35 / 40
第35話 味見係がいると、私は楽ですわ
しおりを挟む
第35話 味見係がいると、私は楽ですわ
午後の屋敷は、相変わらず静かだった。
全自動チョコレート製造魔法と全自動冷菓製造魔法が、地下で規則正しい音を立てて稼働している以外、これといった変化はない。冷却ボックスも正常。保存温度も安定。白いものと茶色いものは、今日も順調に増え続けていた。
エオリア・フロステリアは、その成果を確認するため、涼しいサロンの椅子に腰を下ろしていた。テーブルの上には、小さな器が三つ。白いアイス、茶色いアイス、そして新しく調整した配合の試作品。
「……さて」
彼女はスプーンを手に取り、まず白い方を一口すくう。口に含み、少しだけ考える。
「問題ありませんわね」
次に茶色。こちらも一口。
「……ええ、こちらも問題なし」
そこで、三つ目の器を見た。
「……味見」
短くそう呟き、視線を扉の方へ向ける。
ほどなくして、控えめなノックが響いた。
「失礼します」
入ってきたのは、ライルだった。最近では、すっかりこの屋敷に馴染んでいる。特別な用事がなくとも、呼ばれれば自然に現れるようになっていた。
「呼ばれましたか?」
「ええ」
エオリアはスプーンを差し出す。
「味見ですわ」
「……はい」
ライルは慣れた動作でスプーンを受け取り、三つ目の器から一口すくった。少しだけ目を閉じ、味を確かめる。
「……甘さが控えめですね」
「ええ」
「でも、後味が残ります。冷たさが引いたあとに、香りが戻ってくる感じです」
「それで?」
「……好きな人は、かなり好きだと思います」
エオリアは満足そうに頷いた。
「では、合格ですわ」
「基準が即決ですね……」
「迷うのは、面倒ですもの」
エオリアはそう言って、残った白いアイスをもう一口すくった。
「それに」
「はい」
「私は、美味しいかどうかしか興味ありませんの。売れるかどうかは、その次ですわ」
「……売れてますけどね」
「余った分しか出していませんもの」
彼女にとって、それは重要な点だった。作るのは自分のため。食べるのも自分のため。その結果、余る。それだけの話だ。
ライルはふと、テーブルに並ぶ器の数を見て言った。
「今日は、結構作りましたね」
「暑いですもの」
「理由、それだけですか」
「十分でしょう?」
エオリアは当然のように返した。
「暑いから冷たいものを作る。冷たいものは溶ける。溶けるのは嫌。だから冷却する。結果として量が増える。それだけですわ」
理屈は明快だった。
「……無駄が一切ないですね」
「無駄ですわよ」
エオリアは即答した。
「私が一人で食べきれない時点で、無駄ですもの」
「捨てないだけ、だいぶ優しいと思いますが……」
「捨てるのは論外ですわ」
その言葉だけは、はっきりしていた。
エオリアは椅子に深く座り直し、少しだけ表情を緩めた。
「……それに」
「はい」
「味見係がいると、私は楽ですわ」
ライルは一瞬、言葉に詰まった。
「そ、それは……光栄です」
「ええ。あなた、便利ですもの」
「……便利、ですか」
「味覚が安定していて、余計な感想を言わない。呼べば来る。帰れと言えば帰る」
淡々と並べられる評価。
「非常に使い勝手がいいですわ」
「それ、褒めてます?」
「ええ。褒めていますわ」
エオリアはきっぱりと言った。
「褒め言葉です」
ライルは苦笑しながら、残ったアイスをもう一口すくった。
「……でも」
「なにかしら」
「こうして一緒に味見するの、嫌じゃないです」
「当然ですわ」
「え?」
「嫌なら、呼びませんもの」
その言葉に、ライルは何も言えなくなった。
エオリアはテーブルに肘をつき、少しだけ目を細める。
「明日は、配合を少し変えますわ」
「白ですか? 茶色ですか?」
「両方ですわ」
「……また余りますね」
「ええ」
エオリアは平然と答えた。
「また売ればいいでしょう」
その言い方は、あまりにも自然だった。
彼女にとって、働くかどうか、評価されるかどうか、感謝されるかどうかは重要ではない。ただ、美味しいものを、快適な環境で、好きなだけ食べられるか。それだけが基準だ。
「……明日も、味見係ですか?」
「もちろんですわ」
「断る選択肢は?」
「ありません」
「ですよね……」
エオリアは満足そうに、最後の一口を口に運んだ。
「便利な人がそばにいると、人生が楽になりますわね」
ライルは、もう何も言わなかった。
それでよかった。
今日も、作る。余る。売る。味見する。眠る。
エオリアの生活は、何一つ変わらない。
ただ、味見係が一人増えただけだった。
午後の屋敷は、相変わらず静かだった。
全自動チョコレート製造魔法と全自動冷菓製造魔法が、地下で規則正しい音を立てて稼働している以外、これといった変化はない。冷却ボックスも正常。保存温度も安定。白いものと茶色いものは、今日も順調に増え続けていた。
エオリア・フロステリアは、その成果を確認するため、涼しいサロンの椅子に腰を下ろしていた。テーブルの上には、小さな器が三つ。白いアイス、茶色いアイス、そして新しく調整した配合の試作品。
「……さて」
彼女はスプーンを手に取り、まず白い方を一口すくう。口に含み、少しだけ考える。
「問題ありませんわね」
次に茶色。こちらも一口。
「……ええ、こちらも問題なし」
そこで、三つ目の器を見た。
「……味見」
短くそう呟き、視線を扉の方へ向ける。
ほどなくして、控えめなノックが響いた。
「失礼します」
入ってきたのは、ライルだった。最近では、すっかりこの屋敷に馴染んでいる。特別な用事がなくとも、呼ばれれば自然に現れるようになっていた。
「呼ばれましたか?」
「ええ」
エオリアはスプーンを差し出す。
「味見ですわ」
「……はい」
ライルは慣れた動作でスプーンを受け取り、三つ目の器から一口すくった。少しだけ目を閉じ、味を確かめる。
「……甘さが控えめですね」
「ええ」
「でも、後味が残ります。冷たさが引いたあとに、香りが戻ってくる感じです」
「それで?」
「……好きな人は、かなり好きだと思います」
エオリアは満足そうに頷いた。
「では、合格ですわ」
「基準が即決ですね……」
「迷うのは、面倒ですもの」
エオリアはそう言って、残った白いアイスをもう一口すくった。
「それに」
「はい」
「私は、美味しいかどうかしか興味ありませんの。売れるかどうかは、その次ですわ」
「……売れてますけどね」
「余った分しか出していませんもの」
彼女にとって、それは重要な点だった。作るのは自分のため。食べるのも自分のため。その結果、余る。それだけの話だ。
ライルはふと、テーブルに並ぶ器の数を見て言った。
「今日は、結構作りましたね」
「暑いですもの」
「理由、それだけですか」
「十分でしょう?」
エオリアは当然のように返した。
「暑いから冷たいものを作る。冷たいものは溶ける。溶けるのは嫌。だから冷却する。結果として量が増える。それだけですわ」
理屈は明快だった。
「……無駄が一切ないですね」
「無駄ですわよ」
エオリアは即答した。
「私が一人で食べきれない時点で、無駄ですもの」
「捨てないだけ、だいぶ優しいと思いますが……」
「捨てるのは論外ですわ」
その言葉だけは、はっきりしていた。
エオリアは椅子に深く座り直し、少しだけ表情を緩めた。
「……それに」
「はい」
「味見係がいると、私は楽ですわ」
ライルは一瞬、言葉に詰まった。
「そ、それは……光栄です」
「ええ。あなた、便利ですもの」
「……便利、ですか」
「味覚が安定していて、余計な感想を言わない。呼べば来る。帰れと言えば帰る」
淡々と並べられる評価。
「非常に使い勝手がいいですわ」
「それ、褒めてます?」
「ええ。褒めていますわ」
エオリアはきっぱりと言った。
「褒め言葉です」
ライルは苦笑しながら、残ったアイスをもう一口すくった。
「……でも」
「なにかしら」
「こうして一緒に味見するの、嫌じゃないです」
「当然ですわ」
「え?」
「嫌なら、呼びませんもの」
その言葉に、ライルは何も言えなくなった。
エオリアはテーブルに肘をつき、少しだけ目を細める。
「明日は、配合を少し変えますわ」
「白ですか? 茶色ですか?」
「両方ですわ」
「……また余りますね」
「ええ」
エオリアは平然と答えた。
「また売ればいいでしょう」
その言い方は、あまりにも自然だった。
彼女にとって、働くかどうか、評価されるかどうか、感謝されるかどうかは重要ではない。ただ、美味しいものを、快適な環境で、好きなだけ食べられるか。それだけが基準だ。
「……明日も、味見係ですか?」
「もちろんですわ」
「断る選択肢は?」
「ありません」
「ですよね……」
エオリアは満足そうに、最後の一口を口に運んだ。
「便利な人がそばにいると、人生が楽になりますわね」
ライルは、もう何も言わなかった。
それでよかった。
今日も、作る。余る。売る。味見する。眠る。
エオリアの生活は、何一つ変わらない。
ただ、味見係が一人増えただけだった。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています
ゆっこ
恋愛
「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」
王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。
「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」
本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。
王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。
「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」
ほんの少しの仕返し
turarin
恋愛
公爵夫人のアリーは気づいてしまった。夫のイディオンが、離婚して戻ってきた従姉妹フリンと恋をしていることを。
アリーの実家クレバー侯爵家は、王国一の商会を経営している。その財力を頼られての政略結婚であった。
アリーは皇太子マークと幼なじみであり、マークには皇太子妃にと求められていたが、クレバー侯爵家の影響力が大きくなることを恐れた国王が認めなかった。
皇太子妃教育まで終えている、優秀なアリーは、陰に日向にイディオンを支えてきたが、真実を知って、怒りに震えた。侯爵家からの離縁は難しい。
ならば、周りから、離縁を勧めてもらいましょう。日々、ちょっとずつ、仕返ししていけばいいのです。
もうすぐです。
さようなら、イディオン
たくさんのお気に入りや♥ありがとうございます。感激しています。
愛を騙るな
篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」
「………」
「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」
王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。
「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」
「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」
「い、いや、それはできぬ」
「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」
「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」
途端、王妃の嘲る笑い声が響く。
「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」
「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です
希羽
恋愛
「お前のような可愛げのない女との婚約は破棄する!」
卒業パーティの会場で、婚約者である第二王子デリックはそう宣言し、私の義妹ミナを抱き寄せました。 誰もが私が泣き崩れると思いましたが――正直、せいせいしました。 だって、王子の領地経営、借金返済、結界維持、それら全ての激務を一人でこなしていたのは「可愛げのない」私だったのですから。
「承知しました。では、あとはミナと二人で頑張ってください」
私は手切れ金代わりに面倒な仕事を全て置いて国を出ました。 すると、国境で待っていたのは、隣国ガルガディア帝国の冷徹皇太子ことクライド様。なぜか彼は私を溺愛し、帝国で最高の地位と環境を与えてくれて……。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
婚約破棄のススメ!王子の「真実の愛」見つけて差し上げます
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢メロア・クレーベルの隣には、非の打ち所がない完璧すぎる婚約者、ジークハルト王子が君臨している。このまま結婚すれば、待っているのは「王妃教育」と「終わらない公務」という名の過労死コース……。
「嫌ですわ! わたくし、絶対に婚約破棄して隠居してみせますわ!」
決意したメロアは、入学したての学園で、王子の「真実の愛の相手(ヒロイン)」を見つけ出し、自分を捨ててもらうという作戦を開始する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる