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第27話 選ばれなかった未来
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第27話 選ばれなかった未来
王都の空気が、また一段、変わった。
それは騒ぎでも、混乱でもない。
むしろ、静かすぎるほどの変化だった。
アデリーナ・フォン・グラーフは、朝の報告書を読みながら、その違和感を確かめるように指先を止めた。
「……議題が、変わっています」
側近が顔を上げる。
「王太子関連の件ですか」
「いいえ。
未来の話が、増えています」
報告書には、今後三か月の運用計画、半年後を見据えた物資備蓄、来年を想定した人員配置案が並んでいる。
どれも、緊急対応ではない。
誰かを救うための即席の処置でもない。
「つまり」
側近が言葉を探す。
「“平時”を前提にし始めた、ということです」
アデリーナは、静かに頷いた。
「はい。
もう、戻る前提で考えていません」
戻るとは、かつての形にだ。
王太子が中心に立ち、
誰かが判断を仰ぎ、
誰かが責任を一手に引き受ける形へ。
その未来は、選ばれなかった。
昼前、管理官の一人が、少し躊躇いがちに報告に来た。
「王宮から、非公式な打診がありました」
「内容は」
「王太子殿下を、調整役として現場に戻せないか、と」
室内の空気が、わずかに張り詰める。
アデリーナは、すぐには答えなかった。
書類を一枚閉じ、机に置く。
「現場の反応は」
「……困惑しています」
「反発は」
「ありません。
ですが、“必要性が分からない”と」
その言葉は、あまりにも率直だった。
アデリーナは、目を伏せる。
「それが、答えですね」
王太子ローデリヒは、
戻れないわけではない。
だが、戻る理由がない。
役割が空いていない場所に、
肩書きだけを置くことはできない。
午後、バルトロメウス・フォン・クレイン公爵が、珍しく長く沈黙した後、口を開いた。
「彼は、選ばれなかったな」
「はい」
アデリーナは、否定しなかった。
「排除されたわけではありません。
ただ、選ばれなかった」
それは、最も厳しい結果だ。
失敗なら、やり直しがある。
罪なら、償う道がある。
だが、選ばれなかった未来には、
戻る入口が存在しない。
夜。
アデリーナは、一人で庭を歩いていた。
風は穏やかで、葉擦れの音だけが響く。
かつて、彼女自身も、
選ばれなかった側に立っていた。
王太子の婚約者として、
役に立つ限りは必要とされ、
不要になった瞬間に切り捨てられた。
だが今、立場は逆だ。
選ぶ側ではない。
ただ、選ばれなかった未来を、
冷静に見つめているだけ。
「……残酷ですね」
小さく呟く。
誰も悪意を持っていない。
誰も彼を貶めようとしていない。
それでも、
彼の居場所は、もう用意されない。
それが、成熟した組織の判断だった。
星のない夜空を見上げながら、アデリーナは思う。
もし、あの時。
彼が、役割にしがみつかず、
手放すことを選んでいたら。
もし、判断を独占せず、
分け与えることを選んでいたら。
未来は、違っていたかもしれない。
だが、現実は選ばれた結果の積み重ねだ。
選ばれなかった未来は、
誰の手にも戻らない。
翌朝もまた、
王都は何事もなかったかのように動き出す。
計画は更新され、
判断は共有され、
責任は分散される。
その中心に、
王太子の名はない。
アデリーナは、静かに歩みを止めた。
選ばれなかった未来を、
悼むことはできる。
だが、取り戻すことはできない。
それが、前に進むということなのだと、
彼女はもう、はっきりと理解していた。
王都の空気が、また一段、変わった。
それは騒ぎでも、混乱でもない。
むしろ、静かすぎるほどの変化だった。
アデリーナ・フォン・グラーフは、朝の報告書を読みながら、その違和感を確かめるように指先を止めた。
「……議題が、変わっています」
側近が顔を上げる。
「王太子関連の件ですか」
「いいえ。
未来の話が、増えています」
報告書には、今後三か月の運用計画、半年後を見据えた物資備蓄、来年を想定した人員配置案が並んでいる。
どれも、緊急対応ではない。
誰かを救うための即席の処置でもない。
「つまり」
側近が言葉を探す。
「“平時”を前提にし始めた、ということです」
アデリーナは、静かに頷いた。
「はい。
もう、戻る前提で考えていません」
戻るとは、かつての形にだ。
王太子が中心に立ち、
誰かが判断を仰ぎ、
誰かが責任を一手に引き受ける形へ。
その未来は、選ばれなかった。
昼前、管理官の一人が、少し躊躇いがちに報告に来た。
「王宮から、非公式な打診がありました」
「内容は」
「王太子殿下を、調整役として現場に戻せないか、と」
室内の空気が、わずかに張り詰める。
アデリーナは、すぐには答えなかった。
書類を一枚閉じ、机に置く。
「現場の反応は」
「……困惑しています」
「反発は」
「ありません。
ですが、“必要性が分からない”と」
その言葉は、あまりにも率直だった。
アデリーナは、目を伏せる。
「それが、答えですね」
王太子ローデリヒは、
戻れないわけではない。
だが、戻る理由がない。
役割が空いていない場所に、
肩書きだけを置くことはできない。
午後、バルトロメウス・フォン・クレイン公爵が、珍しく長く沈黙した後、口を開いた。
「彼は、選ばれなかったな」
「はい」
アデリーナは、否定しなかった。
「排除されたわけではありません。
ただ、選ばれなかった」
それは、最も厳しい結果だ。
失敗なら、やり直しがある。
罪なら、償う道がある。
だが、選ばれなかった未来には、
戻る入口が存在しない。
夜。
アデリーナは、一人で庭を歩いていた。
風は穏やかで、葉擦れの音だけが響く。
かつて、彼女自身も、
選ばれなかった側に立っていた。
王太子の婚約者として、
役に立つ限りは必要とされ、
不要になった瞬間に切り捨てられた。
だが今、立場は逆だ。
選ぶ側ではない。
ただ、選ばれなかった未来を、
冷静に見つめているだけ。
「……残酷ですね」
小さく呟く。
誰も悪意を持っていない。
誰も彼を貶めようとしていない。
それでも、
彼の居場所は、もう用意されない。
それが、成熟した組織の判断だった。
星のない夜空を見上げながら、アデリーナは思う。
もし、あの時。
彼が、役割にしがみつかず、
手放すことを選んでいたら。
もし、判断を独占せず、
分け与えることを選んでいたら。
未来は、違っていたかもしれない。
だが、現実は選ばれた結果の積み重ねだ。
選ばれなかった未来は、
誰の手にも戻らない。
翌朝もまた、
王都は何事もなかったかのように動き出す。
計画は更新され、
判断は共有され、
責任は分散される。
その中心に、
王太子の名はない。
アデリーナは、静かに歩みを止めた。
選ばれなかった未来を、
悼むことはできる。
だが、取り戻すことはできない。
それが、前に進むということなのだと、
彼女はもう、はっきりと理解していた。
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