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第39話 私は、美味しいものがあれば満足ですわ
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第39話 私は、美味しいものがあれば満足ですわ
夜更け。 エオリア・フロステリアは、静まり返った屋敷のサロンで、一人ソファに沈んでいた。
室温は完璧。 湿度も理想的。 手元には、今日仕上げたばかりのチョコレートアイスと、少量のバニラアイス。
「……やはり、夜はチョコですわね」
昼はバニラ。 夜はチョコ。 それが、最近の彼女の結論だった。
一口、ゆっくりと味わう。 甘さ、苦味、舌触り、溶ける速度。 どれも、申し分ない。
「満足ですわ」
その言葉には、何の含みもなかった。
ここ最近、周囲は騒がしい。 王都では彼女の名前が広まり続け、称号辞退の話すら「信念」として語られ、 帰還要請を拒否した件は「地方重視の思想」と解釈され、 価格を変えない姿勢は「新しい経済モデル」と呼ばれている。
だが。
「……全部、違いますわね」
エオリアは、小さく呟いた。
彼女には、思想も理念もない。 使命感も、改革意識も、自己犠牲の精神もない。
ただ――
「美味しいものを、静かに食べたいだけですわ」
それだけだった。
誰かを救おうとしていない。 世界を変えようともしていない。 評価されたいとも思っていない。
快適な室温。 面倒のない生活。 甘くて冷たいもの。
それが揃っていれば、それでいい。
「人生に、それ以上の理由が必要かしら」
答えは、当然、出ている。
いらない。
そのとき、控えめなノック音がした。
「……お嬢様」
エレナだった。
「起きていらっしゃいましたか」
「ええ。アイスの時間ですわ」
「……そうでしたか」
エレナは、少し迷ってから言った。
「王都からの報告が届いております」
「要点だけ」
「……はい。王太子殿下が、正式に失脚しました」
エオリアは、スプーンを止めた。
数秒。 本当に、数秒だけ考える。
「……誰でしたか?」
心からの疑問だった。
エレナは、一瞬言葉に詰まったが、やがて静かに答える。
「かつて、お嬢様の婚約者だった方です」
「ああ……」
思い出したような、思い出していないような声。
「そうでしたわね」
それ以上、何も言わなかった。
喜びも、怒りも、安堵もない。 興味が、ない。
「それで?」
「政治的責任を問われ、表舞台から退かれるとのことです」
「そう」
エオリアは、再びアイスを口に運ぶ。
「甘さに影響は?」
「……いえ」
「では、問題ありませんわ」
エレナは、それ以上何も言えなかった。
復讐は、していない。 ざまぁをしたつもりもない。 そもそも、何かを成し遂げた意識すらない。
ただ、自分のために魔法を使い、 自分のために甘いものを作り、 余ったから売った。
それだけで、相手が勝手に転げ落ちただけだ。
「人の不幸で、味が変わるなら困りますもの」
エオリアは、淡々と言った。
「私は、美味しいものがあれば満足ですわ」
それが、彼女の結論だった。
夜は、静かに更けていく。 外では虫の声が響き、冷却魔法の結界が、やさしく空気を整えている。
誰かの評価も、 誰かの失脚も、 彼女の人生には、何の意味も持たない。
意味があるのは、今この瞬間の甘さだけ。
「……明日は、少しビターを強めましょうか」
そう呟いて、彼女は目を閉じた。
世界がどうなろうと関係ない。 彼女は今日も、満足して眠りにつく。
それでいい。 それがいい。
エオリア・フロステリアは、 最後まで、何ひとつ変わらなかった。
そして―― そのことこそが、彼女の最大の勝利だった。
夜更け。 エオリア・フロステリアは、静まり返った屋敷のサロンで、一人ソファに沈んでいた。
室温は完璧。 湿度も理想的。 手元には、今日仕上げたばかりのチョコレートアイスと、少量のバニラアイス。
「……やはり、夜はチョコですわね」
昼はバニラ。 夜はチョコ。 それが、最近の彼女の結論だった。
一口、ゆっくりと味わう。 甘さ、苦味、舌触り、溶ける速度。 どれも、申し分ない。
「満足ですわ」
その言葉には、何の含みもなかった。
ここ最近、周囲は騒がしい。 王都では彼女の名前が広まり続け、称号辞退の話すら「信念」として語られ、 帰還要請を拒否した件は「地方重視の思想」と解釈され、 価格を変えない姿勢は「新しい経済モデル」と呼ばれている。
だが。
「……全部、違いますわね」
エオリアは、小さく呟いた。
彼女には、思想も理念もない。 使命感も、改革意識も、自己犠牲の精神もない。
ただ――
「美味しいものを、静かに食べたいだけですわ」
それだけだった。
誰かを救おうとしていない。 世界を変えようともしていない。 評価されたいとも思っていない。
快適な室温。 面倒のない生活。 甘くて冷たいもの。
それが揃っていれば、それでいい。
「人生に、それ以上の理由が必要かしら」
答えは、当然、出ている。
いらない。
そのとき、控えめなノック音がした。
「……お嬢様」
エレナだった。
「起きていらっしゃいましたか」
「ええ。アイスの時間ですわ」
「……そうでしたか」
エレナは、少し迷ってから言った。
「王都からの報告が届いております」
「要点だけ」
「……はい。王太子殿下が、正式に失脚しました」
エオリアは、スプーンを止めた。
数秒。 本当に、数秒だけ考える。
「……誰でしたか?」
心からの疑問だった。
エレナは、一瞬言葉に詰まったが、やがて静かに答える。
「かつて、お嬢様の婚約者だった方です」
「ああ……」
思い出したような、思い出していないような声。
「そうでしたわね」
それ以上、何も言わなかった。
喜びも、怒りも、安堵もない。 興味が、ない。
「それで?」
「政治的責任を問われ、表舞台から退かれるとのことです」
「そう」
エオリアは、再びアイスを口に運ぶ。
「甘さに影響は?」
「……いえ」
「では、問題ありませんわ」
エレナは、それ以上何も言えなかった。
復讐は、していない。 ざまぁをしたつもりもない。 そもそも、何かを成し遂げた意識すらない。
ただ、自分のために魔法を使い、 自分のために甘いものを作り、 余ったから売った。
それだけで、相手が勝手に転げ落ちただけだ。
「人の不幸で、味が変わるなら困りますもの」
エオリアは、淡々と言った。
「私は、美味しいものがあれば満足ですわ」
それが、彼女の結論だった。
夜は、静かに更けていく。 外では虫の声が響き、冷却魔法の結界が、やさしく空気を整えている。
誰かの評価も、 誰かの失脚も、 彼女の人生には、何の意味も持たない。
意味があるのは、今この瞬間の甘さだけ。
「……明日は、少しビターを強めましょうか」
そう呟いて、彼女は目を閉じた。
世界がどうなろうと関係ない。 彼女は今日も、満足して眠りにつく。
それでいい。 それがいい。
エオリア・フロステリアは、 最後まで、何ひとつ変わらなかった。
そして―― そのことこそが、彼女の最大の勝利だった。
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