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第34話 王都が騒がしくなっても、私は昼寝をしますわ
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第34話 王都が騒がしくなっても、私は昼寝をしますわ
昼下がりの屋敷は、静かだった。
エオリア・フロステリアは寝椅子に横になり、薄いブランケットを胸まで引き上げ、目を閉じていた。室内は一定の温度に保たれ、湿度も申し分ない。冷却ボックスの調整も終え、全自動製造魔法は相変わらず淡々と稼働している。白いものと茶色いものが、規則正しく増えていく音だけが、遠くでかすかに響いていた。
「……静かですわね」
独り言のように呟いて、彼女はそのまま意識を沈めた。暑い日は、よく眠れる。冷たいものを食べ、やるべき面倒を減らし、あとは眠る。それ以上の贅沢はない。
その頃、屋敷の外では、少しずつ様子が変わり始めていた。
門前の待合所に置かれた冷却ボックスは、相変わらず簡素な札とともに並べられている。余りました 一箱 銅貨一枚。説明はない。呼び込みもない。並ぶ人が増えたのは、自然な流れだった。
最初は近隣の商人と住人だけだった。次に、旅人が加わった。やがて、王都へ向かう街道を通る行商人が立ち寄り、冷たい甘味を抱えて戻っていった。白いものと茶色いもの。選べるという事実が、言葉以上に人の足を止めた。
王都では、いつもの午後に変化が起きた。
「南方で、冷たい甘味が出回っているらしい」 「溶けない箱に入っているそうだ」 「香りが良い。二種類ある」
噂は短く、要点だけを運んだ。誰も詳しい説明を知らない。だが、食べた者の反応だけは一致していた。冷たい。甘い。満足する。
ほどなくして、王都の茶店や菓子店で、見慣れない光景が生まれた。冷たい甘味を器に盛り、客に出す店が現れたのだ。仕入れ先は同じ。値段はまちまち。だが、二種類を並べる店ほど、人が集まった。
「今日は白にする」 「いや、今日は茶色だ」 「両方いこう」
選択が生まれ、会話が生まれ、列が伸びた。いつの間にか、王都の午後に冷たい甘味が溶け込んでいた。
一方で、当の本人は何も知らない。
エオリアは寝椅子で寝返りを打ち、枕の位置を少し直した。外から聞こえる気配は、屋敷の壁を越えて届かない。届いたとしても、気にしない。
夕方、エレナがそっと部屋に入ってきた。
「お嬢様……」
「……なにかしら」
半分眠ったままの声だった。
「王都の方で、冷たい甘味が話題になっているようです」
「……そう」
それだけで終わった。
「行商人の方が増えておりまして、今日は……」
「箱は足りていますわね?」
「はい」
「なら、問題ありませんわ」
エオリアは目を閉じたまま、そう答えた。
評価も、流行も、彼女にとっては雑音に近い。重要なのは、冷たいものが溶けずに保存できることと、自分が食べたい時に食べられること。それだけだ。
「……ところで」
「はい」
「今日は、白と茶色、どちらが多く減りましたの?」
「……同じくらい、です」
「そう」
それが、少しだけ嬉しそうだった。
「……選べるのは、いいことですわね」
それ以上の言葉はなかった。
夜になり、屋敷の灯りが落ちる頃。王都では、冷たい甘味を求める人の列が、いつもより長くなっていた。だが、その熱気は、南方の静かな屋敷には届かない。
エオリアは深い眠りの中で、次に食べる冷たい甘味のことを、ぼんやりと考えていた。明日は白にするか、茶色にするか。それだけの悩みが、彼女にとっての世界のすべてだった。
王都が騒がしくなろうとも、彼女の一日は変わらない。
今日も、作る。余る。売る。食べる。眠る。
それで、十分だった。
昼下がりの屋敷は、静かだった。
エオリア・フロステリアは寝椅子に横になり、薄いブランケットを胸まで引き上げ、目を閉じていた。室内は一定の温度に保たれ、湿度も申し分ない。冷却ボックスの調整も終え、全自動製造魔法は相変わらず淡々と稼働している。白いものと茶色いものが、規則正しく増えていく音だけが、遠くでかすかに響いていた。
「……静かですわね」
独り言のように呟いて、彼女はそのまま意識を沈めた。暑い日は、よく眠れる。冷たいものを食べ、やるべき面倒を減らし、あとは眠る。それ以上の贅沢はない。
その頃、屋敷の外では、少しずつ様子が変わり始めていた。
門前の待合所に置かれた冷却ボックスは、相変わらず簡素な札とともに並べられている。余りました 一箱 銅貨一枚。説明はない。呼び込みもない。並ぶ人が増えたのは、自然な流れだった。
最初は近隣の商人と住人だけだった。次に、旅人が加わった。やがて、王都へ向かう街道を通る行商人が立ち寄り、冷たい甘味を抱えて戻っていった。白いものと茶色いもの。選べるという事実が、言葉以上に人の足を止めた。
王都では、いつもの午後に変化が起きた。
「南方で、冷たい甘味が出回っているらしい」 「溶けない箱に入っているそうだ」 「香りが良い。二種類ある」
噂は短く、要点だけを運んだ。誰も詳しい説明を知らない。だが、食べた者の反応だけは一致していた。冷たい。甘い。満足する。
ほどなくして、王都の茶店や菓子店で、見慣れない光景が生まれた。冷たい甘味を器に盛り、客に出す店が現れたのだ。仕入れ先は同じ。値段はまちまち。だが、二種類を並べる店ほど、人が集まった。
「今日は白にする」 「いや、今日は茶色だ」 「両方いこう」
選択が生まれ、会話が生まれ、列が伸びた。いつの間にか、王都の午後に冷たい甘味が溶け込んでいた。
一方で、当の本人は何も知らない。
エオリアは寝椅子で寝返りを打ち、枕の位置を少し直した。外から聞こえる気配は、屋敷の壁を越えて届かない。届いたとしても、気にしない。
夕方、エレナがそっと部屋に入ってきた。
「お嬢様……」
「……なにかしら」
半分眠ったままの声だった。
「王都の方で、冷たい甘味が話題になっているようです」
「……そう」
それだけで終わった。
「行商人の方が増えておりまして、今日は……」
「箱は足りていますわね?」
「はい」
「なら、問題ありませんわ」
エオリアは目を閉じたまま、そう答えた。
評価も、流行も、彼女にとっては雑音に近い。重要なのは、冷たいものが溶けずに保存できることと、自分が食べたい時に食べられること。それだけだ。
「……ところで」
「はい」
「今日は、白と茶色、どちらが多く減りましたの?」
「……同じくらい、です」
「そう」
それが、少しだけ嬉しそうだった。
「……選べるのは、いいことですわね」
それ以上の言葉はなかった。
夜になり、屋敷の灯りが落ちる頃。王都では、冷たい甘味を求める人の列が、いつもより長くなっていた。だが、その熱気は、南方の静かな屋敷には届かない。
エオリアは深い眠りの中で、次に食べる冷たい甘味のことを、ぼんやりと考えていた。明日は白にするか、茶色にするか。それだけの悩みが、彼女にとっての世界のすべてだった。
王都が騒がしくなろうとも、彼女の一日は変わらない。
今日も、作る。余る。売る。食べる。眠る。
それで、十分だった。
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