『泣きながら婚約破棄されたので了承しました ――なぜ婚約破棄した側の殿下が取り乱しているのですか? 捨てられたのは私では?――』

鷹 綾

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第4話 支えるという名の逃げ道

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第4話 支えるという名の逃げ道

 王宮の回廊は、いつもより静かだった。
 婚約破棄という一大事の余波は、噂となって城中を巡っているはずなのに、人々は必要以上に口を閉ざしている。

 ――触れてはいけない話題。
 それが、誰の目にも明らかだった。

 その沈黙を破るように、ミラは王太子の私室へ向かっていた。
 白い衣の裾を揺らしながら、少しだけ歩調を速める。

(殿下は……きっと、ひどく落ち込んでおられる)

 そう思うと、胸の奥がきゅっと締めつけられた。

 扉の前に立ち、ノックをする。

「殿下。ミラです」

 返事は、すぐにはなかった。
 もう一度、控えめに声をかける。

「……入っても、よろしいでしょうか」

 しばらくして、かすれた声が返ってきた。

「……どうぞ」

 扉を開けると、そこには玉座に座るべき王太子の姿はなかった。
 アークトゥルスは、椅子に浅く腰かけ、背を丸めて俯いている。

 その姿を見た瞬間、ミラの胸に浮かんだのは――怒りではなく、哀れみだった。

「殿下……」

 そっと近づき、隣に立つ。

「お辛いですよね。
 国家のためとはいえ……あんな形で……」

 アークトゥルスは顔を上げない。

「……僕は……間違っていたのかな……」

 弱々しい声だった。

 ミラは、迷わず首を横に振る。

「いいえ。殿下は、何も間違っておられません」

 それは、慰めというより断定だった。

「殿下は、王太子としての責務を果たされたのです。
 国のために、苦しい選択をなさった……それだけです」

「でも……デネブは……」

 名前を口にした瞬間、アークトゥルスの声が揺れる。

「……冷たいことを言った……
 僕を……捨てるみたいに……」

 その言葉に、ミラは一瞬だけ唇を噛んだ。

(違う……殿下は、捨てられてなんかいない)

 心の中でそう否定しながら、優しく告げる。

「デネブ様は……強い方ですから。
 殿下のように、弱さを見せられないだけなのです」

「……弱いのは……僕か……」

 自嘲気味な呟き。

 ミラは、すぐに距離を詰めた。

「いいえ。
 殿下が弱いのではありません」

 そっと、彼の手に触れる。

「殿下は、責任感がお強いだけです。
 だからこそ、周囲の声を無視できなかった……」

 その言葉を聞いたアークトゥルスは、ようやく顔を上げた。

「……ミラ……」

 縋るような視線。

 ミラは、微笑んだ。

「大丈夫です。
 殿下には……私がいます」

 それは、誓いのようであり、同時に逃げ道でもあった。

「今は、何も決めなくていいのです。
 苦しいことは、全部私に預けてください」

 アークトゥルスは、少し迷った後、小さく頷く。

「……ありがとう……」

 その一言に、ミラは胸が温かくなるのを感じた。

(よかった……やっぱり、私が支えないと……)

 だが、その安心感の裏で、彼女は気づいていなかった。

 ――彼から「自分で立とうとする力」を、少しずつ奪っていることに。

 アークトゥルスは、椅子にもたれかかり、目を閉じる。

「……しばらく……ミラに任せてもいいかな……」

 その言葉を聞いた瞬間、ミラは疑わなかった。

「もちろんです、殿下」

 それが、
 支え合いではなく、依存の始まりであることを。

 この日、王太子は初めて、
 「自分で決めない」という選択を、安らぎとして受け入れた。

 そしてミラは、
 その選択を、疑いもせずに肯定してしまったのだった。
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