『身代わりに差し出された令嬢ですが、呪われた公爵に溺愛されて本当の幸せを掴みました』

鷹 綾

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第40話「それでも、あなたと生きてゆく」

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第40話「それでも、あなたと生きてゆく」

 春の朝は、やさしい音を連れてくる。
 鳥のさえずり、風に揺れる木々の葉擦れ、遠くで響く鐘の余韻――。

 ノインは、公爵邸の回廊をゆっくりと歩いていた。
 白いドレスの裾が静かに揺れ、足音はほとんど立てない。

 今日という日は、特別だ。
 けれど同時に、あまりにも“日常”の延長にある。

 ――婚姻の式。

 大仰な戴冠式のようなものではない。
 王都の大聖堂でも、社交界総出の祝宴でもない。

 ただ、彼女と彼が選んだ、静かな形。

 「緊張しているか?」

 声をかけられ、ノインは振り返った。
 そこに立っていたのは、フェルディナンドだった。

 以前の“公爵閣下”としての威厳はそのままに、けれど今の彼は、どこか柔らかい。
 角も鱗もないその姿に、ノインはもう違和感を覚えない。

 「……少しだけ。でも、不思議です」
 「何がだ?」
 「孤児院にいた頃は、未来なんて考えたこともなかったのに……今は、ちゃんと“続き”を思い描いています」

 フェルディナンドは、静かに頷いた。

 「それでいい。未来は、願うものではなく……選び続けるものだ」

 礼拝堂の扉が開く。
 中には、限られた人々だけが集まっていた。

 信頼できる家臣、古くから公爵家を支えてきた者たち、そして――
 ノインを“身代わり”として扱った伯爵家の人間はいない。

 それが、何よりの答えだった。

 祭壇の前で、二人は向かい合う。

 誓いの言葉は、簡素だった。

 「あなたの過去を否定しない」
 「あなたの選択を縛らない」
 「共に生きることを、やめない」

 それだけ。

 だが、ノインの声は震えなかった。
 フェルディナンドの手も、迷わなかった。

 指輪が交換され、静かな拍手が広がる。

 ――終わりではない。
 これは、ただの区切りだ。

 式のあと、二人は庭園に出た。
 春の光が、花々を照らしている。

 「……ノイン」
 「はい」
 「もし、また迷うことがあれば――」

 彼は言いかけて、少し考え直したように口を閉じる。

 「いや。迷うだろう。きっと」
 「はい。たぶん、何度も」
 「そのときは、隣にいる。――それだけでいい」

 ノインは、ふっと笑った。

 「それなら、大丈夫です。……だって私、もう“居場所”を失わないから」

 かつて“九番”と呼ばれた少女。
 名前も、価値も、未来も与えられなかった子。

 けれど今、彼女は――

 誰かの身代わりではない。
 救われるだけの存在でもない。

 選び、選ばれ、隣に立つ者。

 ノインは、フェルディナンドの手を強く握った。

 「それでも、あなたと生きてゆきます」
 「ああ。……それでこそ、わたしの妻だ」

 春風が吹き抜け、花びらが舞う。

 静かで、穏やかで、確かな未来。

 ――世界で一番、やさしい“ざまぁ”の物語は、
 ここから、ようやく本当に始まるのだった。

 
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