働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾

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第34話「私は主役を降ります――そう宣言しただけです」

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第34話「私は主役を降ります――そう宣言しただけです」


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 朝食後、セーラは珍しく書斎に足を運んでいた。

 机の上には、整然と積まれた報告書。  だが、彼女はそれらを一枚も手に取らない。

 代わりに、白紙の紙を一枚だけ引き寄せた。


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 「……これで、いいのよね」

 小さく呟き、ペンを走らせる。

 内容は、短い。

 〈今後、私セーラは
  通常案件に一切関与しません〉

 〈判断・運営は、各現場に一任します〉

 〈例外は――世界が本当に壊れそうな時だけ〉


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 それを書き終えた瞬間、肩の力が抜けた。

 「ふぅ……」

 これを“宣言”と呼ぶのは、大げさかもしれない。  けれど、彼女にとっては大きな区切りだった。


---

 昼前。

 その文書は、ギルド、屋敷、地方官に正式通達された。

 反応は――静かだった。

 静かすぎて、逆に怖い。


---

 「……騒がれませんの?」

 セーラは、ガルバンに尋ねた。

 「はい」

 彼は、少し不思議そうに答える。

 「皆、“いよいよ来たか”という反応です」

 「来た、とは?」

 「奥様が、完全に手を引く日です」


---

 セーラは、思わず笑ってしまった。

 「寂しがられるかと思いましたわ」

 「いえ」

 ガルバンは、はっきりと言う。

 「皆、覚悟を決めた顔をしています」


---

 午後。

 庭の東屋で、リチャードと並んで座る。

 柔らかな風が、ドレスの裾を揺らしていた。


---

 「本当に、よかったのか?」

 リチャードが、静かに尋ねる。

 「君が完全に前に出ないと決めたこと」

 セーラは、迷わず頷いた。


---

 「ええ」

 「私は、気づいてしまいましたの」

 彼女は、ゆっくりと言葉を選ぶ。

 「“役に立つ”ことと、“中心にいる”ことは違う」


---

 「私は、ずっと主役をやっていた」

 「無意識に、ですけれど」

 「でも、それはもう……十分ですわ」


---

 リチャードは、少し驚いたように目を細めた。

 「君は、舞台を降りるのか?」

 「いいえ」

 セーラは、微笑む。

 「観客席に戻るだけです」


---

 「必要なら、立ち上がる」

 「でも、普段は拍手する側でいい」

 「そう思えたのです」


---

 夕方。

 ギルドから、一通の返答が届いた。

 〈承知しました〉

 〈今後は、各部門責任者が判断を行います〉

 追伸が添えられていた。

 〈迷った時は、
  “奥様ならどう考えるか”を基準にします〉


---

 セーラは、書面を見つめて苦笑した。

 「……降りたつもりが、影は残りましたわね」

 リチャードが、静かに笑う。

 「それでいい」


---

 夜。

 寝室で、灯りを落としながら、セーラは思った。

 前世では、
 働かなければ存在価値がないと思っていた。

 でも今は――。


---

 何もしなくても、
 誰かの中に残る考え方がある。

 それだけで、十分なのだ。


---

 「……旦那様」

 「なんだ?」

 「私、明日も何もしません」

 「それは、予定通りだな」


---

 セーラは、満足そうに目を閉じた。

 主役を降りたはずなのに、
 物語は、きちんと続いている。

 それを確認できただけで――
 この世界に転生した意味は、もう果たした気がしていた。


---

 働かないという選択は、
 逃げではなく、完成だった。

 セーラは、その答えを胸に、静かな眠りについた。
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