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第38話 断っているのに、評価だけが増えていきますわ
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第38話 断っているのに、評価だけが増えていきますわ
朝、エオリア・フロステリアは少し不機嫌だった。
理由は単純である。 室温は完璧、アイスは十分、チョコレートも問題ない。 にもかかわらず――書類が増えていた。
「……増えてますわね」
ソファに座ったまま、彼女は机の上を見下ろした。 昨日までなかったはずの封筒が、きっちり三通。
「増えております」
エレナが静かに頷く。
「全部、断った件の続きです」
「でしょうね」
エオリアは、ため息もつかない。
称号を断った。 帰還要請も断った。 研究協力も断った。 視察も断った。
断り続けている。 一貫して、はっきりと、迷いなく。
それなのに。
「どうして、増えるのかしら」
「評価が……上がっているからかと」
「断っているのに?」
「はい」
エオリアは、しばらく黙った。
「……意味が分かりませんわ」
彼女の中では、行動は非常に単純だ。 やりたくないことはやらない。 必要なことだけをする。 美味しいものを食べて、快適に過ごす。
それだけ。
それ以上のことは、一切していない。
「評価というのは、働いた結果についてくるものではなくて?」
「一般的には、そうです」
「私は、働いていませんわ」
「……周囲が、そう思っていないようです」
そこが問題だった。
王都では、勝手に話が膨らんでいた。
称号を辞退したのは、謙虚だから。 帰還要請を断ったのは、地方を重視しているから。 研究を拒否したのは、思想を守るため。 視察を制限したのは、信念があるから。
「全部、違いますわ」
エオリアは即座に切り捨てた。
「ただ、面倒なだけです」
「……はい」
だが、その正直な理由は、誰にも信じてもらえなかった。
昼前。
ライルが、帳簿を持ってきた。
「今日も、売り切れそうです」
「そう」
「王都の商会が、価格を上げてもいいのではと」
「断ってください」
「理由は?」
「高くすると、買う側が考え始めますわ」
「考えると?」
「疲れます」
「……なるほど」
エオリアは、淡々としていた。
「必要な人が、必要な分だけ、迷わず買える。それで十分です」
「転売対策は?」
「必要ありません」
彼女は、即答した。
「毎日、同じくらい出しますもの。焦る理由がありませんわ」
その合理性が、また勝手に評価される。
価格統制の成功例。 市場安定の象徴。 新しい流通モデル。
そんな言葉が、王都では飛び交っていた。
エオリア本人は、昼寝の時間だったが。
午後。
新しい書簡が届いた。
「……推薦、ですか?」
エレナが困った顔で読む。
「王立学院名誉顧問への推薦。辞退しても構わないが、記録には残したい、と」
「記録?」
「後世のために、だそうです」
エオリアは、ソファに沈み込んだ。
「……死後評価、というやつですわね」
「はい」
「生きている間に面倒を増やさず、死んだ後に勝手に評価される……」
少し考えてから、彼女は言った。
「それは、まぁ……勝手にどうぞ」
「よろしいのですか?」
「死後なら、関係ありませんもの」
非常に合理的だった。
彼女は今を快適に過ごしたいだけだ。 未来の評価など、知ったことではない。
夕方。
屋敷の門前は、今日も静かだった。 行列はあるが、騒ぎはない。 誰も特別扱いを求めない。
ただ、買って、帰る。
エオリアは、それを見て満足そうに頷いた。
「これでいいのですわ」
「評価が上がり続けていますが……」
「評価は、下げようとしても下がらないものです」
「……ですね」
「なら、放置ですわ」
それが、彼女の最終判断だった。
夜。
王都では、また一つ報告書が回覧される。
「エオリア・フロステリア、称号を拒否し続ける姿勢が、国民の支持を集めている」
その文面を、本人が知ることはない。
彼女は、冷却魔法の効いた部屋で、チョコレートアイスを食べながら、静かに目を閉じていた。
「評価より……甘さですわ」
それが、彼女の優先順位。
そして今日もまた、何もしていないのに、評価だけが積み上がっていくのだった。
朝、エオリア・フロステリアは少し不機嫌だった。
理由は単純である。 室温は完璧、アイスは十分、チョコレートも問題ない。 にもかかわらず――書類が増えていた。
「……増えてますわね」
ソファに座ったまま、彼女は机の上を見下ろした。 昨日までなかったはずの封筒が、きっちり三通。
「増えております」
エレナが静かに頷く。
「全部、断った件の続きです」
「でしょうね」
エオリアは、ため息もつかない。
称号を断った。 帰還要請も断った。 研究協力も断った。 視察も断った。
断り続けている。 一貫して、はっきりと、迷いなく。
それなのに。
「どうして、増えるのかしら」
「評価が……上がっているからかと」
「断っているのに?」
「はい」
エオリアは、しばらく黙った。
「……意味が分かりませんわ」
彼女の中では、行動は非常に単純だ。 やりたくないことはやらない。 必要なことだけをする。 美味しいものを食べて、快適に過ごす。
それだけ。
それ以上のことは、一切していない。
「評価というのは、働いた結果についてくるものではなくて?」
「一般的には、そうです」
「私は、働いていませんわ」
「……周囲が、そう思っていないようです」
そこが問題だった。
王都では、勝手に話が膨らんでいた。
称号を辞退したのは、謙虚だから。 帰還要請を断ったのは、地方を重視しているから。 研究を拒否したのは、思想を守るため。 視察を制限したのは、信念があるから。
「全部、違いますわ」
エオリアは即座に切り捨てた。
「ただ、面倒なだけです」
「……はい」
だが、その正直な理由は、誰にも信じてもらえなかった。
昼前。
ライルが、帳簿を持ってきた。
「今日も、売り切れそうです」
「そう」
「王都の商会が、価格を上げてもいいのではと」
「断ってください」
「理由は?」
「高くすると、買う側が考え始めますわ」
「考えると?」
「疲れます」
「……なるほど」
エオリアは、淡々としていた。
「必要な人が、必要な分だけ、迷わず買える。それで十分です」
「転売対策は?」
「必要ありません」
彼女は、即答した。
「毎日、同じくらい出しますもの。焦る理由がありませんわ」
その合理性が、また勝手に評価される。
価格統制の成功例。 市場安定の象徴。 新しい流通モデル。
そんな言葉が、王都では飛び交っていた。
エオリア本人は、昼寝の時間だったが。
午後。
新しい書簡が届いた。
「……推薦、ですか?」
エレナが困った顔で読む。
「王立学院名誉顧問への推薦。辞退しても構わないが、記録には残したい、と」
「記録?」
「後世のために、だそうです」
エオリアは、ソファに沈み込んだ。
「……死後評価、というやつですわね」
「はい」
「生きている間に面倒を増やさず、死んだ後に勝手に評価される……」
少し考えてから、彼女は言った。
「それは、まぁ……勝手にどうぞ」
「よろしいのですか?」
「死後なら、関係ありませんもの」
非常に合理的だった。
彼女は今を快適に過ごしたいだけだ。 未来の評価など、知ったことではない。
夕方。
屋敷の門前は、今日も静かだった。 行列はあるが、騒ぎはない。 誰も特別扱いを求めない。
ただ、買って、帰る。
エオリアは、それを見て満足そうに頷いた。
「これでいいのですわ」
「評価が上がり続けていますが……」
「評価は、下げようとしても下がらないものです」
「……ですね」
「なら、放置ですわ」
それが、彼女の最終判断だった。
夜。
王都では、また一つ報告書が回覧される。
「エオリア・フロステリア、称号を拒否し続ける姿勢が、国民の支持を集めている」
その文面を、本人が知ることはない。
彼女は、冷却魔法の効いた部屋で、チョコレートアイスを食べながら、静かに目を閉じていた。
「評価より……甘さですわ」
それが、彼女の優先順位。
そして今日もまた、何もしていないのに、評価だけが積み上がっていくのだった。
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