公爵令嬢、学校をつくる。 ―学院のない世界に学院を作りますわ!―

鷹 綾

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37話 返答の余波

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37話 返答の余波

 音楽が終わり、拍手が波のように広がっていく。

 けれどその拍手は、舞曲への称賛というより、何かを見届けたことへの反応のように思えた。

 私は殿下から離れ、静かに一礼する。

 その一連の動作が、今夜もっとも注目されていると知りながら。

 理想のタイプは。

 お父様のような方。

 たったそれだけの言葉。

 だがその一言は、広間に確かな波紋を生んだ。

 貴族社会は言葉をそのまま受け取らない。

 裏を読む。

 距離を測る。

 含意を探る。

 王太子は届いていない。

 そう解釈した者もいるだろう。

 公爵の影がなお強い。

 そう感じた者もいるだろう。

 私は柱の近くへ戻る。

 扇を開き、静かに息を整える。

 鼓動は安定している。

 動揺はない。

 だが空気は変わった。

「お嬢様」

 侍女が控えめに声をかける。

「皆様、今のやり取りを」

「ええ」

「問題は」

「ありません」

 問題があるとすれば、それは王家側。

 私は順序を守った。

 父を盾にした。

 理想を語ったが、誰の名も否定していない。

 それで十分だ。

 数名の令嬢が、遠巻きにこちらを見ている。

 羨望と不安が混じった視線。

 王太子の問いに、堂々と答えたこと。

 それ自体が衝撃なのだろう。

 理想を問われたら、曖昧に微笑むのが普通だ。

 あるいは、殿下を立てる。

 だが私は父の名を出した。

 それは恋ではない。

 価値観の宣言。

 盾を求める姿勢の明示。

 やがて、一人の年配の侯爵夫人が近づいてくる。

「レクチャラー嬢」

「ご機嫌よう」

「勇気がおありね」

「何のことでしょう」

 夫人は扇の陰で微笑む。

「理想を語る令嬢は久しぶりに見ました」

「理想というほどのものではございません」

「公爵のような方、と」

 夫人の目は鋭い。

「それは、殿下には重い言葉よ」

「そうでしょうか」

「王太子は父にはなれない。まだ」

 私は小さく頷く。

 その通りだ。

 父は盾。

 父は既に完成している存在。

 殿下は、まだ途上。

「殿下がどう受け取るかは、殿下次第でございます」

「冷たいのね」

「冷静なだけです」

 夫人は笑い、去っていく。

 冷たい。

 そう見えるのかもしれない。

 だが私は、情で動けば制度が揺らぐと知っている。

 学院はまだ若い。

 女子学院も、ようやく根を張り始めたばかり。

 ここで王家に組み込まれれば、意図は変質する。

 私はそれを避けたい。

 広間の向こうで、殿下が別の令嬢と踊っている。

 動きは滑らかだ。

 だが視線は時折、こちらへ戻る。

 失意ではない。

 思考。

 計算。

 私の言葉を、どう位置づけるかを考えている。

 無能なら、怒る。

 あるいは、強引に押す。

 だが殿下はそうしない。

 それが、私を警戒させる。

 理解しようとする者は、やがて適応する。

 適応は、変化の始まり。

 それが良い方向かどうかは、まだ分からない。

 私はグラスに口をつける。

 甘い酒の香り。

 喉を潤すだけで、酔わない。

 酔ってはならない。

 この夜は政治だ。

 恋の舞台ではない。

 ふと、母の姿が視界に入る。

 ビー・レッド公爵夫人。

 穏やかな笑みで、こちらを見ている。

 責めるでもなく、心配するでもなく。

 理解の目。

 母は政略結婚だった。

 だが父に惹かれた。

 自由を与えられたから。

 私は思う。

 私も、いつか。

 盾ではなく、並び立てる存在を望む日が来るのだろうか。

 だが今は違う。

 今は制度。

 今は基盤。

 感情を優先する時ではない。

 音楽が再び変わる。

 夜はまだ長い。

 だが核心は終わった。

 理想を問われ、答えた。

 王太子は届かなかったと悟った。

 それでいい。

 届かないと知ることも、学びだ。

 私は扇を閉じる。

 視線はまだ残っている。

 だが、もう熱は落ち着きつつある。

 婚約の発表はなかった。

 約束もなかった。

 ただ、距離が明確になった。

 それだけで十分。

 私は静かに立つ。

 学院は根を張った。

 女子学院も動き出した。

 王太子は自覚し始めた。

 私は揺れなかった。

 未来は未定。

 だが今夜の一歩は、確かに積み重なった。

 それでいい。

 それだけで、今は十分だ。
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