『婚約破棄されたので、せっかくの異世界を観光と遊びで満喫します!』

鷹 綾

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第十一話 帰国、ただし王都には寄りません

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第十一話 帰国、ただし王都には寄りません

港町を発った船が、大陸の海岸線を捉えた頃、
ティモテ・ユニリーバは甲板で風に当たっていた。

(……帰ってきましたのね)

長くもあり、短くもあった旅。
だが、心の疲労だけで言えば、
王都で過ごした数年分を、確実に癒してくれた時間だった。

「ティモテ様、まもなく入港です」

従者の声に、軽く頷く。

帰国――
その言葉だけ聞けば、
王都へ戻るのが当然だと思われるだろう。

だが。

(……なぜ、王都へ行く必要がありますの?)

自分でも驚くほど、
その選択肢が、最初から存在していなかった。

王太子妃候補ではない。
王都の職務もない。
責任も、判断権も、すべて置いてきた。

(あるのは……)

(私の家だけですわね)

入港後、待っていた馬車に乗り込む。
御者が、確認するように尋ねた。

「王都へ向かいますか?」

一瞬も迷わず、ティモテは答えた。

「いいえ」

御者が目を見張る。

「ユニリーバ公爵領へ、直行してくださいな」

「……かしこまりました」

馬車は進路を変え、
王都へ向かう大街道を外れた。

その瞬間、
ティモテは、胸の奥がすっと軽くなるのを感じた。

(……王城の屋根が、見えませんわ)

いつもなら、
あの尖塔が視界に入るだけで、
無意識に気持ちが引き締まっていた。

だが今は――
何も感じない。

(近づかない、という選択)

それが、これほど安心をくれるとは思わなかった。

馬車の窓から見える景色は、
次第に緑が増え、空が広くなる。

(ああ……)

(これですわ)

ここは、
責任を押しつけられる場所ではない。
誰かの仕事を肩代わりする場所でもない。

ただ、
帰る場所。

夕方、ユニリーバ公爵邸が見えてきた。

広大な敷地。
整えられた庭園。
変わらない佇まい。

馬車が止まると、
使用人たちが一斉に頭を下げる。

「お帰りなさいませ、ティモテ様」

その言葉に、
胸の奥が、じんわりと温かくなった。

「ただいま」

自然に、そう返していた。

形式的な挨拶ではない。
王都での社交用でもない。

本当に、帰ってきたのだと実感する。

「お疲れでしょう。すぐにお部屋をご用意いたします」

「ええ、お願いします」

それだけでいい。

執務室に案内されることもない。
書類を差し出されることもない。

部屋に入ると、
大きな窓から、夕焼けが差し込んでいた。

(……静か)

王城とは、まるで違う空気。

ティモテは、椅子に腰掛け、深く息を吐いた。

(王都に寄らなくて、正解でしたわ)

もし立ち寄っていたら。
誰かに呼び止められ、
「少しだけ」「念のため」「相談だけ」と言われたに違いない。

(……危ないところでした)

ふと、笑みが浮かぶ。

(私はもう、戻りません)

(あそこには)

窓の外で、風が木々を揺らす。

ここから先は、
王都中心の人生ではない。

ユニリーバ公爵令嬢としての人生。
そして――
働かないことを前提にした人生。

ティモテ・ユニリーバは、
ゆっくりと立ち上がり、伸びをした。

「さて……」

小さく呟く。

「ここからが、本番ですわね」

王都を避け、
自分の場所へ戻った彼女は、
まだ知らない。

この「寄らなかった」という選択が、
後にどれほど大きな差となるのかを。

だが今はただ――
静かな帰宅を、心から喜んでいた。
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