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第13話 差が露わになる日
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第13話 差が露わになる日
朝の執務棟に、いつもとは違う緊張が漂っていた。
報告書を抱えた文官たちの足取りが早く、廊下のあちこちで短い指示が飛び交っている。
慌ただしいが、混乱はない。全員が、何をすべきかを理解して動いている。
アデリーナ・フォン・グラーフは、その様子を一瞬だけ見渡し、執務室へ入った。
「本日の整理分です」
机に書類を置くと、バルトロメウス・フォン・クレイン公爵は一礼もなく受け取った。
それでいい。ここでは、それが自然だった。
「王都からの続報が来ている」
公爵は書類に目を通しながら、淡々と告げる。
「南部で物資が滞っている。
対応が後手に回り、現場が荒れているようだ」
アデリーナは、手元の覚え書きに視線を落とした。
「想定通りですね」
「原因は」
「仕組みです」
即答だった。
「判断が一点に集中しすぎています。
しかも、その一点が、現場を見ていない」
王都で、何度も経験してきた構図だった。
公爵は、わずかに顎を引いた。
「こちらへの影響は」
「直接はありません。
ただし、商人の動きが変わります」
アデリーナは、地図を広げた。
「王都の流通が滞れば、こちらへ流れ込もうとするでしょう。
価格が乱れれば、領民に影響が出ます」
「対策は」
「入口で止めます」
そう言って、彼女は具体案を提示する。
「事前に基準価格を示し、取引条件を明文化します。
曖昧にすれば、付け込まれますから」
側近たちが頷いた。
誰も、「それは厳しすぎるのでは」とは言わない。
現実を知っているからだ。
「実行する」
公爵の判断は、変わらず早い。
その日の昼前、対策はすでに各所へ通達されていた。
商人たちは一瞬戸惑ったものの、混乱は起きない。
基準が明確であれば、動きようがあるからだ。
アデリーナは、その報告を受けながら、胸の奥で小さく息を吐いた。
王都では、同じ判断を下すまでに、何日もかかっただろう。
そしてその間に、被害は広がる。
それが、今、はっきりと差になって現れている。
午後、王都から再び書簡が届いた。
今度は、言葉遣いが露骨に変わっていた。
「……必死ですね」
アデリーナは、内容を読みながら静かに言った。
協力要請というより、ほとんど嘆願だった。
人が足りない、判断が遅れている、助言が欲しい。
だが、具体的に何を変えるつもりなのかは、どこにも書かれていない。
「返答は」
側近が問う。
「前と同じです」
バルトロメウスが即答した。
「形式的な返書のみ。
こちらの内部には触れない」
その判断に、誰も異を唱えなかった。
アデリーナは、少しだけ視線を落とした。
かつての自分なら、この状況を見て、心を痛めていたかもしれない。
自分が戻れば、多少は楽になるのではないかと。
だが、今は違う。
楽になるのは、一時的だ。
根本が変わらない限り、同じことが繰り返される。
夕刻、補給管理室から戻る途中、若い兵士が駆け寄ってきた。
「報告です。
商人の一部が、基準価格を嫌って引き返しました」
「それでいいです」
アデリーナは迷わず答えた。
「残った者が、正規の取引をします。
短期的な量より、長期的な安定を優先してください」
「了解しました」
兵士は、迷いなく去っていく。
その背中を見送りながら、アデリーナは思った。
ここでは、判断が共有されている。
だから、誰も不安にならない。
王都では、それがなかった。
夜。
執務を終え、部屋に戻ると、疲労が一気に押し寄せた。
だが、不快ではない。使い切った感覚に近い。
椅子に腰を下ろし、今日一日を振り返る。
王都は、まだこちらを追いかけている。
だが、その距離は縮まっていない。
むしろ、差は広がっている。
「……気づくのが、遅すぎたのですね」
誰にともなく呟く。
王都が必要としているのは、誰か一人の能力ではない。
仕組みを作り、判断を分散し、責任を共有することだ。
それを拒み続けた結果が、今の混乱だ。
アデリーナは、静かに立ち上がり、窓の外を見た。
国境の夜は、今日も変わらず静かだ。
遠くで、松明の光が揺れている。
ここでは、明日もまた、同じように仕事が始まる。
特別な称賛も、派手な演出もない。
だが、確実に回っている。
それが、何よりの違いだった。
王都との差は、もはや誤魔化せないほどに露わになっている。
そしてその差を生んだのは、誰でもない。
見ようとしなかった側と、向き合い続けた側の違いだ。
アデリーナは、灯りを落とした。
追放された令嬢として始まった物語は、
いつの間にか、王都の失敗を映す鏡になりつつあった。
その鏡に映る現実を、
ローデリヒ王太子が直視できる日は、まだ来ていない。
朝の執務棟に、いつもとは違う緊張が漂っていた。
報告書を抱えた文官たちの足取りが早く、廊下のあちこちで短い指示が飛び交っている。
慌ただしいが、混乱はない。全員が、何をすべきかを理解して動いている。
アデリーナ・フォン・グラーフは、その様子を一瞬だけ見渡し、執務室へ入った。
「本日の整理分です」
机に書類を置くと、バルトロメウス・フォン・クレイン公爵は一礼もなく受け取った。
それでいい。ここでは、それが自然だった。
「王都からの続報が来ている」
公爵は書類に目を通しながら、淡々と告げる。
「南部で物資が滞っている。
対応が後手に回り、現場が荒れているようだ」
アデリーナは、手元の覚え書きに視線を落とした。
「想定通りですね」
「原因は」
「仕組みです」
即答だった。
「判断が一点に集中しすぎています。
しかも、その一点が、現場を見ていない」
王都で、何度も経験してきた構図だった。
公爵は、わずかに顎を引いた。
「こちらへの影響は」
「直接はありません。
ただし、商人の動きが変わります」
アデリーナは、地図を広げた。
「王都の流通が滞れば、こちらへ流れ込もうとするでしょう。
価格が乱れれば、領民に影響が出ます」
「対策は」
「入口で止めます」
そう言って、彼女は具体案を提示する。
「事前に基準価格を示し、取引条件を明文化します。
曖昧にすれば、付け込まれますから」
側近たちが頷いた。
誰も、「それは厳しすぎるのでは」とは言わない。
現実を知っているからだ。
「実行する」
公爵の判断は、変わらず早い。
その日の昼前、対策はすでに各所へ通達されていた。
商人たちは一瞬戸惑ったものの、混乱は起きない。
基準が明確であれば、動きようがあるからだ。
アデリーナは、その報告を受けながら、胸の奥で小さく息を吐いた。
王都では、同じ判断を下すまでに、何日もかかっただろう。
そしてその間に、被害は広がる。
それが、今、はっきりと差になって現れている。
午後、王都から再び書簡が届いた。
今度は、言葉遣いが露骨に変わっていた。
「……必死ですね」
アデリーナは、内容を読みながら静かに言った。
協力要請というより、ほとんど嘆願だった。
人が足りない、判断が遅れている、助言が欲しい。
だが、具体的に何を変えるつもりなのかは、どこにも書かれていない。
「返答は」
側近が問う。
「前と同じです」
バルトロメウスが即答した。
「形式的な返書のみ。
こちらの内部には触れない」
その判断に、誰も異を唱えなかった。
アデリーナは、少しだけ視線を落とした。
かつての自分なら、この状況を見て、心を痛めていたかもしれない。
自分が戻れば、多少は楽になるのではないかと。
だが、今は違う。
楽になるのは、一時的だ。
根本が変わらない限り、同じことが繰り返される。
夕刻、補給管理室から戻る途中、若い兵士が駆け寄ってきた。
「報告です。
商人の一部が、基準価格を嫌って引き返しました」
「それでいいです」
アデリーナは迷わず答えた。
「残った者が、正規の取引をします。
短期的な量より、長期的な安定を優先してください」
「了解しました」
兵士は、迷いなく去っていく。
その背中を見送りながら、アデリーナは思った。
ここでは、判断が共有されている。
だから、誰も不安にならない。
王都では、それがなかった。
夜。
執務を終え、部屋に戻ると、疲労が一気に押し寄せた。
だが、不快ではない。使い切った感覚に近い。
椅子に腰を下ろし、今日一日を振り返る。
王都は、まだこちらを追いかけている。
だが、その距離は縮まっていない。
むしろ、差は広がっている。
「……気づくのが、遅すぎたのですね」
誰にともなく呟く。
王都が必要としているのは、誰か一人の能力ではない。
仕組みを作り、判断を分散し、責任を共有することだ。
それを拒み続けた結果が、今の混乱だ。
アデリーナは、静かに立ち上がり、窓の外を見た。
国境の夜は、今日も変わらず静かだ。
遠くで、松明の光が揺れている。
ここでは、明日もまた、同じように仕事が始まる。
特別な称賛も、派手な演出もない。
だが、確実に回っている。
それが、何よりの違いだった。
王都との差は、もはや誤魔化せないほどに露わになっている。
そしてその差を生んだのは、誰でもない。
見ようとしなかった側と、向き合い続けた側の違いだ。
アデリーナは、灯りを落とした。
追放された令嬢として始まった物語は、
いつの間にか、王都の失敗を映す鏡になりつつあった。
その鏡に映る現実を、
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