『身代わりに差し出された令嬢ですが、呪われた公爵に溺愛されて本当の幸せを掴みました』

鷹 綾

文字の大きさ
30 / 40

第30話 「王都からの来訪者」

しおりを挟む
第30話 「王都からの来訪者」

 王都からの調査団が到着したのは、穏やかな陽射しが庭園を照らす昼下がりだった。

 公爵邸の正門前に並んだ馬車は三台。  いずれも王家の紋章を掲げ、同行する護衛騎士の数からしても、単なる形式的な訪問ではないことがはっきりとわかる。

 ノインは窓辺からその様子を見下ろし、静かに息を整えた。

 (……来たんだ)

 怖くないと言えば嘘になる。  けれど、不思議と足がすくむことはなかった。

 ――逃げない。  ――フェルディナンドの隣に立つ。

 そう決めたから。

 応接の大広間には、すでにフェルディナンドが立っていた。  いつも通り背筋を伸ばし、揺るぎない態度で来訪者を迎えるその姿を見て、ノインは胸の奥で小さく頷く。

 「ノイン」

 名を呼ばれ、彼女は一歩前に出た。  フェルディナンドはちらりと視線を向け、低く言う。

 「無理だと思ったら、すぐに下がれ」  「……はい。でも、大丈夫です」

 その声には、もう震えはなかった。

 扉が開き、調査団が入室する。  先頭に立つのは、白髪交じりの老貴族――王宮魔術顧問の一人、ハーゼン伯だった。

 「久方ぶりですな、フェルディナンド公爵」  「ご足労いただき、恐れ入ります」

 形式的な挨拶のあと、伯は視線をノインに移した。

 「……こちらが、噂のご令嬢ですか」  「婚約者のノインだ」

 即座に返された言葉に、伯の眉がわずかに動く。

 「なるほど……。では、単刀直入に伺いましょう」  伯は杖を床に軽く突いた。  「公爵の呪いが弱まっている――いえ、“解けつつある”という話。事実ですかな?」

 大広間の空気が、ぴんと張り詰める。

 フェルディナンドは、隠すことなく答えた。

 「事実だ。ただし、完全ではない」  「……原因は?」  「まだ特定できていない」

 一瞬、沈黙。  その後、伯はノインを見た。

 「――では、ご令嬢。あなたはどう関わっている?」

 その問いは、鋭かった。  まるで、真価を測る秤のように。

 ノインは一度、深く息を吸った。

 「……私には、人の苦しみを和らげる力が、あるようです」  「ほう」  「でも、それは万能ではありません。呪いを“消す”というより……寄り添うことで、弱めているだけです」

 正直な言葉だった。  誇張も、自己卑下もない。

 「私は、誰かに命じられて力を使っているわけではありません」  ノインは、はっきりと言った。  「自分で選んで、フェルディナンドのそばにいます」

 その瞬間、フェルディナンドが一歩、前に出た。

 「――彼女は、わたしの所有物でも、王国の資源でもない」  低く、しかし明確な声。  「利用するつもりなら、最初からこの場は設けていない」

 調査団の中に、小さなどよめきが走る。

 ハーゼン伯はしばらく二人を見比べ、やがて、ふっと息を吐いた。

 「……なるほど。噂よりも、ずっと健全だ」  「伯?」  「力を持つ者が、意志を持っている。それは――危険でもあり、同時に希望でもある」

 伯は、ゆっくりと頭を下げた。

 「本日の調査は、ここまでとしましょう。無理に踏み込む必要はなさそうだ」

 張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。

 調査団が退室したあと、ノインは大きく息を吐いた。

 「……終わりました?」  「ああ」

 フェルディナンドは、彼女を見下ろし、静かに言った。

 「よく立っていた」  「……あなたが、隣にいたからです」

 一瞬、彼の目が柔らぐ。

 「噂は、まだ消えないだろう」  「……はい」  「だが――もう、振り回されることはない」

 ノインは、そっと頷いた。

 王都の視線。  貴族たちの思惑。  呪いという過去。

 それらはまだ、完全には消えていない。

 それでも。  この日、ノインは確かに示した。

 ――私は、選ばれる存在ではなく、選ぶ存在だと。

 そしてその選択の先に、  フェルディナンドは、迷いなく並び立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

余命3ヶ月と言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。 特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。 ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。 毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。 診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。 もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。 一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは… ※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いいたします。 他サイトでも同時投稿中です。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です

希羽
恋愛
「お前のような可愛げのない女との婚約は破棄する!」 卒業パーティの会場で、婚約者である第二王子デリックはそう宣言し、私の義妹ミナを抱き寄せました。 誰もが私が泣き崩れると思いましたが――正直、せいせいしました。 だって、王子の領地経営、借金返済、結界維持、それら全ての激務を一人でこなしていたのは「可愛げのない」私だったのですから。 「承知しました。では、あとはミナと二人で頑張ってください」 私は手切れ金代わりに面倒な仕事を全て置いて国を出ました。 すると、国境で待っていたのは、隣国ガルガディア帝国の冷徹皇太子ことクライド様。なぜか彼は私を溺愛し、帝国で最高の地位と環境を与えてくれて……。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました

ほーみ
恋愛
 その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。 「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」  そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。 「……は?」  まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。

処理中です...