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第16話 求められた手
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第16話 求められた手
朝の光が、静かにカーテンの隙間から差し込んでいた。
ノインは目を覚まし、しばらく天井を見つめていた。
昨夜は、よく眠れた。
それだけで、胸の奥が少しあたたかい。
身支度を整え、回廊へ出ると、思いがけずフェルディナンドと鉢合わせた。
彼はすでに外套を羽織り、どこかへ向かう途中のようだった。
「……おはよう、ノイン」
声は落ち着いている。
だが、その瞳の奥に、微かな決意が宿っているのを、彼女は見逃さなかった。
「おはようございます。今日は、執務ですか?」
「ああ。だが、その前に……少し、時間をくれ」
そう言って、彼は歩みを止める。
ノインは、自然と頷いた。
* * *
連れて行かれたのは、礼拝堂ではなかった。
中庭に面した、小さな温室。
朝露に濡れた葉がきらめき、柔らかな緑の匂いが満ちている。
「……ここは?」
「昔、母が好んだ場所だ」
フェルディナンドは、静かに言った。
「人に見られず、何も求められず……
ただ、ここにいるだけでいい」
ノインは、胸が少し締めつけられるのを感じた。
彼は、温室の中央で足を止め、ゆっくりと振り返る。
「……ノイン」
その呼び方に、ノインの背筋が自然と伸びた。
「今日は……触れてほしい」
一瞬、時間が止まったように感じられた。
それは、命令ではない。
願いでも、甘えでもない。
“選択”だった。
ノインは、深く息を吸う。
「……はい」
答えは、すでに決まっていた。
彼女は一歩近づき、そっと問いかける。
「どこに、触れればいいですか?」
フェルディナンドは、少し迷うように視線を落とし――
自分の胸に、手を当てた。
「……ここだ。
昨日の夜、扉の前に立ったとき……
ここが、ひどく痛んだ」
ノインは、ゆっくりと掌を伸ばす。
触れる前に、一瞬だけ目が合った。
「……逃げませんね?」
「……ああ。
今度は、わたしが求めた」
その言葉を合図に、ノインの手が胸に触れた。
温かい。
以前よりも、はっきりと。
同時に、ノインの意識が深く沈んでいく。
* * *
見えたのは、暗闇ではなかった。
柔らかな光の中に、鎖が残っている。
だが、その数は明らかに減っていた。
中心に立つのは、あの“少年”。
だが――今は、顔を上げている。
《……来たんだ》
その声は、もう震えていなかった。
「はい」
ノインは、自然と微笑む。
「呼ばれたから」
少年は、少しだけ視線を逸らす。
《……触れられるのは、まだ……怖い》
「わかります」
ノインは、足を止める。
「だから……今日は、ここまでです」
少年の目が、大きく見開かれる。
《……え?》
「でも」
ノインは、胸に手を当てた。
「あなたが“求めた”気持ちは、ちゃんと受け取りました」
その瞬間、鎖が音もなくほどけていく。
一本、また一本。
《……ありがとう》
少年の声は、確かに――“安堵”を帯びていた。
* * *
現実に戻ると、フェルディナンドは深く息を吐いていた。
「……今のは……」
「はい」
ノインは、そっと手を離す。
「“核”が、あなたの気持ちを受け取りました」
フェルディナンドは、自分の胸に触れ、驚いたように呟く。
「……痛みが、ない」
角の付け根にあった黒ずみが、明らかに薄くなっている。
「……求める、というのは……
こんなにも、違うものなのか」
ノインは、やわらかく笑った。
「はい。
だから……次も、あなたが決めてください」
フェルディナンドは、少し照れたように視線を逸らし――
やがて、確かに頷いた。
「……ああ。
次は、もっと……奥まで、向き合おう」
温室の外で、鳥が羽ばたく。
呪いの終わりは、まだ先だ。
けれどこの日、確かに――
“求められた手”は、呪いを一歩、ほどいていた。
朝の光が、静かにカーテンの隙間から差し込んでいた。
ノインは目を覚まし、しばらく天井を見つめていた。
昨夜は、よく眠れた。
それだけで、胸の奥が少しあたたかい。
身支度を整え、回廊へ出ると、思いがけずフェルディナンドと鉢合わせた。
彼はすでに外套を羽織り、どこかへ向かう途中のようだった。
「……おはよう、ノイン」
声は落ち着いている。
だが、その瞳の奥に、微かな決意が宿っているのを、彼女は見逃さなかった。
「おはようございます。今日は、執務ですか?」
「ああ。だが、その前に……少し、時間をくれ」
そう言って、彼は歩みを止める。
ノインは、自然と頷いた。
* * *
連れて行かれたのは、礼拝堂ではなかった。
中庭に面した、小さな温室。
朝露に濡れた葉がきらめき、柔らかな緑の匂いが満ちている。
「……ここは?」
「昔、母が好んだ場所だ」
フェルディナンドは、静かに言った。
「人に見られず、何も求められず……
ただ、ここにいるだけでいい」
ノインは、胸が少し締めつけられるのを感じた。
彼は、温室の中央で足を止め、ゆっくりと振り返る。
「……ノイン」
その呼び方に、ノインの背筋が自然と伸びた。
「今日は……触れてほしい」
一瞬、時間が止まったように感じられた。
それは、命令ではない。
願いでも、甘えでもない。
“選択”だった。
ノインは、深く息を吸う。
「……はい」
答えは、すでに決まっていた。
彼女は一歩近づき、そっと問いかける。
「どこに、触れればいいですか?」
フェルディナンドは、少し迷うように視線を落とし――
自分の胸に、手を当てた。
「……ここだ。
昨日の夜、扉の前に立ったとき……
ここが、ひどく痛んだ」
ノインは、ゆっくりと掌を伸ばす。
触れる前に、一瞬だけ目が合った。
「……逃げませんね?」
「……ああ。
今度は、わたしが求めた」
その言葉を合図に、ノインの手が胸に触れた。
温かい。
以前よりも、はっきりと。
同時に、ノインの意識が深く沈んでいく。
* * *
見えたのは、暗闇ではなかった。
柔らかな光の中に、鎖が残っている。
だが、その数は明らかに減っていた。
中心に立つのは、あの“少年”。
だが――今は、顔を上げている。
《……来たんだ》
その声は、もう震えていなかった。
「はい」
ノインは、自然と微笑む。
「呼ばれたから」
少年は、少しだけ視線を逸らす。
《……触れられるのは、まだ……怖い》
「わかります」
ノインは、足を止める。
「だから……今日は、ここまでです」
少年の目が、大きく見開かれる。
《……え?》
「でも」
ノインは、胸に手を当てた。
「あなたが“求めた”気持ちは、ちゃんと受け取りました」
その瞬間、鎖が音もなくほどけていく。
一本、また一本。
《……ありがとう》
少年の声は、確かに――“安堵”を帯びていた。
* * *
現実に戻ると、フェルディナンドは深く息を吐いていた。
「……今のは……」
「はい」
ノインは、そっと手を離す。
「“核”が、あなたの気持ちを受け取りました」
フェルディナンドは、自分の胸に触れ、驚いたように呟く。
「……痛みが、ない」
角の付け根にあった黒ずみが、明らかに薄くなっている。
「……求める、というのは……
こんなにも、違うものなのか」
ノインは、やわらかく笑った。
「はい。
だから……次も、あなたが決めてください」
フェルディナンドは、少し照れたように視線を逸らし――
やがて、確かに頷いた。
「……ああ。
次は、もっと……奥まで、向き合おう」
温室の外で、鳥が羽ばたく。
呪いの終わりは、まだ先だ。
けれどこの日、確かに――
“求められた手”は、呪いを一歩、ほどいていた。
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