婚約破棄された公爵令嬢は、漆黒の王太子に溺愛されて永遠の光を掴む

鷹 綾

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第6話: 冒険者の始まり

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第6話: 冒険者の始まり

朝の陽光が、宿屋の窓から差し込んでいた。ヴィオラ――ヴィオレッタは、簡素なベッドから起き上がり、鏡の前に立った。黒髪を短く切り、旅人のような地味な服に着替えている。鏡に映るのは、宮廷の令嬢ではなく、一人の冒険者。頰に少し埃がつき、瞳には決意の光が宿っていた。

「今日から、本当の私として生きる」

呟きながら、ギルドのプレートを首から下げた。Fランクの木製タグが、軽く揺れる。

ギルドは朝から活気づいていた。依頼板の前に冒険者たちが集まり、笑い声が飛び交う。ヴィオラは昨日と同じく、薬草採取の依頼を追加で受けた。今日は少し遠くの森。報酬は銅貨五十枚。危険度は中程度だが、魔物が出やすいという。

「一人で大丈夫か?」

受付の女性が心配そうに尋ねる。ヴィオラは微笑んだ。

「はい。慣れてきました」

本当は、まだ心細かった。昨夜のシャドウウルフとの戦いが、幸運だっただけかもしれない。それでも、影の力が自分を守ってくれる。胸の奥で、守護者の存在を感じる。

ギルドを出て、森へ向かう道を歩く。陽光が木々の間を抜け、鳥のさえずりが響く。ヴィオラは道中で、影を試した。指先から黒い糸を伸ばし、木の葉を軽く浮かせる。昨日より、コントロールが少し上手くなっている。

「ありがとう……守護者」

影は応えずとも、温かな気配が伝わる。

森の奥に入ると、依頼の薬草『蒼炎花』が咲いていた。赤い花弁に青い炎のような模様。ヴィオラは膝をつき、丁寧に摘み取る。袋に詰めながら、ふと周囲の気配に気づいた。

足音。複数の。

ヴィオラは身を低くし、木陰に隠れた。影を広げ、周囲を覆う。

三人の男たちが現れた。粗末な鎧を着た、冒険者風の男たち。だが、目つきが鋭く、明らかに善良ではない。

「ここら辺に、薬草があるって聞いたぜ」

「報酬は高いし、楽勝だろ」

「でも、さっきの女の子……一人で来てるみたいだぜ」

男たちが笑う。ヴィオラの心臓が鳴った。彼女の存在に気づいている。

「女一人なら、楽に奪えるな」

ヴィオラは息を潜めた。影の糸が、男たちの足元を這う。まだ、力は弱い。だが、守護者の声が頭に響いた。

『逃げろ。戦う必要はない』

ヴィオラはゆっくり後退しようとしたが、足元が枯れ枝を踏んだ。パキッ。

「いたぞ!」

男たちが駆け寄る。ヴィオラは立ち上がり、影を広げた。

「来ないで!」

影の糸が、三人を絡め取ろうとする。だが、力不足で、すぐに解ける。一人が剣を抜き、ヴィオラに迫る。

「大人しく、袋を渡せ」

ヴィオラは後ずさり、木に背を預けた。恐怖が胸を締め付ける。けれど、影が体を包んだ。

「幻影……!」

影が膨らみ、複数のヴィオラの姿が生まれた。男たちは混乱し、幻影に斬りかかる。

「どれが本物だ!」

その隙に、ヴィオラは本物の体を動かし、森の奥へ逃げた。息を切らし、木々の間を走る。男たちの怒声が遠ざかる。

やがて、静かになった。ヴィオラは大きな岩の陰に座り、息を整えた。袋の中の薬草は、無事だった。

「危なかった……」

涙が、ぽろりと落ちた。けれど、すぐに拭う。

「私は、弱くない」

影が、優しく彼女を包む。守護者の声が、穏やかに響いた。

『よく耐えた。君は、強くなっている』

ヴィオラは頷き、立ち上がった。森の出口へ向かう。

その時、木々の間から、銀色の光が差した。いや、光ではない。銀髪の男が、立っていた。

長身で、黒いマントを纏った男。銀色の瞳が、ヴィオラを捉える。美しく、冷たい瞳。だが、どこか優しげな気配。

男は、ゆっくり近づいた。

「君が、影の使い手か」

ヴィオラは身構えた。影を呼び、防御の構えを取る。

「誰……?」

男は手を挙げ、敵意がないことを示した。

「敵ではない。俺は、セイル。君の影に、興味がある」

セイルの声は、低く落ち着いていた。ヴィオラは警戒しながらも、影を少し緩めた。

「私の影……?」

「そうだ。あの力、古代のものだ。珍しい」

セイルは、ヴィオラの前に立ち止まった。距離が近い。銀瞳が、ヴィオラの紫の瞳を覗き込む。

「君は、宮廷から逃げてきたな」

ヴィオラの体が、びくりと震えた。

「どうして……」

「噂は、広がっている。婚約破棄された公爵令嬢。ヴィオレッタ・フォン・セレスティア」

ヴィオラは唇を噛んだ。偽名が、すぐにバレた。

「私は……ヴィオラよ」

セイルは小さく笑った。初めて見る、柔らかな笑み。

「そうか。ヴィオラ、か。いい名前だ」

ヴィオラは警戒を解けなかった。けれど、セイルの瞳に、嘘がないように見えた。

「俺は、君を利用しようと思っていた。だが……君の強さを見た」

セイルは、森の奥を指した。

「さっきの男たち、俺が片付けた」

ヴィオラは驚いた。確かに、追っ手の気配が消えていた。

「ありがとう……」

セイルは肩をすくめた。

「礼はいらない。代わりに、一緒に冒険しないか」

ヴィオラは目を丸くした。

「一緒に……?」

「君の影の力、俺の剣。相性がいい。報酬は半分こで」

ヴィオラは迷った。けれど、孤独な旅に、初めての味方が現れた。

「わかりました……セイルさん」

セイルは頷き、手を差し出した。

「よろしく、ヴィオラ」

ヴィオラは、ゆっくりとその手を握った。冷たい手。けれど、温かさが伝わる。

二人は、森を抜け、王都の外へ向かった。新しい冒険の始まり。

ヴィオラの心に、初めての希望が芽生えていた。

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