姉の婚約者を奪った義妹は、偽金まみれの恋と一緒に断罪されました

鷹 綾

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24話 金の城の崩壊

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24話 金の城の崩壊

ヴォルゼック伯爵家の没落は、火が乾いた藁に移るより早く王都を駆け巡った。

朝の一斉摘発から半日も経てば、もう高級商店街でも中央市場でも、誰もがその名を口にしていた。

伯爵家の屋敷が王宮に押さえられた。

河岸の倉庫から偽金の工房が見つかった。

偽造ギルドの黒幕は、あの金持ち伯爵家だったらしい。

噂は尾ひれをつけて広がる。

けれど、今回はその尾ひれすら本体に追いつけないほど、現実の方が悪質だった。

高級菓子店の奥では、つい先日までオルフィナに媚びるように微笑んでいた店主が、今日に限って硬い顔で言う。

「お代は現金ではなく、いまは王宮認可の証紙付き決済だけにしております」

香油商は、ヴォルゼック伯爵家の名を出した客へ露骨に距離を取った。

宝飾商たちは、急ぎ店先の帳簿を整理し、怪しい取引はなかったと弁明する準備に追われている。

河岸ではもっと露骨だった。

つい昨日まで“景気のいい流れ”と笑っていた連中が、今は揃って口を閉ざしている。

声を潜め、誰と繋がっていたのかを探り合い、自分の名前が表に出ていないかを怯えながら確かめる。

王都全体が、一夜で裏返ったようだった。

輝いて見えた金の城は、いざ壁の内側が腐っていたと分かると、誰も寄りつかない廃墟へ変わる。

その空気の変化を、オルフィナは保護施設の小さな窓から知った。

外へ出ることはできない。

けれど、朝夕に様子を見に来る文官や侍女の顔を見れば分かる。

もう隠されていない。

伯爵家は終わったのだと。

「……本当なの」

寝台の上で膝を抱えたまま、オルフィナはかすれた声で尋ねた。

相手は若い侍女だった。王宮から回されてきた者で、必要以上の口をきかない。

それでも今は、あまりにもはっきりと答えた。

「はい」

「ゼルカイン様は……?」

侍女は一瞬だけ黙った。

その沈黙が、オルフィナには何より苦しかった。

「拘束されたと聞いております」

その一言で、オルフィナの胸の奥がひどく冷たくなる。

拘束。

逃げおおせたのではない。

堂々と無実を訴えているわけでもない。

逃げようとして、捕まったのだ。

それを知った瞬間、自分の中で何かが完全に壊れる音がした。

「……嘘」

思わず呟く。

「ゼルカイン様が、そんな」

けれど侍女は慰めない。

ただ淡々と水差しを置き、薬草湯の入った杯を机に置くだけだ。

その無言が、いまのオルフィナには逆に現実味を持って迫った。

ゼルカインは、自分が思っていたような男ではなかった。

それどころか、最後まで自分だけ助かろうとしたのだ。

婚約者を置いて。

家を置いて。

きっと、自分のことなど最初から後回しにして。

その事実は、事故に見せかけて殺されかけた時よりも、もっと静かに、もっと深くオルフィナを傷つけた。

「……みんな」

彼女は掠れた声で呟いた。

「みんな、私を笑ってる……」

それは被害妄想ではなかった。

実際、王都の社交界ではもうそうなっていた。

つい先日までオルフィナのドレスを褒め、宝石を羨み、夜会に招かれたことを自慢していた女たちは、今ではその名を口にする時、扇の陰でひそひそと笑う。

あの派手な娘でしょう?

ほら、金の伯爵家に取り入っていた。

あれだけ目立っていたもの、当然よ。

ひどい者になると、もっと露骨だった。

やっぱり成り上がりの真似事をする女は違うわね。

本当に品のある家の娘なら、ああはなりませんもの。

全部、オルフィナに聞こえていないと思って、好き勝手に言う。

昨日まで持ち上げていたくせに。

けれど、それが社交界というものだった。

勝っているように見える者に寄り、落ちると見れば真っ先に石を投げる。

オルフィナはその中心にいたつもりで、実際にはその残酷さをまるで理解していなかったのだ。

一方その頃、アストラーデ公爵家にはいつも以上に来客が増えていた。

もちろん表向きは、王都の騒ぎに関する様子見だ。

だが実際には皆、同じことを知りたがっている。

公爵家はどこまで知っていたのか。

ルヴェリアは婚約者だったのだから、何か掴んでいたのではないか。

義妹のオルフィナはどうなるのか。

応接間へ次々と通される客たちを横目に、ルヴェリアは会計室で書類を整理していた。

社交の場へ出れば、噂好きの視線が集まるのは分かっている。だからこそ、今日は出ない。

いまやるべきなのは、好奇心に応じることではなく、押収目録と証言の整合を取ることだ。

扉が叩かれ、エミリアが入ってくる。

「お嬢様」

「何かしら」

「高級商店街の宝飾商から、追加の取引控えが届きました。それから、義母様が“少し顔を出してほしい”と」

ルヴェリアは手を止めずに答える。

「後者は断って」

「はい」

「前者はここへ」

エミリアが紙束を机へ置く。

ルヴェリアはざっと目を通し、すぐに数枚を抜き出した。

オルフィナの宝石購入記録と、伯爵家側の支払いが一致していない。以前見つけた“わずかな差”が、やはり複数件で繰り返されている。

買った宝石の裏で、別の金が一緒に流れていた証拠だ。

「やっぱり」

「まだ出ますか」

「ええ。義妹の買い物は、完全に隠れ蓑にされていたわ」

エミリアは静かに息をつく。

「オルフィナ様ご本人は……」

「気づいていたでしょうね」

ルヴェリアは紙から目を離さない。

「全部ではなくても、途中からは確実に」

「それでもやめなかった」

「ええ」

会計室の窓の外では、馬車の音がしていた。

来客だろう。

もう王都中が、アストラーデ公爵家の様子を見に来ているようなものだ。

伯爵家の金の城が崩れた今、皆が次に見たいのは、その瓦礫のそばにいた女たちの顔なのだ。

義母もまた、その視線に耐えられないのだろう。

少し前まであれほど得意げにオルフィナを後押ししていたのに、今日は一転して顔色が悪い。

公爵家の名が、あの派手な義妹と一緒に泥をかぶるのが嫌なのだ。

まったく勝手なものだ、とルヴェリアは思う。

その時、再び扉が叩かれた。

今度は家令だ。

「失礼いたします、お嬢様」

「どうしたの」

「保護施設から報せが」

ルヴェリアの視線が上がる。

「オルフィナのこと?」

「はい。かなり不安定になっているようです」

それを聞いても、ルヴェリアの表情はほとんど動かなかった。

驚きはない。

当然だと思っただけだ。

あの子は、自分が“持つ側”である限りは強気だが、地盤が崩れると途端に足元を見失う。

いまや伯爵家も、ゼルカインも、社交界の称賛も失った。

残るのは、自分が便利な飾りでしかなかったという現実だけ。

それに耐えられるほど、オルフィナは強くない。

「何か言っていますか」

「皆が自分を笑っている、とのことです」

ルヴェリアはほんの少しだけ目を閉じた。

その通りだろう。

笑っている者もいる。

軽蔑している者もいる。

昨日まで擦り寄っていた者ほど、今日のオルフィナを一段低い場所へ置いて安心している。

王都はそういう場所だ。

そしてオルフィナは、ようやくその残酷さを自分の身で知った。

「……放っておきなさい、とは言わないのですね」

エミリアが静かに尋ねる。

ルヴェリアは首を横に振る。

「そこまで子どもではないわ」

「では」

「必要な保護は続けるべきよ。でも、慰める必要はない」

その返答に、エミリアは短く頷いた。

ルヴェリアはまた書類へ目を戻す。

金の城の崩壊。

それは伯爵家だけの話ではない。

オルフィナにとっても、まさしくそうだ。

愛される女だと思っていた。

選ばれた婚約者だと思っていた。

華やかな世界の中心にいるつもりだった。

けれど実際には、偽りの金に飾られた人形だった。

その城が崩れた今、彼女の手には何も残っていない。

その頃、王宮の一室では、ディルハルトが新たな報告を受けていた。

「伯爵家の古参使用人の一部が、早くも供述を始めています」

「内容は」

「偽造ギルドとの関係は、ここ数年ではなく、もっと前から。伯爵家が表の金融と裏の偽造を結びつけていた可能性が高いと」

ディルハルトは静かに地図を見下ろした。

予想通り、いや、予想以上だ。

偽金は今回表に出た最も派手な毒に過ぎない。その下には、もっと長く続いてきた腐敗がある。

「オルフィナ嬢の位置づけはどう見る」

補佐官の問いに、ディルハルトは短く答えた。

「主犯ではない。だが無関係でもない」

「伯爵家側は、彼女へ責任を寄せるでしょう」

「だろうな」

彼の声は冷静だった。

だが、その目はひどく冷たい。

「なら、その前に積極的関与を固める。泣き言と被害者面だけでは逃がさない」

補佐官は深く頭を下げた。

王都の空は、夕方には鉛色に曇り始めていた。

晴れていた朝とは打って変わって、どこか重い空。

その色が、ヴォルゼック伯爵家の終わりにふさわしいとルヴェリアは思った。

会計室の窓から外を見ながら、彼女は静かに息を吐く。

昨日まで輝いていたものが、今日は汚泥にまみれている。

それが偽りの金の末路だ。

「お嬢様」

エミリアが控えめに声をかける。

「何」

「少し、お休みになりますか」

ルヴェリアは首を横に振った。

「まだよ」

「ですが」

「ここで手を止めたら、また誰かが“可哀想な妹”の話にすり替えるもの」

エミリアは何も言わなかった。

それが正しいと分かっているからだろう。

オルフィナが切り捨てられたことは事実だ。

けれど、それだけが物語になってはいけない。

その前に、彼女は喜んでその金に酔い、王都へ毒を撒く手伝いをした。

そこを曖昧にした瞬間、また本当に苦しんだ人々が置き去りになる。

ルヴェリアは書類を一枚持ち上げた。

その手は、もう迷っていなかった。

伯爵家の金の城は崩れた。

次は、その瓦礫の下から出てくる言い訳を、一つ残らず潰す番だった。
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