働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾

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第6話 助言だけ、のはずでした

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第6話 助言だけ、のはずでした


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 その日、セーラは固く心に誓っていた。

 ――今日は、何も見ない。
 ――何も聞かない。
 ――何も言わない。

 昨日の商人ギルド訪問が、彼女に与えた精神的ダメージは大きい。
 「何もしない」が、評価される。
 否定すると、さらに評価される。

 (この世界、私にだけ仕様がおかしくありません?)

 セーラはソファに身を沈め、毛布を膝にかけ、完全なる「何もしない奥様」モードに入っていた。

 そこへ――。

 「奥様、失礼いたします」

 控えめな声とともに、執事が入ってくる。

 嫌な予感しかしない。

 「……何でしょうか」

 「実は、本日は――」

 言い淀む執事の表情を見て、セーラは悟った。

 (来ましたわ……)

 「屋敷付き会計補佐と、商人ギルドの会計担当者が……」

 「“少しだけ”、奥様にご意見を伺いたいと」

 少しだけ。

 その言葉を信じて、ろくな目に遭った試しがない。

 「断れませんの?」

 「『奥様のお時間を奪うつもりは一切ございません』と」

 (信用ならない……)

 セーラは、深く息を吸い、吐いた。

 「……分かりました」

 「ただし」

 執事が姿勢を正す。

 「私は“助言”しかしません」

 「判断も、責任も、結果も、すべて皆さん自身でお願いします」

 「それでよろしければ」

 執事は、なぜか感動したように頷いた。

 「かしこまりました」

 ――この時点で、嫌な予感は確信に変わっていた。

 応接室には、三人が揃っていた。

 屋敷の会計補佐。
 商人ギルドの会計担当。
 そして、なぜか立ち会いのリチャード。

 (旦那様、逃げませんでしたわね……)

 「奥様、本日は恐れ入ります」

 会計補佐が、分厚い帳簿を差し出してくる。

 「現在、屋敷と取引先との支払い周期が噛み合っておらず……」

 「資金繰りに、わずかな滞りが」

 セーラは、帳簿を“見ないように”横目で見た。

 (……突っ込みどころ、多すぎですわ)

 だが、誓いを思い出す。

 ――助言だけ。

 彼女は、ゆっくりと口を開いた。

 「まず、前提として」

 全員の視線が集まる。

 「私は、専門家ではありません」

 「ですので、正解を示すことはできませんわ」

 会計担当が、勢いよく頷く。

 「もちろんです!」

 (……この返事、信用していいの?)

 「ただ」

 セーラは、紅茶を一口飲んでから続けた。

 「“お金が足りない”と感じるとき」

 「実際に足りないのか、“動かせていない”だけなのか」

 「それを分けて考える必要は、ありますわね」

 室内が、しん、と静まる。

 「……どういう意味でしょうか」

 セーラは、帳簿を指さした。

 「支払いと入金のタイミングがズレているだけなら」

 「不足しているのは、現金ではなく“時間”です」

 「その場合、借りる必要はなく、調整するだけで済みます」

 会計補佐が、はっとした顔になる。

 「つまり……短期のズレを、長期の不足と誤認している可能性が?」

 「ええ」

 セーラは、即座に頷いた。

 「ですから」

 「“いくら足りないか”ではなく」

 「“いつ、いくら動くか”を並べ直してみては?」

 それだけ。

 本当に、それだけだった。

 沈黙の後――

 「……!!」

 商人ギルドの会計担当が、勢いよく立ち上がった。

 「そ、そうか……!」

 「帳簿は正しいのに、判断が歪んでいた……!」

 「これは……!」

 セーラは、内心で頭を抱えた。

 (あ、これ、やりましたわ)

 「奥様!」

 会計補佐が、尊敬の眼差しで見てくる。

 「ありがとうございます!」

 「いえ、私は……」

 「“問題の切り分け”を教えてくださった!」

 (言ってません!)

 「これなら、我々だけで対処できます!」

 (それは良かったですわ……!)

 話は、そこで終わった――はずだった。

 リチャードが、ふっと息をつく。

 「助言だけ、だったな」

 「ええ……ギリギリ……」

 「だが」

 彼は、苦笑混じりに言った。

 「今の一言で、数か月分の資金繰りが安定する」

 セーラは、ゆっくりと天を仰いだ。

 「……私」

 「働いてませんよね?」

 「判断はしていない」

 「責任も取っていない」

 「結果も、彼らのものだ」

 完璧な理屈だった。

 だが――。

 その日の夜。

 屋敷内では、こんな噂が静かに広まっていた。

 ――奥様は、“答え”を出さない。
 ――だが、“考え方”を示す。
 ――だから、人が育つ。

 セーラは、ベッドの中で毛布にくるまりながら、震えていた。

 「……これは」

 「働いていないのに、影響力だけ増えていくパターンですわ……」

 彼女は、日記に力なく書き記す。

 ――助言だけ、のつもりだった。
 ――なぜか、“仕組みを理解させる人”になった。

 ――次はもう、本当に寝たふりをします。

 だが、その決意が破られるまで、
 そう時間はかからなかった。
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