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第19話 壊れないための距離
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第19話 壊れないための距離
翌朝の王宮は、どこか落ち着かない空気に包まれていた。
昨夜、王太子が久しぶりに“自分で”決裁を行ったことは、
すでに側近たちの間に伝わっている。
「殿下が……一人で?」
「時間はかかったそうだが、
内容は妥当だったと」
それは小さな変化だった。
だが、確かに“変化”だった。
一方で、ミラのもとには、微妙な視線が集まり始めていた。
「聖女様、昨夜は殿下のお側におられなかったとか」
「……はい」
ミラは、曖昧に微笑む。
「殿下ご自身で、なさるべきことでしたので」
その返答に、相手は一瞬、言葉を詰まらせた。
――聖女は、常に寄り添う存在。
そう思われてきた彼女が、一歩引いた。
それは、周囲にとっても意外なことだった。
執務室。
アークトゥルスは、昨夜の書類を見返していた。
(……間違って、いないよな)
不安は残る。
だが、どこかに小さな達成感もあった。
「殿下」
ミラが、控えめに声をかける。
「……ミラ」
彼は顔を上げた。
そこに、いつもの“すがるような視線”はない。
代わりにあるのは、少し気まずそうな、戸惑い。
「……昨日は……ありがとう」
「何に対して、でしょうか」
ミラは、すぐに近づかなかった。
「……全部を、任せなかったこと」
その言葉に、ミラは一瞬、目を伏せる。
「……殿下」
静かな声。
「私は、殿下を突き放したかったわけではありません」
「分かってる」
彼は、苦笑する。
「……でも、正直に言うと……
少し、怖かった」
ミラは、何も言わずに聞いていた。
「ミラが、いなくなってしまう気がして」
その言葉に、彼女の胸が揺れる。
(……これが)
依存と、自立の境界。
「……殿下」
ミラは、はっきりと言った。
「私は、殿下を捨てるつもりはありません」
彼の目が、わずかに見開かれる。
「ですが」
続ける。
「殿下の代わりに生きることも、
殿下の代わりに決め続けることも、
できません」
沈黙が落ちる。
やがて、アークトゥルスは、小さく頷いた。
「……分かった」
その声は、以前よりも少し、低く落ち着いていた。
「……時間は、かかると思う」
「ええ」
ミラは、否定しない。
「すぐに変われる方など、いません」
そのやり取りを、廊下の奥から見つめる者がいた。
――デネブ・シグナス。
公的な用件で王宮を訪れていた彼女は、
偶然、その光景を目にしていた。
(……少し、変わったのね)
それが、良い方向かどうかは、まだ分からない。
だが、以前の“止まったまま”よりは、確実に違う。
デネブは、静かに踵を返す。
(……私は、もう関係ない)
それでいい。
それがいい。
彼女が選んだのは、
誰かを支える役ではなく、
自分の人生だった。
王太子と聖女。
元婚約者。
三人は、それぞれに、
壊れないための距離を、
ようやく意識し始めていた。
それは、近づくための距離ではない。
――壊れずに立つための距離。
その意味を理解するには、
まだ、少し時間が必要だった。
翌朝の王宮は、どこか落ち着かない空気に包まれていた。
昨夜、王太子が久しぶりに“自分で”決裁を行ったことは、
すでに側近たちの間に伝わっている。
「殿下が……一人で?」
「時間はかかったそうだが、
内容は妥当だったと」
それは小さな変化だった。
だが、確かに“変化”だった。
一方で、ミラのもとには、微妙な視線が集まり始めていた。
「聖女様、昨夜は殿下のお側におられなかったとか」
「……はい」
ミラは、曖昧に微笑む。
「殿下ご自身で、なさるべきことでしたので」
その返答に、相手は一瞬、言葉を詰まらせた。
――聖女は、常に寄り添う存在。
そう思われてきた彼女が、一歩引いた。
それは、周囲にとっても意外なことだった。
執務室。
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(……間違って、いないよな)
不安は残る。
だが、どこかに小さな達成感もあった。
「殿下」
ミラが、控えめに声をかける。
「……ミラ」
彼は顔を上げた。
そこに、いつもの“すがるような視線”はない。
代わりにあるのは、少し気まずそうな、戸惑い。
「……昨日は……ありがとう」
「何に対して、でしょうか」
ミラは、すぐに近づかなかった。
「……全部を、任せなかったこと」
その言葉に、ミラは一瞬、目を伏せる。
「……殿下」
静かな声。
「私は、殿下を突き放したかったわけではありません」
「分かってる」
彼は、苦笑する。
「……でも、正直に言うと……
少し、怖かった」
ミラは、何も言わずに聞いていた。
「ミラが、いなくなってしまう気がして」
その言葉に、彼女の胸が揺れる。
(……これが)
依存と、自立の境界。
「……殿下」
ミラは、はっきりと言った。
「私は、殿下を捨てるつもりはありません」
彼の目が、わずかに見開かれる。
「ですが」
続ける。
「殿下の代わりに生きることも、
殿下の代わりに決め続けることも、
できません」
沈黙が落ちる。
やがて、アークトゥルスは、小さく頷いた。
「……分かった」
その声は、以前よりも少し、低く落ち着いていた。
「……時間は、かかると思う」
「ええ」
ミラは、否定しない。
「すぐに変われる方など、いません」
そのやり取りを、廊下の奥から見つめる者がいた。
――デネブ・シグナス。
公的な用件で王宮を訪れていた彼女は、
偶然、その光景を目にしていた。
(……少し、変わったのね)
それが、良い方向かどうかは、まだ分からない。
だが、以前の“止まったまま”よりは、確実に違う。
デネブは、静かに踵を返す。
(……私は、もう関係ない)
それでいい。
それがいい。
彼女が選んだのは、
誰かを支える役ではなく、
自分の人生だった。
王太子と聖女。
元婚約者。
三人は、それぞれに、
壊れないための距離を、
ようやく意識し始めていた。
それは、近づくための距離ではない。
――壊れずに立つための距離。
その意味を理解するには、
まだ、少し時間が必要だった。
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