『婚約破棄されたので、せっかくの異世界を観光と遊びで満喫します!』

鷹 綾

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第十六話 一日中、ほぼプールな浴室で

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第十六話 一日中、ほぼプールな浴室で

翌朝。

ユニリーバ公爵邸の浴室には、
朝日がたっぷりと差し込んでいた。

「……改めて見ても」

ティモテ・ユニリーバは、思わず呟く。

「これ、もうプールですわよね」

大理石で縁取られた巨大な浴槽。
成人が何人でも入れる広さ。
水深は緩やかに段差がつき、
湯温を一定に保つ魔法陣が床に刻まれている。

本来は、
王族や外国要人を迎えるための格式ある浴室。

――つまり、
自分で使う想定は、ほぼされていなかった場所だ。

(……忙しすぎましたもの)

王都と往復する日々。
入浴は、
「疲れを取るための作業」。

ゆっくり浸かる時間など、
一度もなかった。

だが今日は違う。

「今日は……」

タオルを肩にかけ、
浴室に一歩踏み入れる。

「一日、ここですわ」

宣言する相手はいない。
だが、胸が少し弾む。

湯に足を入れると、
じんわりと温かさが広がった。

(……ああ)

(溶けますわね)

肩まで浸かり、
ゆっくりと息を吐く。

身体が軽くなり、
思考がほどけていく。

(王城の浴室は……)

いつも時間制限付きだった。
次の予定が控えていて、
長居はできない。

だが今は――
次がない。

それだけで、
心の余裕がまるで違う。

浴槽の縁に肘をかけ、
ぼんやりと天井を眺める。

(……静か)

水の揺れる音だけが、
耳に心地よく響く。

しばらくして、
一度湯から上がり、
用意されていた椅子に腰掛ける。

冷たい果実水を一口。

(……最高ですわ)

また湯に戻る。

泳ぐほどではない。
だが、歩くには十分な広さ。

水の中をゆっくり移動し、
端から端まで行ってみる。

(……運動にもなりますわね)

だが、それも「目的」ではない。

ただ、
楽しいから、動く。

午前が過ぎ、
昼になっても、
誰も呼びに来ない。

執務の報告もない。
判断を求める声もない。

(……本当に)

(何も、起きませんわね)

それが、こんなにも安心するとは。

昼食は、
浴室の隣室に用意された軽食。

バスローブ姿で、
気ままに食べる。

(王都で、こんな姿……)

一瞬想像して、
すぐに首を振る。

(考えなくていいことは、考えません)

午後も、
入っては出て、
出てはまた入る。

まさに、
ほぼプールな一日。

夕方、
ようやく湯から上がる頃には、
身体も心も、すっかり緩んでいた。

鏡に映る自分を見る。

(……顔色、いいですわね)

以前のような、
張り詰めた表情はない。

「……こんな使い方」

小さく笑う。

「誰にも見せられませんわ」

だが、
見せる必要もない。

夜、寝室へ戻る途中、
ティモテはふと立ち止まった。

(……今日一日)

(何も生み出していません)

成果もない。
判断もない。

だが――
後悔は、ない。

(むしろ)

(満足ですわ)

それが、
今の自分にとっての正解。

ティモテ・ユニリーバは、
柔らかな夜の空気の中で、
静かに確信していた。

――働かない日は、
決して「空白」ではない。

自分を取り戻す、大切な時間なのだと。

こうして。

ユニリーバ公爵邸の浴室は、
ついに本来の役割を果たし始めた。

――主を、
心から癒すための場所として。
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