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30話 父への申し出
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30話 父への申し出
王宮から戻った翌朝、私は父の執務室を訪れた。
ノックをすると、すぐに「入れ」と声が返る。
父は既に昨日の件を整理しているのだろう。机の上には王家からの正式書状が置かれていた。
「来ると思ったぞ」
「はい」
私は向かいの椅子に座る。
少しの沈黙。
だが重苦しさはない。
「婚約の打診、正式に文書で届いている」
「拝見しても?」
父は書状を差し出す。
内容は丁寧だった。
学院制度の功績を称え、王家と公爵家の結びつきをより強固にしたい、とある。
表現は柔らかい。
だが意図は明確。
囲い込み。
「お前はどう考えている」
父の問いは静かだ。
「今は早いと存じます」
「理由は」
「制度が王家の色を帯びます」
私は迷いなく答える。
「女子教養課程はまだ附属。独立すらしていない段階です。ここで王家に入れば、反発は一気に強まります」
父は頷く。
「保守派が動く」
「はい。制度そのものが『王家の野心』と見なされます」
それは最悪の形。
教育が政治の道具に見られれば、信頼は崩れる。
「殿下は無能ではない」
父が言う。
「むしろ有能だ」
「存じています」
「だからこそ、あの方は制度を理解している」
「ええ」
理解しているからこそ欲しい。
理解しているからこそ急がない。
それが厄介だ。
「断るか」
父の声は低い。
「公爵家として、です」
「理由は」
「未熟ゆえ」
私は小さく笑う。
「殿下の婚約者に相応しくない、と」
父も笑う。
「便利な言葉だな」
「事実でもあります」
私はまだ公爵の庇護下。
盾がある。
だが王家に入れば、盾は消える。
「私は制度を守りたい」
「私よりか」
「お父様が盾でいてくださるからこそ、ここまで来られました」
父は黙る。
「だがいつかは選ばねばならぬ」
「存じています」
未来は未定。
だが今は違う。
「お前の本音は」
父の視線が鋭くなる。
私は一瞬だけ迷い、答える。
「……私はまだ自由でいたい」
それは甘えかもしれない。
だが事実。
王太子妃という役割は、制度の設計者としての自由を奪う。
父は静かに言う。
「わかっているが、世界はまだ、お前を許さない」
あの言葉。
「お前がお前を許す世界を作るのだ。それまで、私を盾にしろ」
胸が熱くなる。
「はい」
私は深く頭を下げる。
「盾が壊れるまでか」
「壊れません」
私は即答する。
父は肩をすくめる。
「過信するな」
「承知しています」
その日の午後、公爵家としての正式回答が王宮へ送られた。
文面は丁寧。
感謝を述べ、未熟を理由に辞退。
否定ではない。
延期。
王家との関係は保つ。
だが婚約は進めない。
夜、母が私の部屋を訪れる。
「決まったのね」
「はい」
「後悔は」
「ありません」
母は微笑む。
「あなたはあなたの道を選んだのね」
「まだ途中です」
私は窓の外を見る。
王都の灯りが遠く揺れている。
王太子は引き下がるだろう。
だが諦めない。
それは分かっている。
そして私は、逃げたわけではない。
段階を踏んだ。
制度を守るための選択。
未来は分からない。
だが今は、盾がある。
私は机に向かい、明日の共通講義の資料を整える。
婚約よりも、今は授業。
役割よりも、今は基盤。
静かに、積み重ねる。
王家の申し出は重い。
だが私は、まだ途中だ。
自由である時間は限られている。
だからこそ、今は守る。
制度も、自分も。
王宮から戻った翌朝、私は父の執務室を訪れた。
ノックをすると、すぐに「入れ」と声が返る。
父は既に昨日の件を整理しているのだろう。机の上には王家からの正式書状が置かれていた。
「来ると思ったぞ」
「はい」
私は向かいの椅子に座る。
少しの沈黙。
だが重苦しさはない。
「婚約の打診、正式に文書で届いている」
「拝見しても?」
父は書状を差し出す。
内容は丁寧だった。
学院制度の功績を称え、王家と公爵家の結びつきをより強固にしたい、とある。
表現は柔らかい。
だが意図は明確。
囲い込み。
「お前はどう考えている」
父の問いは静かだ。
「今は早いと存じます」
「理由は」
「制度が王家の色を帯びます」
私は迷いなく答える。
「女子教養課程はまだ附属。独立すらしていない段階です。ここで王家に入れば、反発は一気に強まります」
父は頷く。
「保守派が動く」
「はい。制度そのものが『王家の野心』と見なされます」
それは最悪の形。
教育が政治の道具に見られれば、信頼は崩れる。
「殿下は無能ではない」
父が言う。
「むしろ有能だ」
「存じています」
「だからこそ、あの方は制度を理解している」
「ええ」
理解しているからこそ欲しい。
理解しているからこそ急がない。
それが厄介だ。
「断るか」
父の声は低い。
「公爵家として、です」
「理由は」
「未熟ゆえ」
私は小さく笑う。
「殿下の婚約者に相応しくない、と」
父も笑う。
「便利な言葉だな」
「事実でもあります」
私はまだ公爵の庇護下。
盾がある。
だが王家に入れば、盾は消える。
「私は制度を守りたい」
「私よりか」
「お父様が盾でいてくださるからこそ、ここまで来られました」
父は黙る。
「だがいつかは選ばねばならぬ」
「存じています」
未来は未定。
だが今は違う。
「お前の本音は」
父の視線が鋭くなる。
私は一瞬だけ迷い、答える。
「……私はまだ自由でいたい」
それは甘えかもしれない。
だが事実。
王太子妃という役割は、制度の設計者としての自由を奪う。
父は静かに言う。
「わかっているが、世界はまだ、お前を許さない」
あの言葉。
「お前がお前を許す世界を作るのだ。それまで、私を盾にしろ」
胸が熱くなる。
「はい」
私は深く頭を下げる。
「盾が壊れるまでか」
「壊れません」
私は即答する。
父は肩をすくめる。
「過信するな」
「承知しています」
その日の午後、公爵家としての正式回答が王宮へ送られた。
文面は丁寧。
感謝を述べ、未熟を理由に辞退。
否定ではない。
延期。
王家との関係は保つ。
だが婚約は進めない。
夜、母が私の部屋を訪れる。
「決まったのね」
「はい」
「後悔は」
「ありません」
母は微笑む。
「あなたはあなたの道を選んだのね」
「まだ途中です」
私は窓の外を見る。
王都の灯りが遠く揺れている。
王太子は引き下がるだろう。
だが諦めない。
それは分かっている。
そして私は、逃げたわけではない。
段階を踏んだ。
制度を守るための選択。
未来は分からない。
だが今は、盾がある。
私は机に向かい、明日の共通講義の資料を整える。
婚約よりも、今は授業。
役割よりも、今は基盤。
静かに、積み重ねる。
王家の申し出は重い。
だが私は、まだ途中だ。
自由である時間は限られている。
だからこそ、今は守る。
制度も、自分も。
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