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第4話: 封印の覚醒
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第4話: 封印の覚醒
ヴィオレッタは自室のベッドに座り、膝を抱えていた。舞踏会の屈辱が、まだ胸に焼き付いている。ホールでの嘲笑の視線、アルディオンの冷たい言葉、セリナの勝ち誇った微笑み。すべてが、悪夢のように繰り返される。
「私は……飾り物……」
呟きが、部屋に響く。涙はもう乾いていた。代わりに、胸の奥で何かが熱く疼いていた。まるで、長い間眠っていた何かが、目を覚まそうとしているように。
公爵邸は静かだった。父は王宮に呼ばれ、破棄の後処理に追われている。侍女のリリアも、部屋の外で控えめに待機していた。ヴィオレッタは一人、鏡台の前に立った。鏡に映る自分は、蒼白で、瞳の紫がいつもより濃く見えた。
「もう、泣かない……」
そう自分に言い聞かせる。けれど、鏡の中の自分が、ふと微笑んだように見えた。いや、違う。鏡が、歪んでいる?
突然、部屋の隅の影が、大きく膨らんだ。黒い霧が床を這うように広がり、ヴィオレッタの足元まで届く。
「ヴィオレッタ……」
声が、直接頭の中に響いた。低く、優しい、しかし力強い声。
ヴィオレッタは息を呑み、後ずさった。
「誰……? 誰なの!」
影はゆっくりと形を成した。人の輪郭のようなもの。だが、顔はなく、ただ黒い霧が渦巻いている。ヴィオレッタの心臓が激しく鳴る。恐怖と、奇妙な懐かしさが混じり合う。
「私は、君の血統に宿る力……『影の守護者』」
声は穏やかだった。ヴィオレッタは壁に背を預け、震える声で尋ねた。
「影の……守護者?」
「そうだ。君の先祖は、古代の影の魔法を操る一族だった。だが、恐れからその力を封印した。君の体の中に、眠っていた」
ヴィオレッタは幼少期の記憶を思い出した。母が亡くなる前、彼女はよくヴィオレッタの胸に手を当て、囁いていた。
「この力は、守るためのものよ。決して、傷つけるために使ってはならない」
母の言葉が、今になって意味を持つ。
「母は……知っていたの?」
「知っていた。だが、君が幼い頃、封印を強めた。心が傷つかないように」
影の守護者は、ゆっくりと近づいた。ヴィオレッタは逃げようとしたが、体が動かない。代わりに、胸の奥が熱くなる。
「今、君は傷ついている。裏切られ、辱められた。だから、封印が解けようとしている」
ヴィオレッタの瞳から、涙が一筋落ちた。
「私は……もう、誰も信じられない。愛される価値なんて、ないのよ」
「それは違う。君は価値がある。強く、美しく、優しい心を持つ者だ。その心が、力を呼び覚ます」
影が、ヴィオレッタの手に触れた。冷たくない、むしろ温かい感触。突然、ヴィオレッタの指先から黒い糸のようなものが伸びた。影が、彼女の意志で動く。
「これは……」
ヴィオレッタは驚き、指を動かした。影の糸が、部屋の隅を這い、鏡台の上の花瓶に絡みつく。花瓶が、ふわりと浮かんだ。
「君の力は、影を操る。幻影を生み、予知し、守る。だが、使い方次第で、世界を変える」
ヴィオレッタは息を荒げ、花瓶を下ろした。興奮と恐怖が混じり合う。
「どうして今……?」
「君の心が、限界に達したからだ。屈辱が、封印を破った」
ヴィオレッタは鏡を見た。瞳が、紫に輝いている。髪が、わずかに影のように揺れている。
「私は……これで、強くなれる?」
「強くなるのは、力ではなく、心だ。君が決めること」
影の守護者は、ゆっくりと消え始めた。
「私は、君の中にいる。呼びかければ、応える。だが、覚えておけ。この力は、復讐のためだけに使ってはならない。守るために、愛するために」
声が、遠ざかる。
ヴィオレッタは一人、部屋に残された。胸の熱さが、静かな決意に変わっていた。
「私は……もう、飾り物じゃない」
彼女は立ち上がり、窓を開けた。夜風が、部屋に吹き込む。外は、月が満ちていた。
翌朝、ヴィオレッタは父に呼ばれた。父の表情は、疲れ切っていた。
「ヴィオレッタ、今日で宮廷から離れる。領地に戻る準備をしろ」
「父上……私は、行きません」
父は眉をひそめた。
「何を言っている。破棄された令嬢が、宮廷に残るなど、恥だ」
「恥を、洗い流すために、残ります」
ヴィオレッタの瞳は、静かに輝いていた。父は驚いたように彼女を見つめた。
「ヴィオレッタ、お前……変わったな」
「はい、少しだけ」
父はため息をつき、頷いた。
「好きにしろ。だが、危険なことはするな」
ヴィオレッタは頷き、部屋に戻った。リリアが心配そうに待っている。
「ヴィオレッタ様……本当に大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。リリア、私……新しい道を歩むわ」
ヴィオレッタはクローゼットから、旅用の服を取り出した。シンプルなマントとブーツ。貴族のドレスではない、自由な装い。
「今夜、宮廷を抜け出します」
「えっ!?」
リリアが目を丸くする。ヴィオレッタは微笑んだ。
「心配しないで。もう、誰も私を傷つけない」
胸の奥で、影が静かに息づいていた。
夜が深まり、ヴィオレッタは変装して公爵邸を抜け出した。月明かりの下、王都の外れへ向かう。冒険者ギルドがある街へ。
道中、彼女は影を呼び出した。黒い糸が、足元を照らすように広がる。
「これで……私は、自由よ」
風が、髪をなびかせる。ヴィオレッタの瞳に、初めての光が宿っていた。
だが、彼女はまだ知らなかった。この旅の先に、運命の出会いが待っていることを。
謎の美男子、セイルとの出会いを。
ヴィオレッタは自室のベッドに座り、膝を抱えていた。舞踏会の屈辱が、まだ胸に焼き付いている。ホールでの嘲笑の視線、アルディオンの冷たい言葉、セリナの勝ち誇った微笑み。すべてが、悪夢のように繰り返される。
「私は……飾り物……」
呟きが、部屋に響く。涙はもう乾いていた。代わりに、胸の奥で何かが熱く疼いていた。まるで、長い間眠っていた何かが、目を覚まそうとしているように。
公爵邸は静かだった。父は王宮に呼ばれ、破棄の後処理に追われている。侍女のリリアも、部屋の外で控えめに待機していた。ヴィオレッタは一人、鏡台の前に立った。鏡に映る自分は、蒼白で、瞳の紫がいつもより濃く見えた。
「もう、泣かない……」
そう自分に言い聞かせる。けれど、鏡の中の自分が、ふと微笑んだように見えた。いや、違う。鏡が、歪んでいる?
突然、部屋の隅の影が、大きく膨らんだ。黒い霧が床を這うように広がり、ヴィオレッタの足元まで届く。
「ヴィオレッタ……」
声が、直接頭の中に響いた。低く、優しい、しかし力強い声。
ヴィオレッタは息を呑み、後ずさった。
「誰……? 誰なの!」
影はゆっくりと形を成した。人の輪郭のようなもの。だが、顔はなく、ただ黒い霧が渦巻いている。ヴィオレッタの心臓が激しく鳴る。恐怖と、奇妙な懐かしさが混じり合う。
「私は、君の血統に宿る力……『影の守護者』」
声は穏やかだった。ヴィオレッタは壁に背を預け、震える声で尋ねた。
「影の……守護者?」
「そうだ。君の先祖は、古代の影の魔法を操る一族だった。だが、恐れからその力を封印した。君の体の中に、眠っていた」
ヴィオレッタは幼少期の記憶を思い出した。母が亡くなる前、彼女はよくヴィオレッタの胸に手を当て、囁いていた。
「この力は、守るためのものよ。決して、傷つけるために使ってはならない」
母の言葉が、今になって意味を持つ。
「母は……知っていたの?」
「知っていた。だが、君が幼い頃、封印を強めた。心が傷つかないように」
影の守護者は、ゆっくりと近づいた。ヴィオレッタは逃げようとしたが、体が動かない。代わりに、胸の奥が熱くなる。
「今、君は傷ついている。裏切られ、辱められた。だから、封印が解けようとしている」
ヴィオレッタの瞳から、涙が一筋落ちた。
「私は……もう、誰も信じられない。愛される価値なんて、ないのよ」
「それは違う。君は価値がある。強く、美しく、優しい心を持つ者だ。その心が、力を呼び覚ます」
影が、ヴィオレッタの手に触れた。冷たくない、むしろ温かい感触。突然、ヴィオレッタの指先から黒い糸のようなものが伸びた。影が、彼女の意志で動く。
「これは……」
ヴィオレッタは驚き、指を動かした。影の糸が、部屋の隅を這い、鏡台の上の花瓶に絡みつく。花瓶が、ふわりと浮かんだ。
「君の力は、影を操る。幻影を生み、予知し、守る。だが、使い方次第で、世界を変える」
ヴィオレッタは息を荒げ、花瓶を下ろした。興奮と恐怖が混じり合う。
「どうして今……?」
「君の心が、限界に達したからだ。屈辱が、封印を破った」
ヴィオレッタは鏡を見た。瞳が、紫に輝いている。髪が、わずかに影のように揺れている。
「私は……これで、強くなれる?」
「強くなるのは、力ではなく、心だ。君が決めること」
影の守護者は、ゆっくりと消え始めた。
「私は、君の中にいる。呼びかければ、応える。だが、覚えておけ。この力は、復讐のためだけに使ってはならない。守るために、愛するために」
声が、遠ざかる。
ヴィオレッタは一人、部屋に残された。胸の熱さが、静かな決意に変わっていた。
「私は……もう、飾り物じゃない」
彼女は立ち上がり、窓を開けた。夜風が、部屋に吹き込む。外は、月が満ちていた。
翌朝、ヴィオレッタは父に呼ばれた。父の表情は、疲れ切っていた。
「ヴィオレッタ、今日で宮廷から離れる。領地に戻る準備をしろ」
「父上……私は、行きません」
父は眉をひそめた。
「何を言っている。破棄された令嬢が、宮廷に残るなど、恥だ」
「恥を、洗い流すために、残ります」
ヴィオレッタの瞳は、静かに輝いていた。父は驚いたように彼女を見つめた。
「ヴィオレッタ、お前……変わったな」
「はい、少しだけ」
父はため息をつき、頷いた。
「好きにしろ。だが、危険なことはするな」
ヴィオレッタは頷き、部屋に戻った。リリアが心配そうに待っている。
「ヴィオレッタ様……本当に大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。リリア、私……新しい道を歩むわ」
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「今夜、宮廷を抜け出します」
「えっ!?」
リリアが目を丸くする。ヴィオレッタは微笑んだ。
「心配しないで。もう、誰も私を傷つけない」
胸の奥で、影が静かに息づいていた。
夜が深まり、ヴィオレッタは変装して公爵邸を抜け出した。月明かりの下、王都の外れへ向かう。冒険者ギルドがある街へ。
道中、彼女は影を呼び出した。黒い糸が、足元を照らすように広がる。
「これで……私は、自由よ」
風が、髪をなびかせる。ヴィオレッタの瞳に、初めての光が宿っていた。
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