婚約破棄された公爵令嬢は、漆黒の王太子に溺愛されて永遠の光を掴む

鷹 綾

文字の大きさ
1 / 30

第1話: 輝く婚約の日々

しおりを挟む
第1話: 輝く婚約の日々

陽光が大理石の床に優しく反射し、宮廷の回廊を淡い金色に染めていた。ヴィオレッタ・フォン・セレスティアは、窓辺に立ち、庭園を眺めながら深呼吸をした。十八歳の誕生日が近づくこの季節、彼女の心は穏やかな喜びに満ちていた。

「ヴィオレッタ様、お召し物のお支度が整いました」

侍女のリリアが、柔らかな声で呼びかける。ヴィオレッタは振り返り、微笑んだ。

「ありがとう、リリア。今日は特別な日だから、完璧に仕上げてね」

今日、王太子アルディオンとの婚約記念の茶会が予定されている。幼い頃から約束されたこの縁は、ヴィオレッタにとって運命そのものだった。アルディオンは金色の髪を陽光に輝かせ、優しい笑顔で彼女を見つめてくれる。宮廷の誰もが認める、理想の王子様だ。

ドレスルームに入ると、侍女たちが慌ただしく動き回っていた。今日のための特別なドレスは、淡いラベンダー色のシルクに銀糸の刺繍が施され、胸元にスミレの花を象った宝石が輝いている。ヴィオレッタの黒髪に紫がかった瞳は、このドレスに映えて一層華やかさを増していた。

「本当に綺麗ですわ、ヴィオレッタ様。アルディオン殿下もきっと目を奪われます」

リリアの言葉に、ヴィオレッタは頰を赤らめた。

「ありがとう。でも、殿下はいつも優しいから……私なんかでいいのかしら」

そんな謙遜は、彼女の生まれつきの性分だった。公爵令嬢として完璧に育てられたが、心の奥底では「本当に愛されているのだろうか」という小さな不安を抱いていた。アルディオンは忙しく、最近は茶会の約束も減っていた。けれど、それは王太子としての責務だと信じていた。

茶会は、宮廷の東庭園で行われる。バラの花壇が咲き乱れ、噴水の音が優しく響く場所だ。ヴィオレッタが庭園に到着すると、すでにアルディオンが待っていた。金髪が風に揺れ、青い瞳が彼女を捉える。

「ヴィオレッタ、遅かったな」

アルディオンの声はいつもより少し冷たく聞こえた。ヴィオレッタは微笑みを浮かべて近づく。

「ごめんなさい、殿下。ドレスに手間取ってしまって……」

「まあいい。座れ」

アルディオンは席に着き、ヴィオレッタも隣に座った。テーブルには紅茶とケーキが並び、侍従たちが控えている。茶会はいつも通り、穏やかに始まるはずだった。

しかし、アルディオンは紅茶に口をつけず、突然口を開いた。

「ヴィオレッタ、今日は大事な話がある」

ヴィオレッタの心臓が、どきりと鳴った。いつもより真剣な表情。もしかして、結婚の前倒し? そんな期待が胸を膨らませる。

「はい、殿下。何でしょうか?」

アルディオンは視線を逸らし、言葉を続けた。

「最近、聖女候補のセリナという娘を知った」

その名前を聞いた瞬間、ヴィオレッタの指先が震えた。セリナ。平民出身の少女で、最近宮廷に現れた「聖女の力を持つ者」として噂されている。ヴィオレッタも一度、遠くから見たことがある。茶色の髪に大きな瞳、可愛らしい笑顔。貴族の令嬢たちとは違う、素朴な魅力があった。

「セリナ……ですか?」

「彼女は本物の聖女だ。神託を受けたという。俺は……彼女に心を奪われた」

一瞬、世界が止まった。

ヴィオレッタは耳を疑った。アルディオンの言葉が、頭の中で反響する。

「殿下、それは……」

「婚約を破棄する。俺はセリナを選ぶ」

冷たい言葉が、胸を貫いた。ヴィオレッタの視界がぼやける。涙が溢れそうになるのを必死で堪える。

「どうして……私、何か間違ったことしましたか?」

アルディオンはため息をつき、立ち上がった。

「君は悪くない。ただ、君はただの飾り物だ。政略のための婚約だった。セリナこそが俺の運命の相手だ」

飾り物。

その言葉が、ヴィオレッタの心を粉々に砕いた。幼い頃からアルディオンに尽くし、笑顔を絶やさず、どんな時も支えようとしてきたのに。

「そんな……殿下、私たちは幼馴染で……」

「もう十分だ。明日、正式に破棄を宣言する。君は公爵家に戻れ」

アルディオンは背を向け、庭園の奥へと去っていった。残されたヴィオレッタは、座ったまま動けなかった。紅茶の湯気が、冷たく立ち上る。

侍女のリリアが駆け寄り、肩を抱く。

「ヴィオレッタ様……!」

「リリア……私、夢を見ているのかしら?」

涙がぽろぽろと零れ落ちた。庭園のバラが、嘲笑うように揺れている。

その夜、ヴィオレッタは自室で一人、ベッドにうずくまっていた。鏡に映る自分は、蒼白で、いつもの輝きを失っていた。

「私は……本当に愛される価値なんて、なかったの?」

幼少期の記憶がよみがえる。アルディオンと庭で遊んだ日々。手を繋いで散歩した思い出。すべてが偽りだったのか。

ふと、胸の奥が熱くなった。まるで何かが、封じられていたものが、目覚めようとしているような感覚。

「ヴィオレッタ……」

小さな囁きが聞こえた気がした。影が、部屋の隅で揺らめく。

しかし、ヴィオレッタは気づかなかった。まだ、破壊の始まりが、彼女の内に潜んでいることを
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

完結 冗談で済ますつもりでしょうが、そうはいきません。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の幼馴染はいつもわがまま放題。それを放置する。 結婚式でもやらかして私の挙式はメチャクチャに 「ほんの冗談さ」と王子は軽くあしらうが、そこに一人の男性が現れて……

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

不実なあなたに感謝を

黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。 ※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。 ※曖昧設定。 ※一旦完結。 ※性描写は匂わせ程度。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

平民とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の王と結婚しました

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・ベルフォード、これまでの婚約は白紙に戻す」  その言葉を聞いた瞬間、私はようやく――心のどこかで予感していた結末に、静かに息を吐いた。  王太子アルベルト殿下。金糸の髪に、これ見よがしな笑み。彼の隣には、私が知っている顔がある。  ――侯爵令嬢、ミレーユ・カスタニア。  学園で何かと殿下に寄り添い、私を「高慢な婚約者」と陰で嘲っていた令嬢だ。 「殿下、どういうことでしょう?」  私の声は驚くほど落ち着いていた。 「わたくしは、あなたの婚約者としてこれまで――」

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

処理中です...