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第5話 広がる波紋
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第5話 広がる波紋
学院という名が公にされてから、屋敷は静かに忙しくなった。
噂は思っていたよりも速く、そして遠くへ届く。
「講師を公爵家が囲い込んだらしい」 「子弟を預かるなど、まるで修道院のようだ」 「いや、あれはもっと世俗的だ」
評価は割れている。
だが、無視はされていない。
それだけで十分だった。
私は応接室の片隅で、新たに提出された申込書を眺める。
三家だった参加家は、七家に増えた。
そのうち二家は、当初会合で慎重な態度を取っていた家だ。
父が書類を受け取り、軽く目を通す。
「増えたな」
「成果が見えましたから」
王宮下級官吏試験の結果は、決定的だった。
成績優秀者の名の横に、さりげなく記された一文。
公爵家学院出身。
まだ仮称のような扱いだが、それで十分だった。
「だが、増えれば問題も増える」
父の声は落ち着いている。
「規律と質の維持」
「承知しています」
私は既に時間割の改訂案を作っていた。
講師は二人から四人へ。
法律、会計に加え、歴史と修辞学。
単なる知識ではなく、思考と表現。
それがなければ、優秀とは呼べない。
広間は手狭になり、離れの隣の棟を改修することになった。
工事の音が響く。
それは、制度が根を張り始めた音のように思えた。
ある日、若い講師が私に声をかけた。
「令嬢様」
「何でしょう」
「子弟たちの討論ですが、議題が高度になっております」
「それは悪いことではありませんわ」
「いえ、素晴らしいことです。ただ……」
彼は少しだけ困ったように笑う。
「彼らは互いに負けまいと必死です」
私は小さく笑った。
「それが狙いです」
家庭教師の一対一では生まれなかった競争心。
他家の子弟が隣にいるからこそ、見栄も張る。
負けたくない。
優秀と認められたい。
その感情を否定はしない。
むしろ利用する。
だが。
「行き過ぎれば、私に報告を」
「承知いたしました」
制度は、理屈だけでは回らない。
感情もまた、扱うべき要素だ。
夕刻、私は庭で子弟たちの様子を遠くから眺める。
剣の稽古の合間に、税率の話で言い争っている。
「軍費が増えれば、交易を拡大すればいい」 「交易には護衛が必要だ」
まだ粗い。
だが、芽は出ている。
その背後で、私は別の書類に目を通す。
参加家の中に、資金繰りに苦しむ家がある。
表向きは体面を保っているが、月謝の支払いが遅れている。
父に報告すると、彼は静かに言った。
「救うか、切るか」
「切れば、学院は選別の場になります」
「救えば、甘いと言われる」
私は迷わない。
「分割払いを提案します。表には出さずに」
父は目を細めた。
「質を落とさず、機会を広げる。か」
「それが根底です」
学院は、ブランドにしたいわけではない。
選ばれた者だけの場所では、意味がない。
だが平民への解放は、まだ先だ。
今は基盤。
貴族社会の中で、揺るぎない実績を積む。
「お前は急がないな」
「急げば潰されます」
父は小さく笑った。
「よく分かっている」
だが、波紋は広がる。
王宮からも視線が向けられ始めた。
ある晩餐会で、私はその視線を感じた。
ウォーク・アロングサイド王太子。
穏やかな微笑みの奥に、鋭い観察の光。
「トレイルブレイザー公爵令嬢」
「殿下」
「学院、とやらは順調か」
「父の努力の賜物です」
私は微笑む。
決して自分の功績にはしない。
盾は父だ。
「興味深い制度だ」
「効率化を図っただけですわ」
「効率化、か」
殿下は軽く笑う。
「効率の裏に、何か別の意図があるのではないかと、勘繰る者もいる」
私は視線を逸らさない。
「意図があれば、悪いことでしょうか」
殿下は一瞬、言葉を失ったように見えた。
「悪いとは言わぬ。ただ、強い意志を感じる」
「強い意志なくして、制度は生まれません」
私は一礼する。
「ですが、今はまだ小さな試みです」
殿下の目が、わずかに柔らぐ。
「小さな火が、大火になることもある」
「その時は、国にとって益となる火でありたいものです」
会話はそこで終わった。
だが、確かに何かが動いた。
屋敷に戻り、私は窓辺に立つ。
学院は広がりつつある。
生徒は増え、講師も増え、評価も上がる。
だが、広がれば広がるほど、視線も増える。
支える父の存在は大きい。
だが、未来は私の手にもある。
学院であり、彼女自身。
私はまだ未熟だ。
だが、止まらない。
波紋は、静かに広がり続けている。
学院という名が公にされてから、屋敷は静かに忙しくなった。
噂は思っていたよりも速く、そして遠くへ届く。
「講師を公爵家が囲い込んだらしい」 「子弟を預かるなど、まるで修道院のようだ」 「いや、あれはもっと世俗的だ」
評価は割れている。
だが、無視はされていない。
それだけで十分だった。
私は応接室の片隅で、新たに提出された申込書を眺める。
三家だった参加家は、七家に増えた。
そのうち二家は、当初会合で慎重な態度を取っていた家だ。
父が書類を受け取り、軽く目を通す。
「増えたな」
「成果が見えましたから」
王宮下級官吏試験の結果は、決定的だった。
成績優秀者の名の横に、さりげなく記された一文。
公爵家学院出身。
まだ仮称のような扱いだが、それで十分だった。
「だが、増えれば問題も増える」
父の声は落ち着いている。
「規律と質の維持」
「承知しています」
私は既に時間割の改訂案を作っていた。
講師は二人から四人へ。
法律、会計に加え、歴史と修辞学。
単なる知識ではなく、思考と表現。
それがなければ、優秀とは呼べない。
広間は手狭になり、離れの隣の棟を改修することになった。
工事の音が響く。
それは、制度が根を張り始めた音のように思えた。
ある日、若い講師が私に声をかけた。
「令嬢様」
「何でしょう」
「子弟たちの討論ですが、議題が高度になっております」
「それは悪いことではありませんわ」
「いえ、素晴らしいことです。ただ……」
彼は少しだけ困ったように笑う。
「彼らは互いに負けまいと必死です」
私は小さく笑った。
「それが狙いです」
家庭教師の一対一では生まれなかった競争心。
他家の子弟が隣にいるからこそ、見栄も張る。
負けたくない。
優秀と認められたい。
その感情を否定はしない。
むしろ利用する。
だが。
「行き過ぎれば、私に報告を」
「承知いたしました」
制度は、理屈だけでは回らない。
感情もまた、扱うべき要素だ。
夕刻、私は庭で子弟たちの様子を遠くから眺める。
剣の稽古の合間に、税率の話で言い争っている。
「軍費が増えれば、交易を拡大すればいい」 「交易には護衛が必要だ」
まだ粗い。
だが、芽は出ている。
その背後で、私は別の書類に目を通す。
参加家の中に、資金繰りに苦しむ家がある。
表向きは体面を保っているが、月謝の支払いが遅れている。
父に報告すると、彼は静かに言った。
「救うか、切るか」
「切れば、学院は選別の場になります」
「救えば、甘いと言われる」
私は迷わない。
「分割払いを提案します。表には出さずに」
父は目を細めた。
「質を落とさず、機会を広げる。か」
「それが根底です」
学院は、ブランドにしたいわけではない。
選ばれた者だけの場所では、意味がない。
だが平民への解放は、まだ先だ。
今は基盤。
貴族社会の中で、揺るぎない実績を積む。
「お前は急がないな」
「急げば潰されます」
父は小さく笑った。
「よく分かっている」
だが、波紋は広がる。
王宮からも視線が向けられ始めた。
ある晩餐会で、私はその視線を感じた。
ウォーク・アロングサイド王太子。
穏やかな微笑みの奥に、鋭い観察の光。
「トレイルブレイザー公爵令嬢」
「殿下」
「学院、とやらは順調か」
「父の努力の賜物です」
私は微笑む。
決して自分の功績にはしない。
盾は父だ。
「興味深い制度だ」
「効率化を図っただけですわ」
「効率化、か」
殿下は軽く笑う。
「効率の裏に、何か別の意図があるのではないかと、勘繰る者もいる」
私は視線を逸らさない。
「意図があれば、悪いことでしょうか」
殿下は一瞬、言葉を失ったように見えた。
「悪いとは言わぬ。ただ、強い意志を感じる」
「強い意志なくして、制度は生まれません」
私は一礼する。
「ですが、今はまだ小さな試みです」
殿下の目が、わずかに柔らぐ。
「小さな火が、大火になることもある」
「その時は、国にとって益となる火でありたいものです」
会話はそこで終わった。
だが、確かに何かが動いた。
屋敷に戻り、私は窓辺に立つ。
学院は広がりつつある。
生徒は増え、講師も増え、評価も上がる。
だが、広がれば広がるほど、視線も増える。
支える父の存在は大きい。
だが、未来は私の手にもある。
学院であり、彼女自身。
私はまだ未熟だ。
だが、止まらない。
波紋は、静かに広がり続けている。
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