13 / 40
第十三話 仕事じゃない移動に、こんなに感動するなんて
しおりを挟む
第十三話 仕事じゃない移動に、こんなに感動するなんて
翌朝。
ユニリーバ公爵邸の厩舎は、久しぶりに活気づいていた。
「ティモテ様、お馬の準備が整いました」
使用人の声に、
ティモテ・ユニリーバは軽く頷く。
「ありがとう。今日は、これで行きますわ」
用意されていたのは、
公爵家で飼われている温厚な栗毛の馬だった。
(……いつぶりでしょう)
王都にいた頃、
移動とはすべて「移送」か「公務」だった。
馬車に乗り、
目的地へ最短で運ばれる。
途中の景色を、
ゆっくり眺める余裕などなかった。
だが今日は違う。
目的地は――
敷地内。
それも、特に意味のない移動。
「では……行きましょうか」
そう呟き、鞍に跨る。
馬が一歩踏み出した瞬間、
土の感触が、足裏から伝わってきた。
(……あ)
(揺れますのね)
それだけのことなのに、
妙に新鮮だった。
広大な公爵邸の敷地は、
見渡す限り緑が続いている。
林を抜け、
なだらかな丘を越え、
小川のせせらぎを横目に進む。
(……広い)
知識としては、知っていた。
だが、こうして自分の足――
正確には、馬の足で移動すると、
体感がまるで違う。
風が頬を撫でる。
木々の匂いが流れてくる。
(今まで……)
(この景色を、見ていなかったのですね)
馬を少し走らせる。
速さを求める必要はない。
競う相手もいない。
ただ、
走りたいから、走る。
思わず、声が出た。
「……楽しい」
誰に聞かせるわけでもなく、
ただ、零れ落ちた言葉。
(移動が、目的になるなんて)
王都では、
移動は「負担」でしかなかった。
だが今は、
それ自体が、娯楽になっている。
丘の上で馬を止める。
見渡す限り、自分の領地。
誰にも追い立てられない場所。
(……私)
(この土地の主でしたのね)
書類の中でしか見ていなかった数字。
地図でしか把握していなかった範囲。
それが今、
現実として、目の前に広がっている。
(……責任ではなく)
(楽しみとして、見る)
その感覚が、
胸の奥を温かくした。
馬から降り、
草の上に腰を下ろす。
空が、広い。
雲が、ゆっくり流れていく。
(……何も、決めなくていい)
次にどこへ行くかも。
何時に戻るかも。
「……いいですわね」
思わず、笑みがこぼれる。
しばらくして、
再び馬に跨り、今度は別の道へ。
林を抜け、
庭園の外縁を回り、
普段使われない裏道を通る。
すべてが、新鮮だった。
夕方、厩舎に戻ると、
使用人が少し驚いた顔をした。
「ずいぶん、長く回られていましたね」
「ええ」
ティモテは、晴れやかな表情で答える。
「でも……」
一拍置いて、続けた。
「とても短く感じましたわ」
それは、
時間に追われていない証拠だった。
部屋に戻り、
椅子に腰掛ける。
身体は少し疲れている。
だが、心は軽い。
(仕事じゃない移動)
(意味のない寄り道)
(ただ、走るだけの時間)
それが、
これほど満たされるものだとは、
思ってもみなかった。
「……王都では、無理でしたわね」
小さく呟き、
それを否定するように、首を振る。
(もう、比べません)
ここが、今の自分の場所。
ティモテ・ユニリーバは、
初めて――
何の目的もない移動を、心から楽しんだ一日を、
静かに噛みしめていた。
そしてこの日。
彼女は確信する。
――働かない人生は、
決して「止まる」ことではない。
自分の足で、好きな方向へ進むことなのだ。
翌朝。
ユニリーバ公爵邸の厩舎は、久しぶりに活気づいていた。
「ティモテ様、お馬の準備が整いました」
使用人の声に、
ティモテ・ユニリーバは軽く頷く。
「ありがとう。今日は、これで行きますわ」
用意されていたのは、
公爵家で飼われている温厚な栗毛の馬だった。
(……いつぶりでしょう)
王都にいた頃、
移動とはすべて「移送」か「公務」だった。
馬車に乗り、
目的地へ最短で運ばれる。
途中の景色を、
ゆっくり眺める余裕などなかった。
だが今日は違う。
目的地は――
敷地内。
それも、特に意味のない移動。
「では……行きましょうか」
そう呟き、鞍に跨る。
馬が一歩踏み出した瞬間、
土の感触が、足裏から伝わってきた。
(……あ)
(揺れますのね)
それだけのことなのに、
妙に新鮮だった。
広大な公爵邸の敷地は、
見渡す限り緑が続いている。
林を抜け、
なだらかな丘を越え、
小川のせせらぎを横目に進む。
(……広い)
知識としては、知っていた。
だが、こうして自分の足――
正確には、馬の足で移動すると、
体感がまるで違う。
風が頬を撫でる。
木々の匂いが流れてくる。
(今まで……)
(この景色を、見ていなかったのですね)
馬を少し走らせる。
速さを求める必要はない。
競う相手もいない。
ただ、
走りたいから、走る。
思わず、声が出た。
「……楽しい」
誰に聞かせるわけでもなく、
ただ、零れ落ちた言葉。
(移動が、目的になるなんて)
王都では、
移動は「負担」でしかなかった。
だが今は、
それ自体が、娯楽になっている。
丘の上で馬を止める。
見渡す限り、自分の領地。
誰にも追い立てられない場所。
(……私)
(この土地の主でしたのね)
書類の中でしか見ていなかった数字。
地図でしか把握していなかった範囲。
それが今、
現実として、目の前に広がっている。
(……責任ではなく)
(楽しみとして、見る)
その感覚が、
胸の奥を温かくした。
馬から降り、
草の上に腰を下ろす。
空が、広い。
雲が、ゆっくり流れていく。
(……何も、決めなくていい)
次にどこへ行くかも。
何時に戻るかも。
「……いいですわね」
思わず、笑みがこぼれる。
しばらくして、
再び馬に跨り、今度は別の道へ。
林を抜け、
庭園の外縁を回り、
普段使われない裏道を通る。
すべてが、新鮮だった。
夕方、厩舎に戻ると、
使用人が少し驚いた顔をした。
「ずいぶん、長く回られていましたね」
「ええ」
ティモテは、晴れやかな表情で答える。
「でも……」
一拍置いて、続けた。
「とても短く感じましたわ」
それは、
時間に追われていない証拠だった。
部屋に戻り、
椅子に腰掛ける。
身体は少し疲れている。
だが、心は軽い。
(仕事じゃない移動)
(意味のない寄り道)
(ただ、走るだけの時間)
それが、
これほど満たされるものだとは、
思ってもみなかった。
「……王都では、無理でしたわね」
小さく呟き、
それを否定するように、首を振る。
(もう、比べません)
ここが、今の自分の場所。
ティモテ・ユニリーバは、
初めて――
何の目的もない移動を、心から楽しんだ一日を、
静かに噛みしめていた。
そしてこの日。
彼女は確信する。
――働かない人生は、
決して「止まる」ことではない。
自分の足で、好きな方向へ進むことなのだ。
3
あなたにおすすめの小説
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
あなたへの恋心を消し去りました
鍋
恋愛
私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜
矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』
彼はいつだって誠実な婚約者だった。
嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。
『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』
『……分かりました、ロイド様』
私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。
結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。
なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。
※この作品の設定は架空のものです。
※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
【完】お望み通り婚約解消してあげたわ
さち姫
恋愛
婚約者から婚約解消を求められた。
愛する女性と出会ったから、だと言う。
そう、それなら喜んで婚約解消してあげるわ。
ゆるゆる設定です。3話完結で書き終わっています。
不実なあなたに感謝を
黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。
※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。
※曖昧設定。
※一旦完結。
※性描写は匂わせ程度。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる