働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾

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第33話「それでも世界は、私を放っておいてくれない」

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第33話「それでも世界は、私を放っておいてくれない」


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 静かな朝だった。

 風は穏やかで、鳥のさえずりが庭に満ちている。  セーラはテラスで紅茶を飲みながら、ぼんやりと空を眺めていた。

 ――完璧だわ。

 誰にも呼ばれず、  相談もなく、  決裁書類も届かない。

 **理想の「何もしない日」**である。


---

 「……今日は、何も起きませんように」

 そう願った瞬間だった。


---

 「奥様」

 背後から、聞き慣れた声。

 セーラはゆっくりと振り返った。

 「……何も聞いてませんわよ?」

 先制攻撃である。

 ガルバンは、困ったように咳払いをした。

 「本日は、ご相談ではございません」

 「なら、何ですの?」

 「“ご報告”です」


---

 嫌な予感が、確信に変わった。


---

 応接室。

 そこには、商人ギルドの代表、地方官、そしてなぜか若い貴族まで揃っていた。

 全員、姿勢がやけに正しい。

 「……今日は、何もしないと宣言していますわ」

 セーラははっきり言った。

 「はい」

 代表は深く頷く。

 「承知しております」

 「では、なぜ?」


---

 「奥様が“何もしない”と決めてくださったおかげで」

 代表は、穏やかに続けた。

 「我々は、自分たちで結論を出しました」

 セーラは、嫌な予感しかしなかった。


---

 地方官が資料を差し出す。

 「税制の簡略化案です」

 「商人ギルドと自治体で合意しました」

 「実施日は――来月です」


---

 「……誰の許可で?」

 思わず聞いてしまった。

 全員が一斉に答える。

 「奥様の“不介入原則”に基づきまして」


---

 セーラは、頭を抱えた。

 (私、法体系の一部になってません?)


---

 若い貴族が、少し緊張しながら言った。

 「奥様が“何も言わない”ことが、
 “我々を信じている証”だと受け取りました」

 「……買いかぶりですわ」

 「いえ」

 彼は、真剣な目で続ける。

 「何もしない、という選択を貫ける方を、
 我々は初めて見ました」


---

 その言葉に、胸の奥が微かに揺れた。


---

 会合が終わり、人が引いた後。

 セーラは、ぐったりとソファに沈み込んだ。

 「……私、働いてませんよね?」

 「働いていない」

 いつの間にか来ていたリチャードが、即答した。


---

 「でも、世界が勝手に進んでますわ」

 「それが、君の作った流れだ」

 彼は、静かに言った。


---

 「君は、前に出て引っ張らなかった」

 「代わりに、“考える余地”を残した」

 「人は、余地があると、動き出す」


---

 セーラは、天井を見上げた。

 「私、ただ……疲れていただけですの」

 「それでいい」

 リチャードは、微笑む。


---

 「疲れた人間が、
 “無理をしない世界”を作った」

 「それは、怠慢じゃない」

 「成熟だ」


---

 夕方。

 庭を歩きながら、セーラはふと思った。

 前世では、止まることが怖かった。  止まれば、置いていかれると思っていた。

 けれど今は――。


---

 立ち止まっても、  座っていても、  何もしなくても。

 世界は、前に進んでいる。


---

 「……困りましたわね」

 セーラは、小さく笑った。

 「何もしないつもりが、
 “信頼される人”になってしまいました」


---

 その夜。

 リチャードが、ふと問いかける。

 「後悔は?」

 セーラは、即答した。

 「ありません」


---

 「ただ……」

 少しだけ考えて、続ける。

 「世界がここまで動くなら、
 私はもう少し、休んでもいいかもしれませんわ」


---

 リチャードは、声を立てずに笑った。

 「それが、一番君らしい」


---

 セーラは、紅茶を一口飲み、心の中で呟いた。

 何もしないと決めた私を、
 世界のほうが離してくれない。

 それでも――。

 働かない、という選択だけは、
 これからも手放さないと決めていた。
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