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第28話 静かな決別
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第28話 静かな決別
王都から届いた報告書の束は、相変わらず整然としていた。
数値は安定し、計画は先を向いている。
緊急対応の文字は減り、代わりに中期運用や人材育成の項目が増えていた。
アデリーナ・フォン・グラーフは、最後の一枚を読み終えると、静かに紙を揃えた。
「……完全に、次の段階ですね」
それは確認というより、受け入れだった。
側近が、慎重に口を開く。
「王太子殿下の件ですが」
「はい」
「正式な通達が出ました。
今後、現場運用には関与しない、と」
アデリーナは、わずかに目を伏せた。
ついに、明文化されたのだ。
これまで曖昧に避けられてきた事実が、言葉として固定された。
「……そうですか」
声は、驚くほど穏やかだった。
それは勝利ではない。
ましてや復讐でもない。
ただ、一つの関係が終わった、というだけのことだ。
昼前、現場を巡回すると、管理官たちはいつも通りに動いていた。
「次の補給計画、修正案を共有します」
「了解しました。
午後には反映できます」
誰も、過去を振り返らない。
誰も、欠けた名前を探さない。
アデリーナは、その様子を見て、胸の奥で小さく息を吐いた。
「……これが、決別なのですね」
声に出す必要はなかった。
決別とは、怒鳴り合うことではない。
縁を切る宣言でもない。
ただ、相手を前提にしなくなること。
それだけだ。
午後、王宮からの私信が一通、彼女宛に届いた。
差出人は、ローデリヒ王太子本人。
簡潔な文面だった。
視察への礼。
そして、今後は自分の立場を見つめ直す、という短い言葉。
謝罪も、言い訳もない。
アデリーナは、書簡を読み終え、しばらく机の上に置いたまま動かなかった。
「……やっと、向き合ったのですね」
それが、彼女の率直な感想だった。
彼は、誰かに必要とされない現実から、目を逸らすのをやめた。
それは、遅すぎるかもしれない。
だが、無意味ではない。
返事を書く必要はない。
ここで言葉を重ねることが、彼のためになるとも思えなかった。
静かな決別には、静かな沈黙がふさわしい。
夕刻、バルトロメウス・フォン・クレイン公爵が、珍しく感情を滲ませた声で言った。
「終わったな」
「はい」
アデリーナは、迷いなく答えた。
「終わりました」
婚約者としての関係。
補佐官としての役割。
王太子を中心に回っていた、あの歪な世界。
すべてが、今日で完全に過去になった。
夜。
アデリーナは、一人で灯りを落とした部屋に座っていた。
怒りもない。
悲しみも、ほとんどない。
あるのは、静かな余白だけだ。
「……やっと、空きましたね」
心の中で、そう呟く。
役割を手放し、
期待を手放し、
誰かの未来を背負うことを、完全にやめた。
窓の外では、夜風が静かに吹いている。
それは、別れを惜しむ風ではない。
ただ、新しい日常を運ぶ風だった。
静かな決別。
それは、何かを失うためのものではない。
自分の足で立つための、最後の一歩だった。
アデリーナ・フォン・グラーフは、ゆっくりと立ち上がる。
もう、振り返らない。
過去は、きちんと終わった。
そして、彼女の時間は、ようやく前だけを向いて流れ始めていた。
王都から届いた報告書の束は、相変わらず整然としていた。
数値は安定し、計画は先を向いている。
緊急対応の文字は減り、代わりに中期運用や人材育成の項目が増えていた。
アデリーナ・フォン・グラーフは、最後の一枚を読み終えると、静かに紙を揃えた。
「……完全に、次の段階ですね」
それは確認というより、受け入れだった。
側近が、慎重に口を開く。
「王太子殿下の件ですが」
「はい」
「正式な通達が出ました。
今後、現場運用には関与しない、と」
アデリーナは、わずかに目を伏せた。
ついに、明文化されたのだ。
これまで曖昧に避けられてきた事実が、言葉として固定された。
「……そうですか」
声は、驚くほど穏やかだった。
それは勝利ではない。
ましてや復讐でもない。
ただ、一つの関係が終わった、というだけのことだ。
昼前、現場を巡回すると、管理官たちはいつも通りに動いていた。
「次の補給計画、修正案を共有します」
「了解しました。
午後には反映できます」
誰も、過去を振り返らない。
誰も、欠けた名前を探さない。
アデリーナは、その様子を見て、胸の奥で小さく息を吐いた。
「……これが、決別なのですね」
声に出す必要はなかった。
決別とは、怒鳴り合うことではない。
縁を切る宣言でもない。
ただ、相手を前提にしなくなること。
それだけだ。
午後、王宮からの私信が一通、彼女宛に届いた。
差出人は、ローデリヒ王太子本人。
簡潔な文面だった。
視察への礼。
そして、今後は自分の立場を見つめ直す、という短い言葉。
謝罪も、言い訳もない。
アデリーナは、書簡を読み終え、しばらく机の上に置いたまま動かなかった。
「……やっと、向き合ったのですね」
それが、彼女の率直な感想だった。
彼は、誰かに必要とされない現実から、目を逸らすのをやめた。
それは、遅すぎるかもしれない。
だが、無意味ではない。
返事を書く必要はない。
ここで言葉を重ねることが、彼のためになるとも思えなかった。
静かな決別には、静かな沈黙がふさわしい。
夕刻、バルトロメウス・フォン・クレイン公爵が、珍しく感情を滲ませた声で言った。
「終わったな」
「はい」
アデリーナは、迷いなく答えた。
「終わりました」
婚約者としての関係。
補佐官としての役割。
王太子を中心に回っていた、あの歪な世界。
すべてが、今日で完全に過去になった。
夜。
アデリーナは、一人で灯りを落とした部屋に座っていた。
怒りもない。
悲しみも、ほとんどない。
あるのは、静かな余白だけだ。
「……やっと、空きましたね」
心の中で、そう呟く。
役割を手放し、
期待を手放し、
誰かの未来を背負うことを、完全にやめた。
窓の外では、夜風が静かに吹いている。
それは、別れを惜しむ風ではない。
ただ、新しい日常を運ぶ風だった。
静かな決別。
それは、何かを失うためのものではない。
自分の足で立つための、最後の一歩だった。
アデリーナ・フォン・グラーフは、ゆっくりと立ち上がる。
もう、振り返らない。
過去は、きちんと終わった。
そして、彼女の時間は、ようやく前だけを向いて流れ始めていた。
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