公爵令嬢、学校をつくる。 ―学院のない世界に学院を作りますわ!―

鷹 綾

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第6話 盾の重さ

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第6話 盾の重さ

 学院の生徒が十を超えた頃、私は初めて「恐れ」というものをはっきりと自覚した。

 制度は軌道に乗り始めている。

 講師は増え、時間割も整い、討論の水準は目に見えて上がった。

 それでも。

 広がるほど、目も増える。

 そして目が増えれば、必ず足を引く者も現れる。

 ある日、父の執務室に一通の書状が届いた。

 差出人は、王都でも古い家柄の伯爵。

 内容は丁寧だが、要するにこうだ。

 公爵家が新たな制度を作り、子弟を囲い込んでいるのは、公平性を欠くのではないか。

 国家への影響を考慮すべきではないか。

 つまり、牽制だ。

 私はその書状を読み終え、静かに机に置いた。

「来ましたわね」

 父は穏やかに笑う。

「遅いくらいだ」

「反対ではなく、牽制」

「賢いな」

 真正面から否定すれば、数字で返される。

 だから曖昧な言葉で圧をかける。

 典型的な手法。

「どうなさいますか」

「どうしたい」

 父は私に問う。

 試されているのは、私の判断だ。

「囲い込みではないと示します」

「どうやって」

「参加家を限定しない」

 私は迷わず答える。

「門戸は開いていると公にします」

「支払えぬ家もある」

「分割を」

 父は私をじっと見る。

「お前は質を落とさぬと言った」

「落としません」

 私は一歩も退かない。

「講師の選定は厳格に。生徒の選抜も必要です」

「選抜」

「推薦制です」

 完全自由参加ではなく、一定の基準を設ける。

 学ぶ意志と基礎的素養。

 そうすれば、質は守られる。

 父はしばらく沈黙し、それからゆっくりとうなずいた。

「よかろう」

 私は胸の奥で息を吐く。

 判断は重い。

 だが、父がいる。

 盾は、まだ私の前にある。

 数日後、父は公式の場で宣言した。

「学院は、志ある貴族子弟に門戸を開く」

 囲い込みではない。

 独占でもない。

 合理的な制度である。

 その姿勢は一定の評価を受けた。

 だが、私は知っている。

 すべてが善意ではない。

 中には、失敗を待つ者もいる。

 ある夕刻、私は庭を歩いていた。

 講師の一人が駆け寄る。

「令嬢様」

「何でしょう」

「生徒の一人が、他家の子弟を侮辱しました」

 私は足を止める。

「理由は」

「討論中、成績を持ち出して」

 私は小さく息をついた。

 競争心は利用する。

 だが、誇りを傷つければ軋みが生まれる。

「呼んでください」

 広間に呼び出された二人の少年は、まだ興奮を残していた。

「言ったな。私の家の方が古いと」

「事実だ」

「学院では家柄は関係ありません」

 私は静かに告げる。

「ここで競うのは、知識と判断力です」

 二人は黙る。

「家の誇りを否定はしません。ですが、それを盾に他者を貶めるなら、この場にいる資格はありません」

 私の声は穏やかだ。

 だが、一切揺れない。

 しばしの沈黙の後、二人は頭を下げた。

 私は内心で思う。

 制度を作るとは、枠を作ること。

 枠は、守られなければ意味がない。

 夜、私は父の書斎を訪れた。

「叱ったか」

「はい」

「どうだった」

「反発はありませんでした」

 父は軽く笑う。

「お前は怖いな」

「怖い、ですか」

「穏やかに切る」

 私は微笑む。

「切らねば守れません」

 父は椅子にもたれ、天井を見上げた。

「私の盾は、重くないか」

 私は一瞬、言葉を失う。

 盾。

 私はその背に守られている。

「重いです」

 正直に答えた。

「ですが、その重さがあるから、私は立てます」

 父は目を細める。

「いずれ、その盾は外れる」

「承知しています」

「その時、どうする」

「自分で立ちます」

 父はゆっくりとうなずいた。

「ならば良い」

 私はその背中を見つめる。

 父がいなければ、学院は生まれなかった。

 だが、未来は父よりも長い。

 いつか、この盾を外す日が来る。

 その日までに、私は自分の足で立てるようにならなければならない。

 学院は広がり続ける。

 だが同時に、責任も重くなる。

 盾の重さを知りながら、それでも前に進む。

 それが、今の私にできる最善の判断だった。
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