公爵令嬢、学校をつくる。 ―学院のない世界に学院を作りますわ!―

鷹 綾

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第11話 視察という名の試金石

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第11話 視察という名の試金石

 王太子ウォーク・アロングサイド殿下が学院を視察なさる。

 その報せは、静かな水面に石を投げ込むように広がった。

 講師たちは緊張し、生徒たちは落ち着きを失い、使用人たちは普段以上に足音を忍ばせる。

 私はただ一人、胸の奥で冷たいものを感じていた。

 視察。

 称賛ではない。

 観察でもない。

 試されるのだ。

 制度が、そして私が。

 父は淡々としていた。

「特別なことはするな」

「承知しています」

「飾れば見抜かれる」

「はい」

 私は深く頷く。

 学院は、ありのままで勝負するしかない。

 当日。

 殿下は少数の随員のみを伴って現れた。

 華美ではない。

 だが、その存在感は否応なく空気を変える。

「トレイルブレイザー公爵令嬢」

「殿下」

 私は礼を取る。

 背筋を伸ばし、視線は下げすぎない。

 卑屈でもなく、傲慢でもない位置。

「これが、噂の学院か」

「公爵家敷地内での教育試行でございます」

 あくまで試行。

 正式な国家機関ではない。

 その線は守る。

 殿下は広間を見渡す。

 子弟たちは既に講義に入っていた。

 今日の科目は会計。

 税収の推計と支出の均衡。

「答えよ。軍費が増大した場合、どこを削る」

 講師の問いに、生徒が即座に答える。

「祭礼費の削減です」

「なぜ」

「象徴は必要ですが、飢えは避けるべきです」

 殿下の目がわずかに細まる。

 別の生徒が口を開く。

「だが、祭礼は民心を安定させる役割もあります」

 討論が始まる。

 声は荒げない。

 順番を守る。

 私は横目で殿下の表情を観察する。

 興味。

 そして、驚き。

「家庭教師では、ここまでの討論は難しい」

 殿下が静かに言う。

「他者の意見があるからこそ、磨かれます」

 私は答える。

「競争と対話が、理解を深めます」

「競争、か」

 殿下は私を見る。

「それは、貴族社会に必要なものだな」

「必要であっても、機会がなければ育ちません」

 私は穏やかに言う。

「学院は、その機会を整えているだけです」

 講義が終わり、生徒たちは整列する。

 殿下は一人の少年に問いかけた。

「なぜ学院に来た」

「父の命です」

 正直な答えに、場がわずかに和む。

「だが今は」

 殿下が続ける。

 少年は少しだけ胸を張る。

「負けたくありません」

 殿下は笑った。

「誰に」

「隣の席の者に」

 それは家格ではなく、能力。

 私はそのやり取りを見ながら、胸の奥で静かに頷く。

 これが学院の形。

 家ではなく、個人で競う。

 視察は続いた。

 寮、図書室、時間割。

 殿下は細部まで目を通す。

 最後に、私に向き直った。

「君は何を目指している」

 不意の問い。

 私は一瞬だけ考え、答える。

「底上げでございます」

「選抜ではなく」

「はい」

 私は迷わない。

「優秀な者だけを育てるのであれば、従来の形で十分です」

「ではなぜ」

「眠っている才能があるからです」

 殿下の視線が、ほんのわずかに揺れた。

「家格に埋もれている、と」

「そのような例もございます」

 私はあくまで事実として言う。

「機会があれば、伸びる者がいる」

「その先は」

 殿下の声は低い。

「その先は、まだ分かりません」

 私は正直に答える。

「ですが、機会がなければ、未来もありません」

 沈黙が落ちる。

 随員たちは言葉を挟まない。

 殿下はゆっくりと息を吐いた。

「興味深い」

 それだけを言い、視察は終わった。

 馬車が去った後、広間には張り詰めた空気が残る。

 講師たちは一斉に息をついた。

「どうでしたでしょう」

 若い講師が私に尋ねる。

「ありのままでした」

 それ以上でも、それ以下でもない。

 夜、父と向き合う。

「どう見た」

「敵ではありません」

「味方でもない」

「はい」

 父は小さく笑う。

「観測されたな」

「ええ」

 私は窓の外を見つめる。

 王家の視線が、確実にこちらへ向いた。

 危うさもある。

 だが、避けては通れない。

 学院は小さな試みではなくなりつつある。

 そして私は、その中心に立っている。

 視察という名の試金石。

 今日、学院は試された。

 そして、私もまた。
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