31 / 40
31話 王太子の内心を観測
しおりを挟む
31話 王太子の内心を観測
王宮からの返答は、予想よりも早く届いた。
内容は簡潔だった。
公爵家の判断を尊重する、と。
それだけ。
形式としては穏当。
だが、私はそこに滲むものを読み取る。
諦めではない。
観察。
次の一手を待つ静かな姿勢。
数日後、殿下は学院を再訪された。
今回は視察というよりも、非公式の見学。
私は案内役を務める。
廊下を並んで歩く。
生徒たちが礼をする。
殿下は柔らかく応じる。
「落ち着いているな」
「規律が根付きました」
「恐怖ではないな」
「はい。理解による秩序です」
殿下は小さく笑う。
「理解、か。王宮には足りぬものだ」
冗談のようで、本音。
私は問い返さない。
代わりに、講義室へ案内する。
女子学院の生徒が発表をしている。
商業政策の簡易分析。
男子生徒と質疑応答。
堂々としている。
殿下は腕を組み、黙って聞いている。
表情は読めない。
だが視線は鋭い。
評価している。
誇りを感じている。
そして——。
講義が終わり、二人きりになる。
「君は、王家に入るつもりは本当にないのだな」
直球。
私は視線を逸らさない。
「今は」
「今は、か」
「殿下が学院を望まれるなら、守ってください」
「王家の色を付けるな、と?」
「はい」
沈黙。
殿下は窓の外を見る。
「私は、君を利用したいわけではない」
「存じています」
「だが、王太子という立場は利用せざるを得ぬ」
正直だ。
だからこそ厄介。
「私は王になる」
「はい」
「そのとき、教育は武器だ」
「はい」
「だが、武器は私のものではないのだな」
問いではない。
確認。
「教育は、制度のものです」
殿下は息を吐く。
「君は冷酷だ」
「合理的です」
「違いは」
「結果です」
殿下は笑う。
その笑いに、苦味が混じる。
「私は、君を手に入れたいのではない」
「……」
「君のような思考を、王家に取り込みたい」
私はようやく理解する。
これは恋ではない。
尊敬と焦燥。
彼は王として必要なものを見ている。
「私は、王家に入らずとも協力できます」
「婚姻なく?」
「はい」
殿下は私を見る。
まっすぐ。
「それは、私にとっては敗北だ」
声は静か。
「君を得られぬことではない」
「?」
「君が私を必要としないことが、だ」
私は言葉を選ぶ。
「必要としております」
「どういう意味だ」
「王家が安定しているから、学院は守られます」
事実。
殿下が無能であれば、私は別の策を講じるだろう。
だが彼は違う。
「私は殿下を信頼しております」
殿下の瞳が揺れる。
「信頼、か」
「はい」
「愛ではないのだな」
私は少しだけ微笑む。
「殿下は愛を優先されますか」
問い返し。
殿下は答えない。
それが答え。
「君は恐ろしい」
「よく言われます」
「言われるのか」
「父に」
殿下は笑う。
少しだけ、肩の力が抜ける。
「私は急がぬ」
「存じています」
「だが諦めもせぬ」
「それも存じています」
風が吹く。
講義室の窓がわずかに鳴る。
「舞踏会で、もう一度聞こう」
「何を」
「君の未来を」
宣言。
私は静かに頷く。
「お答えできる範囲で」
殿下は去る。
足取りは迷いがない。
私は廊下に残る。
彼は有能だ。
そして、孤独だ。
王太子という立場は、常に奪う。
選ぶことができない。
私は彼の葛藤を観測する。
欲望ではなく責任。
焦りではなく自覚。
彼は王になる。
ならば私は何になる。
制度の設計者。
公爵令嬢。
未来の誰かの妻。
未定。
だが一つ確かなこと。
彼は届いていないのではない。
まだ、私が近づいていないだけ。
それを選ぶのは私。
今ではない。
私は教室へ戻る。
明日の課題を確認する。
観測は終わった。
次は、舞踏会。
華やかな場で、静かな決断が問われる。
王宮からの返答は、予想よりも早く届いた。
内容は簡潔だった。
公爵家の判断を尊重する、と。
それだけ。
形式としては穏当。
だが、私はそこに滲むものを読み取る。
諦めではない。
観察。
次の一手を待つ静かな姿勢。
数日後、殿下は学院を再訪された。
今回は視察というよりも、非公式の見学。
私は案内役を務める。
廊下を並んで歩く。
生徒たちが礼をする。
殿下は柔らかく応じる。
「落ち着いているな」
「規律が根付きました」
「恐怖ではないな」
「はい。理解による秩序です」
殿下は小さく笑う。
「理解、か。王宮には足りぬものだ」
冗談のようで、本音。
私は問い返さない。
代わりに、講義室へ案内する。
女子学院の生徒が発表をしている。
商業政策の簡易分析。
男子生徒と質疑応答。
堂々としている。
殿下は腕を組み、黙って聞いている。
表情は読めない。
だが視線は鋭い。
評価している。
誇りを感じている。
そして——。
講義が終わり、二人きりになる。
「君は、王家に入るつもりは本当にないのだな」
直球。
私は視線を逸らさない。
「今は」
「今は、か」
「殿下が学院を望まれるなら、守ってください」
「王家の色を付けるな、と?」
「はい」
沈黙。
殿下は窓の外を見る。
「私は、君を利用したいわけではない」
「存じています」
「だが、王太子という立場は利用せざるを得ぬ」
正直だ。
だからこそ厄介。
「私は王になる」
「はい」
「そのとき、教育は武器だ」
「はい」
「だが、武器は私のものではないのだな」
問いではない。
確認。
「教育は、制度のものです」
殿下は息を吐く。
「君は冷酷だ」
「合理的です」
「違いは」
「結果です」
殿下は笑う。
その笑いに、苦味が混じる。
「私は、君を手に入れたいのではない」
「……」
「君のような思考を、王家に取り込みたい」
私はようやく理解する。
これは恋ではない。
尊敬と焦燥。
彼は王として必要なものを見ている。
「私は、王家に入らずとも協力できます」
「婚姻なく?」
「はい」
殿下は私を見る。
まっすぐ。
「それは、私にとっては敗北だ」
声は静か。
「君を得られぬことではない」
「?」
「君が私を必要としないことが、だ」
私は言葉を選ぶ。
「必要としております」
「どういう意味だ」
「王家が安定しているから、学院は守られます」
事実。
殿下が無能であれば、私は別の策を講じるだろう。
だが彼は違う。
「私は殿下を信頼しております」
殿下の瞳が揺れる。
「信頼、か」
「はい」
「愛ではないのだな」
私は少しだけ微笑む。
「殿下は愛を優先されますか」
問い返し。
殿下は答えない。
それが答え。
「君は恐ろしい」
「よく言われます」
「言われるのか」
「父に」
殿下は笑う。
少しだけ、肩の力が抜ける。
「私は急がぬ」
「存じています」
「だが諦めもせぬ」
「それも存じています」
風が吹く。
講義室の窓がわずかに鳴る。
「舞踏会で、もう一度聞こう」
「何を」
「君の未来を」
宣言。
私は静かに頷く。
「お答えできる範囲で」
殿下は去る。
足取りは迷いがない。
私は廊下に残る。
彼は有能だ。
そして、孤独だ。
王太子という立場は、常に奪う。
選ぶことができない。
私は彼の葛藤を観測する。
欲望ではなく責任。
焦りではなく自覚。
彼は王になる。
ならば私は何になる。
制度の設計者。
公爵令嬢。
未来の誰かの妻。
未定。
だが一つ確かなこと。
彼は届いていないのではない。
まだ、私が近づいていないだけ。
それを選ぶのは私。
今ではない。
私は教室へ戻る。
明日の課題を確認する。
観測は終わった。
次は、舞踏会。
華やかな場で、静かな決断が問われる。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました
ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」
政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。
妻カレンの反応は——
「それ、契約不履行ですよね?」
「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」
泣き落としは通じない。
そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。
逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。
これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。
悪役令嬢まさかの『家出』
にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。
一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。
ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。
帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
結婚5年目のお飾り妻は、空のかなたに消えることにした
三崎こはく
恋愛
ラフィーナはカールトン家のお飾り妻だ。
書類上の夫であるジャンからは大量の仕事を押しつけられ、ジャンの愛人であるリリアからは見下され、つらい毎日を送っていた。
ある日、ラフィーナは森の中で傷ついたドラゴンの子どもを拾った。
屋敷に連れ帰って介抱すると、驚いたことにドラゴンは人の言葉をしゃべった。『俺の名前はギドだ!』
ギドとの出会いにより、ラフィーナの生活は少しずつ変わっていく――
※他サイトにも掲載
※女性向けHOT1位感謝!7/25完結しました!
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる