婚約破棄された公爵令嬢は、漆黒の王太子に溺愛されて永遠の光を掴む

鷹 綾

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第12話: 潜入の準備

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 第12話: 潜入の準備

アストリア王国の国境町は、夜になると影の灯りが街路を優しく照らしていた。黒い石畳の道に、青白い魔法のランプが揺れ、まるで夢のような風景を作り出している。ヴィオラとセイルは、町外れの小さな宿屋に部屋を取っていた。二人は一室を共有し、簡素な木のテーブルに地図を広げていた。

ヴィオラは地図を指でなぞりながら、セイルを見上げた。

「影の神殿は、王都の北にある森の奥……ここね。距離は、馬で三日ほど?」

セイルは頷き、地図の一点を指した。

「そうだ。だが、神殿は王宮の監視下にある。政敵が俺の帰還を警戒しているから、潜入は慎重にやらねばならない」

ヴィオラは少し不安げに眉を寄せた。

「王宮……セイルの敵がいるの?」

セイルの銀瞳が暗くなった。

「兄の側近たちだ。父王の死後、王位を奪った男たち。俺が戻れば、すべてが崩れると恐れている」

ヴィオラはセイルの手を握った。

「怖い?」

セイルは小さく首を振り、ヴィオラの手を優しく包んだ。

「怖くない。君がいるから」

ヴィオラの頰が、わずかに赤らんだ。

「私も……セイルのためなら、何でもするわ」

セイルは微笑み、地図を畳んだ。

「まずは、変装だ。俺は影の魔法で顔を隠せるが、君は普通の旅人として振る舞う」

ヴィオラは頷き、荷物から旅用の服を取り出した。地味な灰色のドレスに、フード付きのマント。髪を短く切り、茶色に染めた偽の髪を被る。

「これで、ヴィオレッタ・フォン・セレスティアには見えないわ」

セイルはヴィオラの変装を見て、満足げに頷いた。

「完璧だ。俺は、商人として潜入する。影の結晶を売るふりをして、王宮に近づく」

二人は宿屋の部屋で、夜通し計画を練った。神殿への道筋、王宮の警備の抜け道、万一の脱出ルート。ヴィオラは影の力を試し、幻影を何度も生み出した。結晶の影響で、幻影はより現実味を帯び、触れれば本物のように感じる。

「これなら、警備兵を騙せるかも」

セイルは剣を磨きながら、言った。

「君の予知の力も、役立つ。危険を予感したら、すぐに教えてくれ」

ヴィオラは胸を押さえた。

「わかった……守護者も、静かに見守ってくれてる」

夜が深まり、二人はベッドに並んで座った。セイルはヴィオラの肩を抱き寄せた。

「明日から、本当の戦いが始まる。疲れたら、俺に寄りかかれ」

ヴィオラはセイルの胸に頭を預けた。

「セイル……私、怖いけど、嬉しい。あなたと一緒にいられることが」

セイルはヴィオラの髪を優しく撫でた。

「俺もだ。君がいなければ、俺は影の中で一人だった」

二人は静かに抱き合い、互いの温もりを感じた。影のランプが、部屋を青く照らす。

翌朝、二人は馬を借り、町を出た。変装を完璧にし、商人夫婦を装って王都へ向かう。道中、ヴィオラは影で周囲を探り、追っ手の気配がないかを確かめた。

「大丈夫……まだ、誰も気づいてないわ」

セイルは頷き、馬を進めた。

王都アストリアは、影の都と呼ばれるだけあり、建物が黒い石で統一され、街路には影の魔法が施されたランプが並ぶ。市場は賑やかで、影の結晶や魔法道具が売られている。

二人は市場で馬を下り、商人として振る舞った。セイルが結晶の欠片を売り、情報を集める。

「王宮の警備は厳しいそうだな」

商人相手に、セイルが探りを入れる。

「そうだよ。漆黒の王太子の噂があって、警戒してるらしい」

ヴィオラはそっとセイルの袖を引いた。

「セイル……」

セイルはヴィオラの手を握り、静かに言った。

「心配ない。俺たちは、ただの商人だ」

夕方、二人は王都の宿屋に部屋を取った。窓から、王宮の黒い塔が見える。

「明日、神殿へ潜入する」

セイルが地図を広げた。

「夜の闇に紛れて、裏門から入る。君の影で、警備を幻惑する」

ヴィオラは頷いた。

「わかった……セイルの国を、取り戻そう」

セイルはヴィオラを抱きしめた。

「君のおかげで、希望が見えた」

ヴィオラはセイルの胸に顔を埋めた。

「私も……セイルと一緒に、未来を掴みたい」

二人は夜の王都を見下ろした。影のランプが、無数に輝く。

だが、この準備の裏で、王宮では新たな動きがあった。

セリナの使いが、アストリアに潜入していた。アルディオンの命令で、ヴィオレッタの行方を追う者。

「公爵令嬢が、ここに……そして、漆黒の王太子と」

セリナの笑みが、暗く広がる。

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