婚約破棄された公爵令嬢は、漆黒の王太子に溺愛されて永遠の光を掴む

鷹 綾

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第10話: 心の揺らぎ

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第10話: 心の揺らぎ

夜の森は、静かに息づいていた。焚き火の炎がぱちぱちと音を立て、木々の影を長く揺らしている。ヴィオラとセイルは、今日の遺跡探索を終え、森の開けた場所で野営を張っていた。結晶の欠片を袋にしまい、報酬の金貨を分け合った後、二人は焚き火を囲んで座った。

ヴィオラは膝を抱え、炎を見つめていた。今日の戦いで、影の力が一段と強くなった実感があった。幻影はより鮮明に、予知の兆しさえ感じる。でも、それ以上に、心が揺れていた。セイルの存在が、日に日に大きくなっている。

「セイル……今日は、本当にありがとう」

ヴィオラの声は小さかった。セイルは木にもたれ、剣を磨く手を止めた。

「君の力のおかげだ。結晶を手に入れられた」

ヴィオラは微笑み、焚き火に薪をくべた。炎が勢いを増し、二人の顔を照らす。

「セイルは、いつも冷静ね。私、戦いの最中でも、怖くて震えてしまうのに」

セイルは静かに答えた。

「慣れだ。俺も、最初は震えていた」

ヴィオラは驚いて顔を上げた。

「セイルが……?」

「そうだ。隣国で、初めて剣を抜いた時、家族を失った時……手が震えて、涙が出た」

セイルの声は、低く抑えられていた。銀瞳に、炎が映り、過去の痛みが浮かぶ。

ヴィオラの胸が、締め付けられた。

「セイルも、そんなに傷ついていたの……」

セイルは視線を焚き火に戻した。

「だから、君の気持ちがわかる。裏切り、喪失、孤独……すべてを味わった」

ヴィオラは、ゆっくりと立ち上がり、セイルの隣に座った。距離が近い。セイルの体温が、わずかに伝わる。

「私……セイルと一緒にいると、孤独じゃなくなった。初めて、心が温かくなるの」

セイルの肩が、わずかに震えた。

「ヴィオラ……」

ヴィオラは勇気を振り絞り、セイルの手を握った。冷たい手。けれど、優しく握り返してくれた。

「セイル、私……あなたを信じたい。もっと、近づきたい」

言葉が、胸から溢れ出た。ヴィオラの頰が赤く染まる。

セイルは、ゆっくりとヴィオラを見た。銀瞳に、複雑な光が宿る。

「俺は……君を傷つけるかもしれない。俺の過去は、影だらけだ」

ヴィオラは首を振った。

「影なら、私も持ってる。二人で、照らし合おうよ」

セイルの瞳が、揺れた。長い沈黙の後、彼はヴィオラを抱き寄せた。強く、優しく。

「ヴィオラ……ありがとう」

ヴィオラはセイルの胸に顔を埋めた。銀髪が頰をくすぐり、セイルの心臓の音が聞こえる。焚き火の温もりと、互いの体温が混じり合う。

「セイル……私、怖いわ。でも、あなたがいれば、怖くない」

セイルはヴィオラの髪を優しく撫でた。

「俺もだ。君がいれば、影が怖くない」

二人は、抱き合ったまま、焚き火を見つめた。炎が、静かに揺れる。夜風が、木々をさわさわと鳴らす。

ヴィオラは、そっと言った。

「これから、何があっても、一緒にいよう」

セイルは頷き、ヴィオラの額に軽く唇を寄せた。キスではない、優しい触れ合い。

「約束だ」

その瞬間、胸の奥で影が温かく広がった。守護者の気配が、二人の絆を祝福するように包む。

ヴィオラは目を閉じ、セイルの胸に寄りかかった。初めての安らぎ。心の揺らぎが、静かな確信に変わる。

「セイル……好き」

小さな囁きが、夜に溶けた。セイルは答えず、ただ強く抱きしめた。

夜が深まり、二人は焚き火を囲んで眠りについた。ヴィオラの夢に、セイルの笑顔が浮かぶ。

だが、この甘い時間に、影が忍び寄っていた。

王都では、セリナの使いが、二人の足跡を追っていた。アルディオンの命令で、ヴィオレッタの行方を探す者たち。

セイルの正体に、セリナの目が向けられようとしていることを、二人はまだ知らなかった。
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