な因果応報の記録。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

婚約破棄された地味令嬢は、無能と呼ばれた伯爵令息と政略結婚する ~あなたが捨てたのは宝石でした~

新川 さとし
恋愛
「地味で可愛げがない」と婚約破棄された侯爵令嬢クリスティーヌ。 王子の政務を陰で支え続けた功績は、すべて無かったことにされた。 居場所を失った彼女に差し出されたのは、“無能”と噂される伯爵令息ノエルとの政略結婚。 しかし彼の正体は、顔と名前を覚えられない代わりに、圧倒的な知識と判断力を持つ天才だった。 「あなたの価値は、私が覚えています」 そう言って彼の“索引(インデックス)”となることを選んだクリスティーヌ。 二人が手を取り合ったとき、社交界も、王家も、やがて後悔することになる。 これは、不遇な二人が“最良の政略結婚”を選び取り、 静かに、確実に、幸せと評価を積み上げていく物語。 ※本作は完結済み(全11話)です。 安心して最後までお楽しみください。

処理中です...