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第十八話 自宅ホールに、音楽を呼ぶ
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第十八話 自宅ホールに、音楽を呼ぶ
ユニリーバ公爵邸の大ホールは、
本来――式典のための場所だった。
王都から要人を招いたとき。
爵位ある家同士が顔を揃えるとき。
拍手と形式が支配する空間。
つまり、
緊張するための場所である。
「……ここも、ずいぶん長いこと使っていませんでしたわね」
ティモテ・ユニリーバは、
ホールの中央に立ち、天井を見上げた。
高い。
音が、よく響く構造。
それなのに、
彼女はこの空間を「会議場」としてしか
使ってこなかった。
(もったいない話ですわ)
そう思ったのは、
自然な流れだった。
「オーケストラを呼びましょう」
使用人たちは一瞬、言葉を失った。
だが、
ティモテの表情は真剣そのものだった。
「式典用ではありません。
演奏会でもありません」
少し間を置いて、続ける。
「私が、聴きたいのです」
それで、十分だった。
数日後。
大ホールの扉が開かれると、
楽団の面々が静かに入ってきた。
王都の有名楽団。
本来なら、
国賓級の場でしか演奏しない者たち。
しかし今日は――
観客は、ひとり。
ティモテは、
ホールの中央ではなく、
少し後方の椅子に腰掛けた。
「……近すぎるのは、落ち着きませんわ」
そう言って、
軽く笑う。
やがて、
指揮者が静かに合図を出す。
音が、生まれた。
最初の一音が、
空間に溶ける。
次の瞬間、
ホール全体が、楽器の呼吸に包まれた。
(……こんなに)
(こんなに、響くのですね)
胸の奥が、
じんわりと震える。
音楽を“分析”しようとする癖が、
一瞬、顔を出しかけた。
構成。
流れ。
意図。
――だが。
「……違いますわ」
ティモテは、
そっと目を閉じた。
(考えなくていい)
(感じるだけで、いい)
旋律が流れ、
重なり、
ほどけていく。
音が、
天井を巡り、
壁を撫で、
身体に戻ってくる。
(仕事では、ありません)
(成果も、判断も、不要)
ただ、
そこにいる。
それだけでいい。
気づけば、
肩の力は完全に抜けていた。
指先も、
呼吸も、
音に合わせてゆっくりになる。
一曲が終わる。
拍手は、しない。
ただ、
深く息を吸った。
「……もう一曲、お願いできますか」
指揮者は、
静かに微笑んだ。
演奏が再開される。
二曲目。
三曲目。
時間の感覚が、
曖昧になる。
(……ああ)
(これが)
(贅沢、というものなのですね)
誰にも評価されず。
誰にも見られず。
ただ、自分が満たされるための時間。
演奏が終わると、
ホールには、しばらく沈黙が残った。
やがて、
ティモテはゆっくりと立ち上がる。
「ありがとうございました」
その一言は、
形式ではなかった。
心からの、感謝だった。
楽団が去った後。
ホールに、再び静けさが戻る。
だが――
もう、空っぽではない。
(ここも……)
(ちゃんと、使える場所でしたのね)
ティモテは、
もう一度、ホールを見回した。
この屋敷には、
まだまだ眠っている場所がある。
眠らせていたのは、
屋敷ではなく――
自分自身だったのかもしれない。
「……明日は、何をしましょうか」
小さく呟いて、
彼女は微笑んだ。
仕事の予定は、ない。
義務も、ない。
あるのは、
選ぶ自由だけ。
そしてその自由を、
今日もまた、
ティモテ・ユニリーバは
何の遠慮もなく、使い切るのだった。
ユニリーバ公爵邸の大ホールは、
本来――式典のための場所だった。
王都から要人を招いたとき。
爵位ある家同士が顔を揃えるとき。
拍手と形式が支配する空間。
つまり、
緊張するための場所である。
「……ここも、ずいぶん長いこと使っていませんでしたわね」
ティモテ・ユニリーバは、
ホールの中央に立ち、天井を見上げた。
高い。
音が、よく響く構造。
それなのに、
彼女はこの空間を「会議場」としてしか
使ってこなかった。
(もったいない話ですわ)
そう思ったのは、
自然な流れだった。
「オーケストラを呼びましょう」
使用人たちは一瞬、言葉を失った。
だが、
ティモテの表情は真剣そのものだった。
「式典用ではありません。
演奏会でもありません」
少し間を置いて、続ける。
「私が、聴きたいのです」
それで、十分だった。
数日後。
大ホールの扉が開かれると、
楽団の面々が静かに入ってきた。
王都の有名楽団。
本来なら、
国賓級の場でしか演奏しない者たち。
しかし今日は――
観客は、ひとり。
ティモテは、
ホールの中央ではなく、
少し後方の椅子に腰掛けた。
「……近すぎるのは、落ち着きませんわ」
そう言って、
軽く笑う。
やがて、
指揮者が静かに合図を出す。
音が、生まれた。
最初の一音が、
空間に溶ける。
次の瞬間、
ホール全体が、楽器の呼吸に包まれた。
(……こんなに)
(こんなに、響くのですね)
胸の奥が、
じんわりと震える。
音楽を“分析”しようとする癖が、
一瞬、顔を出しかけた。
構成。
流れ。
意図。
――だが。
「……違いますわ」
ティモテは、
そっと目を閉じた。
(考えなくていい)
(感じるだけで、いい)
旋律が流れ、
重なり、
ほどけていく。
音が、
天井を巡り、
壁を撫で、
身体に戻ってくる。
(仕事では、ありません)
(成果も、判断も、不要)
ただ、
そこにいる。
それだけでいい。
気づけば、
肩の力は完全に抜けていた。
指先も、
呼吸も、
音に合わせてゆっくりになる。
一曲が終わる。
拍手は、しない。
ただ、
深く息を吸った。
「……もう一曲、お願いできますか」
指揮者は、
静かに微笑んだ。
演奏が再開される。
二曲目。
三曲目。
時間の感覚が、
曖昧になる。
(……ああ)
(これが)
(贅沢、というものなのですね)
誰にも評価されず。
誰にも見られず。
ただ、自分が満たされるための時間。
演奏が終わると、
ホールには、しばらく沈黙が残った。
やがて、
ティモテはゆっくりと立ち上がる。
「ありがとうございました」
その一言は、
形式ではなかった。
心からの、感謝だった。
楽団が去った後。
ホールに、再び静けさが戻る。
だが――
もう、空っぽではない。
(ここも……)
(ちゃんと、使える場所でしたのね)
ティモテは、
もう一度、ホールを見回した。
この屋敷には、
まだまだ眠っている場所がある。
眠らせていたのは、
屋敷ではなく――
自分自身だったのかもしれない。
「……明日は、何をしましょうか」
小さく呟いて、
彼女は微笑んだ。
仕事の予定は、ない。
義務も、ない。
あるのは、
選ぶ自由だけ。
そしてその自由を、
今日もまた、
ティモテ・ユニリーバは
何の遠慮もなく、使い切るのだった。
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