公爵令嬢、学校をつくる。 ―学院のない世界に学院を作りますわ!―

鷹 綾

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第15話 底上げという選択

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第15話 底上げという選択

 「学院出身」という言葉が、静かに広まり始めた。

 それは誇らしくもあり、危うくもある響きだった。

 修了生の一人が王宮に仕官し、別の者は商会の経理責任者の補佐に迎えられ、さらに一人は地方領主のもとで実務を任されることになった。

 結果が出た。

 だからこそ、評価がつく。

 だが私は、その評価の方向を見誤ってはならないと強く思っていた。

 ある日の講師会議。

「令嬢様、優秀な生徒をさらに選抜して上級課程を設けてはどうでしょう」

 若い講師が提案する。

「特別講義です。より高度な内容を扱えば、学院の名はさらに高まります」

 室内に賛同の気配が広がる。

 確かに魅力的だ。

 優秀な者をさらに引き上げる。

 結果は目に見えやすい。

 だが私は首を横に振った。

「選抜は目的ではありません」

 視線が集まる。

「学院は、上位を磨く場ではなく、全体を引き上げる場です」

「ですが、優秀な者を伸ばすことも重要では」

「重要です」

 私は即答する。

「ですが、それは自然に起こります」

 競争と規律の中で、上位は伸びる。

 わざわざ特別扱いをしなくとも。

「下位層の伸びが止まったとき、初めて考えます」

 沈黙。

 私はゆっくりと続ける。

「底上げが止まれば、学院は選抜機関になります」

 それは、私の望む形ではない。

 会議後、父が声をかけてきた。

「特別課程を断ったな」

「はい」

「名を上げる機会だった」

「名を上げることが目的ではありません」

 父は目を細める。

「本当にぶれぬな」

「ぶれれば、根が浅くなります」

 私は庭に出る。

 午後の陽射しの中、生徒たちが討論をしている。

 上位の者も、下位の者も、同じ机に座る。

 その光景が好きだ。

 ある日、男爵家の次男が私に言った。

「最近、下位の者が伸びています」

「なぜだと思いますか」

「上位と同じ講義を受けているからです」

 彼は少し照れながら続ける。

「私も最初はついていけませんでした」

 私は頷く。

「だが、続けた」

「はい」

「それが底上げです」

 特別扱いではない。

 機会を均等に与えること。

 その中で自ら伸びる。

 それが本来の学び。

 夜、私は母と向き合っていた。

「あなたは焦らないのね」

「焦ると、形を急ぎます」

「形が欲しくならない?」

 私は少し考える。

「欲しくなります」

 校舎。

 特別課程。

 王宮からの公式認可。

 どれも魅力的だ。

 だが今はまだ基盤。

「今は土を耕す時期です」

 母は優しく笑う。

「あなたは、父に似ているわ」

 その言葉に、胸が温かくなる。

 父は盾。

 私はその内側で制度を育てる。

 だが、いずれ盾は外れる。

 そのときに備えて、根を深く張る。

 数日後、ある侯爵が申し出てきた。

「我が家の長男を、優先的に上位課程へ」

 私は丁寧に断る。

「学院には上位課程はございません」

「だが、成績上位者をまとめることはできよう」

「必要ございません」

 侯爵は不満そうに眉をひそめる。

「学院出身が仕官に有利だと聞く」

「評価は本人の努力です」

 私は静かに言う。

「学院は機会を整えるだけです」

 侯爵はそれ以上言わなかった。

 だが、私は知っている。

 圧はこれからも来る。

 学院を選抜の場にしたい者。

 特権の場に戻したい者。

 その誘惑に乗れば、楽になる。

 だが、それは違う。

 私は夜の広間に立つ。

 机と椅子が整然と並ぶ。

 ここは特別な者の場所ではない。

 学ぶ意志のある者の場所。

 底上げ。

 それが根底。

 学院が根を張り続けるために、私は選び続ける。

 名ではなく、土台を。

 未来は分からない。

 だが今は、土を耕す。

 それが私の選択だった。
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