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第5話 決めない王太子
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第5話 決めない王太子
それから数日が過ぎた。
王宮は、表面上はいつも通りに動いていた。
謁見、会議、儀礼。
だが、その中心に立つべき王太子アークトゥルスの姿は、どこか曖昧だった。
「殿下、本日の会議ですが――」
側近の一人が声をかけると、アークトゥルスは一瞬だけ視線を上げ、すぐに困ったように眉を下げた。
「……あとで、ミラに聞いてくれる?」
その言葉に、側近は一瞬だけ言葉を詰まらせる。
「……は?」
「ミラなら、分かっていると思うから……。
どう進めるのがいいか、相談して……」
それは、王太子としてあまりにも軽い言葉だった。
だが、アークトゥルス自身には、その自覚がない。
彼はただ、“楽な方”を選んでいるだけだった。
会議の席でも同じだった。
「殿下、次の布告についてご判断を――」
「……それは……ええと……」
視線が泳ぐ。
沈黙が伸びる。
その沈黙を破るのは、いつもミラだった。
「殿下は、民の混乱を避けたいとお考えです」
「急な変更は控え、現状維持が望ましいかと」
柔らかく、しかし断定的な口調。
重臣たちは顔を見合わせた。
誰も否定はしない。
だが、誰も肯定もしない。
――王太子の言葉ではないからだ。
会議が終わった後、ミラはいつものようにアークトゥルスのもとへ寄り添う。
「大丈夫でしたよ、殿下」
「皆さま、納得なさっていました」
アークトゥルスは、ほっと息をついた。
「……よかった……。
正直、何を言えばいいのか分からなくて……」
「無理をなさらなくていいのです」
ミラは、優しく微笑む。
「殿下は、もう十分にお疲れなのですから」
その言葉に、彼は救われたような顔をした。
(そうだ……僕は、もう頑張った……)
胸の奥で、そんな声が囁く。
――国家のために、婚約を破棄した。
――皆の期待に応えた。
だから、これ以上“決める”必要はないのだと。
一方、その様子を遠巻きに見ていた側近たちは、静かに危機感を募らせていた。
「……殿下が、決断なさらない」
「以前は……いや、以前も迷いは多かったが……」
「少なくとも、最終的にはお一人で決めておられた」
誰かが、小さく呟く。
「……シグナス侯爵令嬢が、いなくなってからだな」
その名前は、もう公の場では口にしにくい。
だが、誰もが同じことを思っていた。
あの令嬢がいた頃、
王太子は迷いながらも、最後は自分の言葉で決断していた。
今は――それがない。
夜。
アークトゥルスは自室で、書類を前に固まっていた。
「……難しい……」
書類を閉じ、深く息を吐く。
「ミラ……」
呼べば、答えてくれる。
代わりに考えてくれる。
代わりに決めてくれる。
その安心感は、甘く、心地よかった。
だが同時に――
彼は気づかないふりをしていた。
自分が、何も選ばなくなっていることを。
遠く離れた場所で、デネブは静かに新しい日々を歩き始めていた。
彼女のいない王宮で、
王太子は少しずつ、しかし確実に――
“決めない王太子”へと変わっていくのだった。
それから数日が過ぎた。
王宮は、表面上はいつも通りに動いていた。
謁見、会議、儀礼。
だが、その中心に立つべき王太子アークトゥルスの姿は、どこか曖昧だった。
「殿下、本日の会議ですが――」
側近の一人が声をかけると、アークトゥルスは一瞬だけ視線を上げ、すぐに困ったように眉を下げた。
「……あとで、ミラに聞いてくれる?」
その言葉に、側近は一瞬だけ言葉を詰まらせる。
「……は?」
「ミラなら、分かっていると思うから……。
どう進めるのがいいか、相談して……」
それは、王太子としてあまりにも軽い言葉だった。
だが、アークトゥルス自身には、その自覚がない。
彼はただ、“楽な方”を選んでいるだけだった。
会議の席でも同じだった。
「殿下、次の布告についてご判断を――」
「……それは……ええと……」
視線が泳ぐ。
沈黙が伸びる。
その沈黙を破るのは、いつもミラだった。
「殿下は、民の混乱を避けたいとお考えです」
「急な変更は控え、現状維持が望ましいかと」
柔らかく、しかし断定的な口調。
重臣たちは顔を見合わせた。
誰も否定はしない。
だが、誰も肯定もしない。
――王太子の言葉ではないからだ。
会議が終わった後、ミラはいつものようにアークトゥルスのもとへ寄り添う。
「大丈夫でしたよ、殿下」
「皆さま、納得なさっていました」
アークトゥルスは、ほっと息をついた。
「……よかった……。
正直、何を言えばいいのか分からなくて……」
「無理をなさらなくていいのです」
ミラは、優しく微笑む。
「殿下は、もう十分にお疲れなのですから」
その言葉に、彼は救われたような顔をした。
(そうだ……僕は、もう頑張った……)
胸の奥で、そんな声が囁く。
――国家のために、婚約を破棄した。
――皆の期待に応えた。
だから、これ以上“決める”必要はないのだと。
一方、その様子を遠巻きに見ていた側近たちは、静かに危機感を募らせていた。
「……殿下が、決断なさらない」
「以前は……いや、以前も迷いは多かったが……」
「少なくとも、最終的にはお一人で決めておられた」
誰かが、小さく呟く。
「……シグナス侯爵令嬢が、いなくなってからだな」
その名前は、もう公の場では口にしにくい。
だが、誰もが同じことを思っていた。
あの令嬢がいた頃、
王太子は迷いながらも、最後は自分の言葉で決断していた。
今は――それがない。
夜。
アークトゥルスは自室で、書類を前に固まっていた。
「……難しい……」
書類を閉じ、深く息を吐く。
「ミラ……」
呼べば、答えてくれる。
代わりに考えてくれる。
代わりに決めてくれる。
その安心感は、甘く、心地よかった。
だが同時に――
彼は気づかないふりをしていた。
自分が、何も選ばなくなっていることを。
遠く離れた場所で、デネブは静かに新しい日々を歩き始めていた。
彼女のいない王宮で、
王太子は少しずつ、しかし確実に――
“決めない王太子”へと変わっていくのだった。
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