『泣きながら婚約破棄されたので了承しました ――なぜ婚約破棄した側の殿下が取り乱しているのですか? 捨てられたのは私では?――』

鷹 綾

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第40話 それぞれの未来へ

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第40話 それぞれの未来へ

 王宮の朝は、静かだった。

 鐘の音が鳴り、
 人々が動き出し、
 一日が始まる。

 けれど、
 そこにかつてあった
 重たい澱のような空気は、もうない。

 会議は、短く、要点だけを押さえて進む。
 誰かの顔色を窺う者も、
 「通してもらう」前提で話す者もいない。

「……では、この件は以上だ」

 アークトゥルスがそう告げると、
 誰もが自然に立ち上がった。

 拍手もない。
 感動的な演出もない。

 ただ、
 役割を果たした者たちの、当たり前の終わり。

 会議室を出た若い官吏が、
 ぽつりと呟く。

「……不思議ですね」

「何がだ」

「殿下が、
 前よりずっと厳しいのに……
 怖くない」

 先輩は、少し考えてから答えた。

「理由が、
 分かるからだろ」

 それだけで、
 十分だった。

 午後。

 アークトゥルスは、
 執務室で書類をまとめ終え、
 ふと手を止めた。

(……終わった、のかな)

 何かを倒したわけでも、
 誰かを追い落としたわけでもない。

 けれど――
 確かに、一つの時代は終わった。

 そこへ、
 ミラが静かに声をかける。

「殿下」

「……うん」

「もう、
 迷っておられませんね」

 アークトゥルスは、
 少しだけ笑った。

「迷わなくなった、
 わけじゃない」

 正直な言葉。

「でも――
 迷うことを、
 誰かに預けなくなった」

 ミラは、深く頷く。

「それが、
 殿下が選ばれた未来です」

 一方、その頃。

 王宮の外で、
 デネブは、新たな拠点の窓から
 街を見下ろしていた。

 ここには、
 王太子の隣という席はない。

 けれど――
 誰かの代行でも、
 補佐でもない。

(……自由ですわね)

 小さく、
 しかし晴れやかに微笑む。

 婚約を失った。
 だが、
 自分の言葉で立つ場所を得た。

 それは、
 決して不幸ではなかった。

 夕暮れ。

 王宮と、
 その外。

 それぞれの場所で、
 同じ空が、
 静かに色を変えていく。

 アークトゥルスは、
 窓辺で、その空を見上げた。

(……捨てられたのは、
 僕じゃない)

 そして――
 彼女もまた、
 捨てられてはいない。

 ただ、
 選ばなかっただけ。

 それぞれが、
 自分の未来を。

 誰かに委ねず、
 誰かのせいにせず。

 そうして、
 物語は終わる。

 婚約破棄は、
 破滅ではなく、
 分岐だった。

 泣いた王太子も、
 毅然と背を向けた侯爵令嬢も、
 尽くすことしか知らなかった聖女も。

 全員が、
 それぞれの道を選んだ。

 ざまぁは、
 誰かを地に落とすことではない。

 依存と強要の構造が、
 静かに終わること。

 そして――
 それぞれが、
 自分の足で歩き出すこと。

 それが、
 この物語の、
 最後の結論だった。
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