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25話 公開審問
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25話 公開審問
王宮の大審問室は、朝から異様な熱気に包まれていた。
普段ならここは、もっと格式ばった静けさをまとっている場所だ。重厚な柱、壁にかけられた王家の紋章、等間隔に並ぶ長椅子。誰もが声量を抑え、息を潜め、秩序そのものを恐れるように座る。
だが今日ばかりは違った。
貴族、商人、役人、記録官、立会人。
そして傍聴を許されたごく限られた者たちが、抑えきれないざわめきを抱えたまま席を埋めている。
ヴォルゼック伯爵家。
偽造ギルド。
王都を揺るがした偽金事件。
それらがついに公の場で裁かれるのだ。
誰もが見たかった。
誰が嘘をつき、誰が切り捨てられ、誰が地に落ちるのかを。
審問室の後方扉から入ったルヴェリアは、その空気を肌で感じながら、静かに自席へ向かった。
今日は調査協力者として出廷する。
華やかな装いではない。
深い藍色のドレスに、控えめな装飾だけ。いまここで必要なのは、公爵令嬢としての美しさではなく、証言者としての揺るがなさだと分かっていた。
傍らにはエミリアではなく、王宮側の案内係がつく。
一度席へ着くと、審問台の正面がよく見えた。
中央には裁定官席。
そのやや右に、王太子ディルハルトの席。
左手には王宮の記録官と財務局の担当官。
そして、向かい側には罪を問われる側の席が設けられていた。
すでに何人かが座らされている。
ヴォルゼック伯爵。
会計責任者。
表向き商会主だった男。
偽造ギルド幹部と見られる痩せた中年男。
全員が顔色を変え、しかし必死に取り繕っていた。
そして、その少し後ろ――
ゼルカインがいた。
拘束下にあるとはいえ、衣服はまだ整えられている。髪も乱れてはいない。姿だけ見れば、いつもの伯爵令息のままだ。
だが、その目だけが違った。
冷たい。
研ぎ澄まされた刃のように、いまこの場でどうやって自分の傷を最小限にするかだけを考えている目だ。
ルヴェリアは彼を見ても、もう胸は痛まなかった。
代わりに浮かんだのは、ただ一つ。
――最後まで、その顔なのね。
感傷はない。
ただ確認だけだった。
やがて、室内に王宮侍従の声が響く。
「静粛に」
ざわめきがすっと引く。
「これより、ヴォルゼック伯爵家及び関係者による偽貨幣流通、証文偽造、印章偽造、ならびに王都経済攪乱の件について、公開審問を開始する」
空気が変わった。
本当に始まるのだ。
ディルハルトが立ち上がる。
その動き一つで、室内の視線が集まる。
彼は高すぎない、だが明確に通る声で言った。
「本件は、単なる商家の不正でも、一貴族の横領でもない。王国に流通する貨幣の信頼を損ない、民の生活を直接脅かし、さらに証拠隠滅と殺害未遂にまで及んだ重大事案である」
言葉の一つ一つが重い。
誰も息を挟めない。
「よって本日ここに、押収物、記録、証言をもとに、責任の所在を明らかにする」
ディルハルトが着席すると、今度は記録官が押収物の一覧を読み上げ始めた。
偽貨幣鋳造用型。
表層メッキ薬液。
未完成貨幣。
裏帳簿。
偽造印章。
差し替え用証文。
関係商会一覧。
夜会参加者との資金授受記録。
読み上げられるたびに、室内の空気が一段ずつ冷えていく。
これだけ出れば、もはや“噂”では済まない。
伯爵側の席に座る男たちの顔から、少しずつ余裕が消えていくのが見えた。
審問が進み、最初に立たされたのはヴォルゼック伯爵本人だった。
年齢の割に見苦しくない身なりを保とうとしているが、額には薄く汗が浮いている。
裁定官が問う。
「伯爵。本件について、そなたはどこまで把握していた」
伯爵はすぐに答えた。
「把握などしておりませぬ。家の名を使った下の者どもの暴走にございます」
室内のあちこちで、抑えた息が動く。
その言い逃れは、ある意味で予想通りだった。
下へ押しつける。
切れる尻尾から切る。
だが今日は、それで済まない。
財務局の担当官がすぐに帳簿を開く。
「では、この秘密帳簿にある伯爵ご自身の署名は何だ」
「そ、それは……通常の資金確認であり……」
「通常の資金確認で、夜間搬出と偽造印章の数まで確認するのか」
伯爵の顔が強張る。
一つ崩れれば、次が来る。
河岸倉庫の押収目録。
商会側の裏決済一覧。
偽造ギルド幹部との接触記録。
そのどれもが、伯爵家と無関係とは言わせない。
だが、まだ決定打ではない。
王都の者たちが本当に見たいのは、もっと露骨な醜さだ。
責任の押しつけ合い。
裏切り。
その瞬間だった。
記録官が次の名前を呼ぶ。
「調査協力者、ルヴェリア・アストラーデ公爵令嬢」
室内の視線が、一斉にルヴェリアへ向く。
婚約を奪われた姉。
伯爵家の裏を見抜いた女。
噂ばかりが先行していたその存在が、ようやく公の場へ立つのだ。
ルヴェリアはゆっくりと立ち上がり、審問台の前へ進んだ。
足は震えていない。
かつてなら、この視線の数に息が詰まったかもしれない。
だがいまは違う。
この場で自分が見られる理由は、哀れな元婚約者だからではない。
真実に辿り着いた証言者だからだ。
裁定官が問う。
「そなたは本件にどのように関わった」
ルヴェリアはまっすぐ前を向いた。
「王都の物価高騰と不審金貨の広がりに違和感を覚え、王宮の要請を受けて調査に協力いたしました」
「違和感、とは」
「価格変動の広がり方です」
声は、よく通った。
「不作でも戦でも街道封鎖でもないのに、生活必需品まで値上がりしていた。加えて、高額品を扱う店で、釣りを嫌がる支払いと不審な金貨の噂が重なっていたため、貨幣流通の異常を疑いました」
記録官が、押収済みの報告を差し出す。
ルヴェリアはそれを見ずに続けた。
「さらに王宮工房で、見た目は本物とほぼ同じでありながら、中身が別金属であるメッキ偽金を確認しました」
その言葉に、傍聴席が小さくざわめく。
すでに噂では広まっていた。
だが、調査当人の口から明言されると重みが違う。
「その偽金は、高級商店街、河岸、中央市場へと流れておりました。高額品の支払いに紛れ込ませ、流通経路の中で出所を薄め、最後には庶民の生活圏まで降ろしていたと見られます」
裁定官が問い返す。
「つまり、伯爵家は贅沢品の流れを入口にしたと?」
「はい」
ルヴェリアは即答した。
「見栄の消費は、金の違和感を隠しやすいからです。とりわけ、夜会や贈答のように“景気の良さ”が価値になる場では、不審な金でも流れやすくなります」
そこで彼女は一瞬だけ、ゼルカインを見た。
彼は微動だにしない。
だがその目の奥で、何かが計算されているのが分かる。
ルヴェリアはその視線を切り、最後にこう結んだ。
「よって本件は、偶発的な偽金流通ではなく、見栄と贅沢の場を利用して意図的に広げられたものと判断いたします」
沈黙。
そしてそのあと、裁定官が静かに頷いた。
「分かった」
それだけだった。
だがそれで十分だった。
ルヴェリアは自席へ戻る。
席に着く直前、一瞬だけディルハルトと視線が合う。
彼は何も言わない。
けれどその目に、明確な了承があった。
よくやった、と。
それだけで、ルヴェリアは余計な感情を挟まずに済んだ。
次に呼ばれたのは、河岸の会計係だった。
夜会の後に別室へ出入りしていた、あの痩せた中年男だ。
男は最初こそ「命じられただけ」と繰り返していたが、裏帳簿を突きつけられると一気に崩れた。
「わ、私は、帳面を合わせていただけです……!」
「誰の指示だ」
「そ、それは……」
「誰の指示だ」
三度目の問いに、男は顔をぐしゃりと歪めた。
そして、やっと吐いた。
「伯爵家です!」
傍聴席がどよめく。
「全部、伯爵家の帳場から回ってきたんです! 商会名を分けて、夜会の客のところへ流して、あとで河岸で回収して……!」
「誰が統括していた」
男は一度だけ、ゼルカインの方を見た。
ほんの一瞬。
だが、その一瞬で十分だった。
「……若様が」
空気が凍る。
若様。
つまりゼルカインだ。
審問室中の視線が、伯爵令息へ突き刺さる。
けれどゼルカインはそこで崩れなかった。
むしろ、ゆっくり立ち上がった。
「異議があります」
その声音はまだ整っている。
「その男は、自らの罪を軽くするために話を盛っている。私が直接指示したという証拠はない」
たしかに、それだけならまだ逃げ道はある。
人の口は裏切る。
だから証言だけでは、完全に縛りきれない。
だが、今日はその先がある。
ディルハルトがわずかに顔を上げた。
「証拠ならある」
その一言に、ゼルカインの目が初めてはっきり揺れた。
記録官が新たな紙束を運ぶ。
オルフィナの購入記録。
商人側の控え。
伯爵家の裏帳簿。
それらを照らし合わせた一覧。
裁定官が言う。
「派手な浪費の裏へ、別口の資金移動が滑り込ませてある。これは偶然ではあるまい」
ゼルカインが初めて、言葉に詰まる。
ほんの一瞬だった。
けれどルヴェリアは見逃さなかった。
あの男が、初めて完全な計算の外へ置かれた瞬間を。
だが、まだ終わりではない。
本当の泥はこれからだ。
伯爵家はまだ下へ押しつけようとする。
ゼルカインはまだ誰かを売る。
そしてオルフィナもまた、自分だけは被害者だと叫ぶに違いない。
審問は続く。
王都中の視線を浴びながら。
金の城が崩れたその中心で、最後に誰が誰を踏みつけるかを暴きながら。
王宮の大審問室は、朝から異様な熱気に包まれていた。
普段ならここは、もっと格式ばった静けさをまとっている場所だ。重厚な柱、壁にかけられた王家の紋章、等間隔に並ぶ長椅子。誰もが声量を抑え、息を潜め、秩序そのものを恐れるように座る。
だが今日ばかりは違った。
貴族、商人、役人、記録官、立会人。
そして傍聴を許されたごく限られた者たちが、抑えきれないざわめきを抱えたまま席を埋めている。
ヴォルゼック伯爵家。
偽造ギルド。
王都を揺るがした偽金事件。
それらがついに公の場で裁かれるのだ。
誰もが見たかった。
誰が嘘をつき、誰が切り捨てられ、誰が地に落ちるのかを。
審問室の後方扉から入ったルヴェリアは、その空気を肌で感じながら、静かに自席へ向かった。
今日は調査協力者として出廷する。
華やかな装いではない。
深い藍色のドレスに、控えめな装飾だけ。いまここで必要なのは、公爵令嬢としての美しさではなく、証言者としての揺るがなさだと分かっていた。
傍らにはエミリアではなく、王宮側の案内係がつく。
一度席へ着くと、審問台の正面がよく見えた。
中央には裁定官席。
そのやや右に、王太子ディルハルトの席。
左手には王宮の記録官と財務局の担当官。
そして、向かい側には罪を問われる側の席が設けられていた。
すでに何人かが座らされている。
ヴォルゼック伯爵。
会計責任者。
表向き商会主だった男。
偽造ギルド幹部と見られる痩せた中年男。
全員が顔色を変え、しかし必死に取り繕っていた。
そして、その少し後ろ――
ゼルカインがいた。
拘束下にあるとはいえ、衣服はまだ整えられている。髪も乱れてはいない。姿だけ見れば、いつもの伯爵令息のままだ。
だが、その目だけが違った。
冷たい。
研ぎ澄まされた刃のように、いまこの場でどうやって自分の傷を最小限にするかだけを考えている目だ。
ルヴェリアは彼を見ても、もう胸は痛まなかった。
代わりに浮かんだのは、ただ一つ。
――最後まで、その顔なのね。
感傷はない。
ただ確認だけだった。
やがて、室内に王宮侍従の声が響く。
「静粛に」
ざわめきがすっと引く。
「これより、ヴォルゼック伯爵家及び関係者による偽貨幣流通、証文偽造、印章偽造、ならびに王都経済攪乱の件について、公開審問を開始する」
空気が変わった。
本当に始まるのだ。
ディルハルトが立ち上がる。
その動き一つで、室内の視線が集まる。
彼は高すぎない、だが明確に通る声で言った。
「本件は、単なる商家の不正でも、一貴族の横領でもない。王国に流通する貨幣の信頼を損ない、民の生活を直接脅かし、さらに証拠隠滅と殺害未遂にまで及んだ重大事案である」
言葉の一つ一つが重い。
誰も息を挟めない。
「よって本日ここに、押収物、記録、証言をもとに、責任の所在を明らかにする」
ディルハルトが着席すると、今度は記録官が押収物の一覧を読み上げ始めた。
偽貨幣鋳造用型。
表層メッキ薬液。
未完成貨幣。
裏帳簿。
偽造印章。
差し替え用証文。
関係商会一覧。
夜会参加者との資金授受記録。
読み上げられるたびに、室内の空気が一段ずつ冷えていく。
これだけ出れば、もはや“噂”では済まない。
伯爵側の席に座る男たちの顔から、少しずつ余裕が消えていくのが見えた。
審問が進み、最初に立たされたのはヴォルゼック伯爵本人だった。
年齢の割に見苦しくない身なりを保とうとしているが、額には薄く汗が浮いている。
裁定官が問う。
「伯爵。本件について、そなたはどこまで把握していた」
伯爵はすぐに答えた。
「把握などしておりませぬ。家の名を使った下の者どもの暴走にございます」
室内のあちこちで、抑えた息が動く。
その言い逃れは、ある意味で予想通りだった。
下へ押しつける。
切れる尻尾から切る。
だが今日は、それで済まない。
財務局の担当官がすぐに帳簿を開く。
「では、この秘密帳簿にある伯爵ご自身の署名は何だ」
「そ、それは……通常の資金確認であり……」
「通常の資金確認で、夜間搬出と偽造印章の数まで確認するのか」
伯爵の顔が強張る。
一つ崩れれば、次が来る。
河岸倉庫の押収目録。
商会側の裏決済一覧。
偽造ギルド幹部との接触記録。
そのどれもが、伯爵家と無関係とは言わせない。
だが、まだ決定打ではない。
王都の者たちが本当に見たいのは、もっと露骨な醜さだ。
責任の押しつけ合い。
裏切り。
その瞬間だった。
記録官が次の名前を呼ぶ。
「調査協力者、ルヴェリア・アストラーデ公爵令嬢」
室内の視線が、一斉にルヴェリアへ向く。
婚約を奪われた姉。
伯爵家の裏を見抜いた女。
噂ばかりが先行していたその存在が、ようやく公の場へ立つのだ。
ルヴェリアはゆっくりと立ち上がり、審問台の前へ進んだ。
足は震えていない。
かつてなら、この視線の数に息が詰まったかもしれない。
だがいまは違う。
この場で自分が見られる理由は、哀れな元婚約者だからではない。
真実に辿り着いた証言者だからだ。
裁定官が問う。
「そなたは本件にどのように関わった」
ルヴェリアはまっすぐ前を向いた。
「王都の物価高騰と不審金貨の広がりに違和感を覚え、王宮の要請を受けて調査に協力いたしました」
「違和感、とは」
「価格変動の広がり方です」
声は、よく通った。
「不作でも戦でも街道封鎖でもないのに、生活必需品まで値上がりしていた。加えて、高額品を扱う店で、釣りを嫌がる支払いと不審な金貨の噂が重なっていたため、貨幣流通の異常を疑いました」
記録官が、押収済みの報告を差し出す。
ルヴェリアはそれを見ずに続けた。
「さらに王宮工房で、見た目は本物とほぼ同じでありながら、中身が別金属であるメッキ偽金を確認しました」
その言葉に、傍聴席が小さくざわめく。
すでに噂では広まっていた。
だが、調査当人の口から明言されると重みが違う。
「その偽金は、高級商店街、河岸、中央市場へと流れておりました。高額品の支払いに紛れ込ませ、流通経路の中で出所を薄め、最後には庶民の生活圏まで降ろしていたと見られます」
裁定官が問い返す。
「つまり、伯爵家は贅沢品の流れを入口にしたと?」
「はい」
ルヴェリアは即答した。
「見栄の消費は、金の違和感を隠しやすいからです。とりわけ、夜会や贈答のように“景気の良さ”が価値になる場では、不審な金でも流れやすくなります」
そこで彼女は一瞬だけ、ゼルカインを見た。
彼は微動だにしない。
だがその目の奥で、何かが計算されているのが分かる。
ルヴェリアはその視線を切り、最後にこう結んだ。
「よって本件は、偶発的な偽金流通ではなく、見栄と贅沢の場を利用して意図的に広げられたものと判断いたします」
沈黙。
そしてそのあと、裁定官が静かに頷いた。
「分かった」
それだけだった。
だがそれで十分だった。
ルヴェリアは自席へ戻る。
席に着く直前、一瞬だけディルハルトと視線が合う。
彼は何も言わない。
けれどその目に、明確な了承があった。
よくやった、と。
それだけで、ルヴェリアは余計な感情を挟まずに済んだ。
次に呼ばれたのは、河岸の会計係だった。
夜会の後に別室へ出入りしていた、あの痩せた中年男だ。
男は最初こそ「命じられただけ」と繰り返していたが、裏帳簿を突きつけられると一気に崩れた。
「わ、私は、帳面を合わせていただけです……!」
「誰の指示だ」
「そ、それは……」
「誰の指示だ」
三度目の問いに、男は顔をぐしゃりと歪めた。
そして、やっと吐いた。
「伯爵家です!」
傍聴席がどよめく。
「全部、伯爵家の帳場から回ってきたんです! 商会名を分けて、夜会の客のところへ流して、あとで河岸で回収して……!」
「誰が統括していた」
男は一度だけ、ゼルカインの方を見た。
ほんの一瞬。
だが、その一瞬で十分だった。
「……若様が」
空気が凍る。
若様。
つまりゼルカインだ。
審問室中の視線が、伯爵令息へ突き刺さる。
けれどゼルカインはそこで崩れなかった。
むしろ、ゆっくり立ち上がった。
「異議があります」
その声音はまだ整っている。
「その男は、自らの罪を軽くするために話を盛っている。私が直接指示したという証拠はない」
たしかに、それだけならまだ逃げ道はある。
人の口は裏切る。
だから証言だけでは、完全に縛りきれない。
だが、今日はその先がある。
ディルハルトがわずかに顔を上げた。
「証拠ならある」
その一言に、ゼルカインの目が初めてはっきり揺れた。
記録官が新たな紙束を運ぶ。
オルフィナの購入記録。
商人側の控え。
伯爵家の裏帳簿。
それらを照らし合わせた一覧。
裁定官が言う。
「派手な浪費の裏へ、別口の資金移動が滑り込ませてある。これは偶然ではあるまい」
ゼルカインが初めて、言葉に詰まる。
ほんの一瞬だった。
けれどルヴェリアは見逃さなかった。
あの男が、初めて完全な計算の外へ置かれた瞬間を。
だが、まだ終わりではない。
本当の泥はこれからだ。
伯爵家はまだ下へ押しつけようとする。
ゼルカインはまだ誰かを売る。
そしてオルフィナもまた、自分だけは被害者だと叫ぶに違いない。
審問は続く。
王都中の視線を浴びながら。
金の城が崩れたその中心で、最後に誰が誰を踏みつけるかを暴きながら。
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