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第35話 味見係がいると、私は楽ですわ
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第35話 味見係がいると、私は楽ですわ
午後の屋敷は、相変わらず静かだった。
全自動チョコレート製造魔法と全自動冷菓製造魔法が、地下で規則正しい音を立てて稼働している以外、これといった変化はない。冷却ボックスも正常。保存温度も安定。白いものと茶色いものは、今日も順調に増え続けていた。
エオリア・フロステリアは、その成果を確認するため、涼しいサロンの椅子に腰を下ろしていた。テーブルの上には、小さな器が三つ。白いアイス、茶色いアイス、そして新しく調整した配合の試作品。
「……さて」
彼女はスプーンを手に取り、まず白い方を一口すくう。口に含み、少しだけ考える。
「問題ありませんわね」
次に茶色。こちらも一口。
「……ええ、こちらも問題なし」
そこで、三つ目の器を見た。
「……味見」
短くそう呟き、視線を扉の方へ向ける。
ほどなくして、控えめなノックが響いた。
「失礼します」
入ってきたのは、ライルだった。最近では、すっかりこの屋敷に馴染んでいる。特別な用事がなくとも、呼ばれれば自然に現れるようになっていた。
「呼ばれましたか?」
「ええ」
エオリアはスプーンを差し出す。
「味見ですわ」
「……はい」
ライルは慣れた動作でスプーンを受け取り、三つ目の器から一口すくった。少しだけ目を閉じ、味を確かめる。
「……甘さが控えめですね」
「ええ」
「でも、後味が残ります。冷たさが引いたあとに、香りが戻ってくる感じです」
「それで?」
「……好きな人は、かなり好きだと思います」
エオリアは満足そうに頷いた。
「では、合格ですわ」
「基準が即決ですね……」
「迷うのは、面倒ですもの」
エオリアはそう言って、残った白いアイスをもう一口すくった。
「それに」
「はい」
「私は、美味しいかどうかしか興味ありませんの。売れるかどうかは、その次ですわ」
「……売れてますけどね」
「余った分しか出していませんもの」
彼女にとって、それは重要な点だった。作るのは自分のため。食べるのも自分のため。その結果、余る。それだけの話だ。
ライルはふと、テーブルに並ぶ器の数を見て言った。
「今日は、結構作りましたね」
「暑いですもの」
「理由、それだけですか」
「十分でしょう?」
エオリアは当然のように返した。
「暑いから冷たいものを作る。冷たいものは溶ける。溶けるのは嫌。だから冷却する。結果として量が増える。それだけですわ」
理屈は明快だった。
「……無駄が一切ないですね」
「無駄ですわよ」
エオリアは即答した。
「私が一人で食べきれない時点で、無駄ですもの」
「捨てないだけ、だいぶ優しいと思いますが……」
「捨てるのは論外ですわ」
その言葉だけは、はっきりしていた。
エオリアは椅子に深く座り直し、少しだけ表情を緩めた。
「……それに」
「はい」
「味見係がいると、私は楽ですわ」
ライルは一瞬、言葉に詰まった。
「そ、それは……光栄です」
「ええ。あなた、便利ですもの」
「……便利、ですか」
「味覚が安定していて、余計な感想を言わない。呼べば来る。帰れと言えば帰る」
淡々と並べられる評価。
「非常に使い勝手がいいですわ」
「それ、褒めてます?」
「ええ。褒めていますわ」
エオリアはきっぱりと言った。
「褒め言葉です」
ライルは苦笑しながら、残ったアイスをもう一口すくった。
「……でも」
「なにかしら」
「こうして一緒に味見するの、嫌じゃないです」
「当然ですわ」
「え?」
「嫌なら、呼びませんもの」
その言葉に、ライルは何も言えなくなった。
エオリアはテーブルに肘をつき、少しだけ目を細める。
「明日は、配合を少し変えますわ」
「白ですか? 茶色ですか?」
「両方ですわ」
「……また余りますね」
「ええ」
エオリアは平然と答えた。
「また売ればいいでしょう」
その言い方は、あまりにも自然だった。
彼女にとって、働くかどうか、評価されるかどうか、感謝されるかどうかは重要ではない。ただ、美味しいものを、快適な環境で、好きなだけ食べられるか。それだけが基準だ。
「……明日も、味見係ですか?」
「もちろんですわ」
「断る選択肢は?」
「ありません」
「ですよね……」
エオリアは満足そうに、最後の一口を口に運んだ。
「便利な人がそばにいると、人生が楽になりますわね」
ライルは、もう何も言わなかった。
それでよかった。
今日も、作る。余る。売る。味見する。眠る。
エオリアの生活は、何一つ変わらない。
ただ、味見係が一人増えただけだった。
午後の屋敷は、相変わらず静かだった。
全自動チョコレート製造魔法と全自動冷菓製造魔法が、地下で規則正しい音を立てて稼働している以外、これといった変化はない。冷却ボックスも正常。保存温度も安定。白いものと茶色いものは、今日も順調に増え続けていた。
エオリア・フロステリアは、その成果を確認するため、涼しいサロンの椅子に腰を下ろしていた。テーブルの上には、小さな器が三つ。白いアイス、茶色いアイス、そして新しく調整した配合の試作品。
「……さて」
彼女はスプーンを手に取り、まず白い方を一口すくう。口に含み、少しだけ考える。
「問題ありませんわね」
次に茶色。こちらも一口。
「……ええ、こちらも問題なし」
そこで、三つ目の器を見た。
「……味見」
短くそう呟き、視線を扉の方へ向ける。
ほどなくして、控えめなノックが響いた。
「失礼します」
入ってきたのは、ライルだった。最近では、すっかりこの屋敷に馴染んでいる。特別な用事がなくとも、呼ばれれば自然に現れるようになっていた。
「呼ばれましたか?」
「ええ」
エオリアはスプーンを差し出す。
「味見ですわ」
「……はい」
ライルは慣れた動作でスプーンを受け取り、三つ目の器から一口すくった。少しだけ目を閉じ、味を確かめる。
「……甘さが控えめですね」
「ええ」
「でも、後味が残ります。冷たさが引いたあとに、香りが戻ってくる感じです」
「それで?」
「……好きな人は、かなり好きだと思います」
エオリアは満足そうに頷いた。
「では、合格ですわ」
「基準が即決ですね……」
「迷うのは、面倒ですもの」
エオリアはそう言って、残った白いアイスをもう一口すくった。
「それに」
「はい」
「私は、美味しいかどうかしか興味ありませんの。売れるかどうかは、その次ですわ」
「……売れてますけどね」
「余った分しか出していませんもの」
彼女にとって、それは重要な点だった。作るのは自分のため。食べるのも自分のため。その結果、余る。それだけの話だ。
ライルはふと、テーブルに並ぶ器の数を見て言った。
「今日は、結構作りましたね」
「暑いですもの」
「理由、それだけですか」
「十分でしょう?」
エオリアは当然のように返した。
「暑いから冷たいものを作る。冷たいものは溶ける。溶けるのは嫌。だから冷却する。結果として量が増える。それだけですわ」
理屈は明快だった。
「……無駄が一切ないですね」
「無駄ですわよ」
エオリアは即答した。
「私が一人で食べきれない時点で、無駄ですもの」
「捨てないだけ、だいぶ優しいと思いますが……」
「捨てるのは論外ですわ」
その言葉だけは、はっきりしていた。
エオリアは椅子に深く座り直し、少しだけ表情を緩めた。
「……それに」
「はい」
「味見係がいると、私は楽ですわ」
ライルは一瞬、言葉に詰まった。
「そ、それは……光栄です」
「ええ。あなた、便利ですもの」
「……便利、ですか」
「味覚が安定していて、余計な感想を言わない。呼べば来る。帰れと言えば帰る」
淡々と並べられる評価。
「非常に使い勝手がいいですわ」
「それ、褒めてます?」
「ええ。褒めていますわ」
エオリアはきっぱりと言った。
「褒め言葉です」
ライルは苦笑しながら、残ったアイスをもう一口すくった。
「……でも」
「なにかしら」
「こうして一緒に味見するの、嫌じゃないです」
「当然ですわ」
「え?」
「嫌なら、呼びませんもの」
その言葉に、ライルは何も言えなくなった。
エオリアはテーブルに肘をつき、少しだけ目を細める。
「明日は、配合を少し変えますわ」
「白ですか? 茶色ですか?」
「両方ですわ」
「……また余りますね」
「ええ」
エオリアは平然と答えた。
「また売ればいいでしょう」
その言い方は、あまりにも自然だった。
彼女にとって、働くかどうか、評価されるかどうか、感謝されるかどうかは重要ではない。ただ、美味しいものを、快適な環境で、好きなだけ食べられるか。それだけが基準だ。
「……明日も、味見係ですか?」
「もちろんですわ」
「断る選択肢は?」
「ありません」
「ですよね……」
エオリアは満足そうに、最後の一口を口に運んだ。
「便利な人がそばにいると、人生が楽になりますわね」
ライルは、もう何も言わなかった。
それでよかった。
今日も、作る。余る。売る。味見する。眠る。
エオリアの生活は、何一つ変わらない。
ただ、味見係が一人増えただけだった。
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